雨、のち曇り。あれはいったい何なんだ

 部屋に入ると頭上に設置された魔導の灯が自動で点灯し部屋全体を明るく照らし出した。


「あいつ、こっちの部屋もこの状態かよ。ちっとは片付けろよ」


 ミスティの部屋はいろんなものが乱雑に積まれたまま放置されていた。

 冒険者ギルド関連施設としてはこのギルドマスターの館以外にも酒場や宿を兼ねたギルド会館、都市に配備された対怪獣用の防衛システムなんかもある。

 都市内に小型怪獣が侵入した時に備えて各所に仕込んどいた隠し武器とかもあるんだが、まだ残ってっかな。

 そういや俺がさんざん押しかけたギルド会館のギルマスの部屋も大体こんな感じだったな。

 ちなみにこの都市できっちり形を保ってる建物はこの家くらいだろうからギルド会館もダメだろうな。

 右壁には本棚が設置されぎっしりと書籍が並び床などの上には組みかけなのか完成品なのかわからない謎の機器類が散乱している。

 床上になんか変な金属の塊もあるな。

 こりゃ執務室というよりは実験部屋だな。

 俺は魔導具を踏まないように隙間を縫いつつ窓近くにある執務用の机まで移動する。

 視線を左側の壁に向けるとそこには大量の紙が張り出されており各種研究のメモらしきものや魔導具を使って印刷された写真が何枚か見えた。


「ミスティの奴、あんなのまでのこしてたんだな」


 それらの中にはリニューアル初期のころの都市開発メンバー、つまり俺やミスティが一緒に写っているものもあった。

 大きな虹を背景にとられた写真を始めとして、どの写真にも懐かしい顔ぶれが写っていた。

 この都市でミスティがギルドマスターになってから初めて居ついた冒険者パーティだったフライングキャットの奴らのもあるな。

 よくよく見るとこの部屋、乱雑には散らかってはいるが埃はかぶってないのがわかる。

 床に散らかってるのはガストのあみぐるみにミラの猫用品、あの奥に方に見える奴はウィンディからのプレゼントか。

 あいつがこの都市から離れたのが二年前だとするとレインあたりが掃除してはいたんだな。

 つーか、ついでに片づけりゃいいものを姉妹そろって未練がましいことしやがる。

 さすがに歩くのに邪魔になってきたあたりで俺はものをどけながら窓際へと進む。

 その時、外の方から腹に響くような大きな物音がするとともに部屋が揺れた。


「なんだっ!?」


 俺は慌てて窓際に駆け寄るとカーテンを開いた。

 そこに見えたのは真っ暗な外の風景と大量の光る瞳。


「魔獣? ネズミ系か? パスカル、解析してくれ」

『MPアナライザー、開始します』


 俺の発言を受けてパスカルについている小さなランプが明滅を始める。


「チュッ!」


 俺の服の裾からチューティアが顔をのぞかせて警戒を込めた鳴き声を発する。

 そんな俺たちが見つめる中、光る瞳のうちの一つがこっちに向かって突進してきてレインの張っているシールドに当たった。

 瞬間、発生する爆音と衝撃、そして閃光。

 その光の中に見えたのは夜間、冒険者が寝入った時を見計らって襲ってくることが多い魔獣の一種、ナイトラットの姿だった。


「うっそだろ、マジで爆発しやがった」


 レインのシールドは星神ほしがみの敷くものとしてはオーソドックスな対物排除で接触物を爆破するような能力は付与されていない。

 そういう風に仕込めばシールドアタックもできるだろうが摩耗が激しいから少なくとも今はやってないだろう。

 そうなるとこの爆発は接触してきた魔獣の方が爆発四散してるってことになる。

 そんな風に俺が考え込みつつ様子を見ていると再び一匹のナイトラットがシールドに突進し接触後に爆発した。


『解析終了しました。深度零しんどぜろ魔獣まじゅうナイトラット。クマネズミベースの魔獣で特性は夜行性と極めて高い繁殖力。また、レミングバッファロー同様に群体行動します』

「それはいい。なんで爆発する?」

『爆発時に霧のようなものが立ち上っているのを確認しました』

「まじか」


 俺が目を凝らすとさらに別のナイトラットがシールドに突進し爆散し、そこから確かに霧のようなものが後方にいるナイトラット達の方に吸い込まれていったのが見えた。


「なんだありゃ」

『遠隔での調査では詳細不明ですが形式分類としては不定形型群体怪獣です。ナイトラットは寄生操作されていると思われます』

「これか、ミスティが倒そうとしてた宇宙怪獣は」

『おそらくは』


 宇宙怪獣。

 まぁ、あれだ、特撮で出てくる超強いやつだな。

 出現時に空がなんかガラスみてーにパリーンと割れたり上から降ってくることが多いから海の怪獣とは分けてそう呼ばれてる。

 ぶっちゃけ訳が分からんレベルで強い。

 この深度ってやつは怪獣の強さの目安で最大七なんだが冒険者が勝てるのは普通は深度二が限度だ。

 俺とソータさんが指導したどっかのバカップルは深度三にも打ち勝てるがあいつらも普通じゃないからな。

 俺みたいなドサンコも深度一の怪獣相手なら身体能力だけで勝てるが宇宙怪獣となるときつい。

 物理攻撃無効な奴が多かったりするしな。


『動作原理は不明ですが発生結果だけを見るならばエクスプロージョンバレットに酷似しています』

「使用禁止された奴じゃねーか」


 呆れたような俺の声を受けてパスカルが沈黙する。

 おっと、惚けてる場合じゃねーな。

 こうやってネズミどもが特攻自滅してる間にもレインの摩耗は続いてる。

 むしろこの攻撃が毎晩続いてたんだとしたらよく持ちこたえたな、あいつ。

 俺は窓に背を向けると執務用の机に座った。

 そのまま表にはギルドの紋章、裏には小さな蛇の意匠が施された赤銅色のメダルをかざす。

 すると机の中央部分がカパリと開きそこにはメダルと同じ大きさのくぼみが空いているのが見えた。

 これは赤龍機構せきりゅうきこうのアシストシステムであの当時最新だった魔導がふんだんにつかわれてる。

 すぐにその窪みにメダルをはめ込むと開いていたカラクリがぱたりと閉じ同時に机の上に青く光る複数の表示板が出現した。

 そして起動するとすぐ表示板の中央にマナ不足という表示が浮かんだ。


「そりゃそうだよな。二年もまともに動かしてないわけだし」

『いいえ。現在ワルプルギスとの連結が切断されてるようです』


 ワルプルギスってのは世間一般でいうとこの西の大魔王のことだ。

 実体は魔王以前なんだがそれを知ってる奴は少ない。

 配下の魔王は冒険者の育成者であって真の敵じゃないってのは言うまでもないわな。

 この世界においての最悪の相手は主に怪獣だ。


「そうか、そういや封印されてたんだったな。パスカル、都市の制御装置と連携、マナ供給してくれ」

『連携開始します。そちらの操作盤からも連携許可をしてください』


 パスカルの言葉と同時に表示板の中央に浮かんだ『外部連携しますか』のメッセージ。

 俺がその表示の下についていた許諾を押すとパスカルと表示板の両方が光った。


『ラルカンシェルにおける赤龍機構関連施設の管理権限を取得。マナを供給開始しました。アキラの安全確保の為、当施設のシールドを強化します』


 パスカルの言葉と同時に外に展開されていたシールドが青い色から白い色に変わり、突進してくるナイトラットの爆発の衝撃が届かなくなった。

 同時に表示板の左下の方に小さくヒドラドライブという言葉と情報が表示された。

 ミスティが最後に見ていた奴だな、後で読み込んでみるか。


『アキラ、外部に展開している宇宙怪獣の名称が判明しました』

「おっ、何て名前なんだ?」


 俺の問いにパスカルが即答する。


『ヒドラフォッグ』

「なんだそりゃ。俺がこの都市にいたときにはあんなのはいなかったぞ。宇宙怪獣ってことはやっぱ空から降ってきたのか」

『いいえ』


 おい、すげぇやな予感がするぞ。


『ヒドラフォッグは実証都市ラルカンシェルで製造された宇宙怪獣です』

「……製造……だと?」


 しかもフォッグ、霧だと?

 聞いてねーぞ。

 黙ってたな、リーダーもミスティも。


「おい、あんたのことだからいるよな。ちょっと話聞かせてくれよ、先生」


 俺が部屋の空いている方、出やすそうな場所を睨みつけるとそこにまるで何かが吸い寄せられるかのように白い靄が現れ集まっていく。

 そこに出て来るのはダークグレイの髪に赤い瞳、パナマ帽に黒スーツを着た少年……のはずなんだがそこに出てきたのは白いワンピースに麦わら帽子をした女の子だった。


「やれやれ。僕はこれでも忙しいんだけどな」

「いや、その前になんでその恰好なんだよ。あんたいつもだと男の姿だろうが」


 この人の名前はクラウド。

 俺が所属するエクスプローラーズに俺より前に所属していた人で世界に数えるほどしかいない超越ちょうえつの一体だ。


「ハニーのリクエストでね」

「は?」

「しばらく前に婚約してね。婚約相手がこっちの格好の方を好むんだよ」

「マジか」


 俺にとってはこっちの世界に来てからいろいろ教えてくれた恩師でもあり先生と呼んでいる。


「シャルマーといい君といい簡単に呼びすぎじゃないかい。誤魔化すのも大変なんだ」

「いや、その何というかわるい」


 俺の言葉に先生はいつものように肩をすくめた。


「それにしても……君が母親になるとはね」

「今のあんたにゃ言われたくねーよ。さすがに婚約祝いとか用意してねーぞ」

「別にいいよ、こっちも急だったからね。遅れたけれどギルドマスター就任おめでとう、セブンフェイス」


 ギルマスはともかくセブンフェイスってなんだよ。


「なんだそりゃ」

「君が他人に見せる顔の数だよ。母親とギルドマスターで七つだからね」


 げっ、先生相手だとやっぱばれてたか。


「そっ、それはそれとしてっ! どういうことだよ、こりゃ。リーダーから聞いてねーぞ」


 俺の所属するパーティ、エクスプローラーズのリーダーことアルバート・レッドキングは「面白そうだな」の一言だったからな。


「アルバートだからね」


 リーダーの話は今はいいとしてだ。


「先生、この世界で空とか霧っていうとアレかあんた絡みだよな」


 俺がそういいながらキツメの視線を向けると先生は少し上を仰いでから麦わら帽子を目深にかぶった。


「見当はついてるんじゃないかい」

「ついてるからあんたから聞きてえんだよ。あれはいったい何なんだ」


 先生から漏れたため息。

 そしてはっきりとこういった。


「君たちドサンコと同じ僕の妹だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る