明け方にかけては曇。おいしくなってっかな

 リビングのソファーでがばっと起き上がった俺は暗い部屋の片隅で今のラルカンシェルの状況を徐々に思い出す。

 足元には寝る前に裁縫で直したサニーの服があった。


「ふぅ……懐かしいな」


 あの後寝ようと思って入ったミスティの寝室なんだが……ガラクタ置き場だった。

 そんなわけで寝る場所に困った俺は結局リビングに戻ってソファーで仮眠をとっていた。

 そのままソファーに背を預けたままギルドマスターだけが使える専用の魔導系タレントを発動する。


「…………」


 中空に出現したラルカンシェル所属の冒険者たちのリスト。

 他の都市へ移籍をした奴の名前は表示されないこのリストで俺はさっきの夢に見た見慣れた名前をなんとなく探した。


「やっぱ死んでるよな」


 大体が死人のリストの中でガストにももれなく死亡の表示が付与されていた。


「おっ、あいつらの方は死んでないか」


 そんな中ミラとウィンディの名前には死亡の表記はなく代わりに冒険者カードが定期更新できていないことによってロックされたという表示がされていた。

 俺はギルドマスター権限で生存してる冒険者に絞った表示を一括で表示する。

 結構いるな、ポンコツ双子にほだされた馬鹿が。

 わざわざこの都市の冒険者続けなくても食ってけるだろうに酔狂な奴らだ。


「しゃーねぇなぁ」


 俺は表示の横にある各種認証チェックをポチポチと押しつつ、一つ一つの名前を見ながら思い出を振り返る。

 全員の名前がきっちり選択されたことを確認してから俺はパスカルに声をかけた。


「パスカル、今選択した冒険者の登録を更新する」

『更新しました』


 パスカルに全部やらせてもよかったんだけどな。

 まぁ、これで少なくとも冒険者カードのメッセージ送付機能は復元した。

 そんなことを考えながら俺がリストを見てるとパスカルの声が聞こえた。


『メッセージを受信しました』

「えらいはやいな、おいっ!」


 復帰させてから五分もたってないぞ。


「誰からだ?」

『発信者はミラージュで位置は不明ですが近隣地域からです』


 ミラか。


「内容は?」

『画像データです。全員に一斉配信しています』


 迷惑行為だろ、それ。


『表示しますか』

「頼む」


 俺がそういうと目に前に追加の表示板が出現した。

 そこは成長したミラが額に丸い石のついた猫を抱き上げている映像が映し出されていた。


「猫自慢かよっ!」


 思わず俺がぼやくとパスカルがそれに反応した。


『アキラ』

「なんだよ」

『この猫は魔獣です』

「そうだな」


 俺の言葉にランプを点滅させながら銃がこう続けた。


『ヒドラフォッグはMPに感染し爆発するように変質させます』

「らしいな」


 まぁ、言いたいことはわかる。

 つまり怪獣の影響から逃れる方法があるってことなんだが。


「わかんねーぞ、これだけじゃ」


 俺が見つめる画像の中で無愛想な顔をした猫を抱き上げたミラはムカつくほどのいい笑顔をしていた。

 やっぱり思うんだがよ、ミラ。

 お前、猫自慢したいだけだろ。


「ねみぃ、少し寝なおすか」


 俺はとりあえず娘たちの朝食の仕込みをするまでの間だけ二度寝することにした。



     *



『朝です、朝です。起きてください、朝です、朝です……』


 設定した時間にしつこく騒ぐパスカルを手で押さえアラームを止める。


「くっそ……半端に寝たから眠い。パスカル、現在時刻は?」

『四時三十七分です』


 パスカルに時間を聞いてなお一層眠気が襲ってくる。


「もう一回寝てもいいか」

『構いませんが寝過ごすと思いますよ』

「だよなぁ。しゃーねぇ、起きるか」


 パスカルの応答にもう一度欠伸をかみしめながら俺は起き上がった。

 一度水場によって軽く顔を洗ってから布で顔を拭きそのまま台所へと向う。

 俺は歩きながらドサンコの固有能力であるお色直しで服装を変えていく。

 料理をするにあたって着慣れた私服の上に割烹着かっぽうぎを重ねて髪を二つにまとめた。


『割烹着の下は和装であるべきです』

「いちいち着てられっか」


 何が悲しゅうて自分の銃の好みに合わせて服を着ないといけないのか。


『アキラの場合、一瞬で着せ替えが終わるのですから問題がないのでは』

「着ねーよ」


 それと人を着せ替え人形扱いすんな。

 このお色直しには縛りがあって通常状態だと着たことがある種類の服か目で見てつくりをしっかり理解したものにしか着替えられない。

 半端に見様見真似で他人の服を着ようとすると服が消えてかなり駄目なことになることもある。

 そもそもが魔獣でいうなら色の変えられる毛皮をまとってるみたいなもんだからな。

 本来の用途は敵や獲物から身を隠す時に地面に合わせた保護色にするためのものだ。


「さて、あいつらに何食わせっかな」


 俺はそんなことを考えながら収納から食材や道具を取り出していく。

 ワニの残りは使うとして唐揚げの残りだろ、後は米も炊くか。


「よいせっと」


 俺は収納からどかっと冷凍魔導機を取り出すと一旦部屋の端に配置した。

 冷凍魔導機が何かを簡単に説明するなら無線で動く冷蔵庫だ。

 この世界では有線式の魔導機は蓄魔機能を持った建造物の中での利用がほとんどだ。

 エンシェントシティとかだと都市全体にエネルギー供給できてたりするが新興都市だと金次第だな。

 俺の冒険者ランクはAなので冒険者カードには結構な量の物が詰められる。

 冷凍魔導機は俺の冒険者カードの収納に突っ込んどいたものだ。

 そこそこ中に入るがさすがに巨大ワニの肉は余すんで入らない分は早めに食ってる。


『その冷凍魔導機はそのまま出しておいたらどうですか』

「それもありっちゃありなんだがな。俺たちが屋敷から離れてもマナ供給できっかな?」

『距離によります。都市の周辺であれば可能です』

「それだと魔窟の奥まで行ったら確実に接続が切れるな。まぁ、面倒なだけだし終わったらしまうか」


 俺がそういうと特に異論はないのかパスカルが黙り込んだ。

 そういや野菜が足りねーな。

 収納から水を入れた浅めのポットを取り出す。

 それには紫大根の葉のついてた根元近くの部分がつけてあった。

 こいつは正確には大根じゃなくて別の名称の野菜なんだがめんどくさいので俺は大根って呼んでる。

 こうやっとくとこいつはまた葉の部分が出てきて伸びる。

 ポットに張り付けたマナを受けて発光する魔導具の光を浴びてたそれはいつも通り青々とした葉を伸ばしていた。

 そのうち水につけてる実の部分がしおれるんだがそれまでは結構いける。


「伸びてるな、今朝はこいつを使うか。他はどうかなっと……」


 ほかにも複数仕込んでたポットを取り出して伸びてる葉をいくつか採取してまた収納の中へと戻した。


『アキラ』

「なんだよ」

『収納スペースは十分にあるのですからそこまでしなくてもよいのでは』

「現地で柔らかい葉が食べたいときに便利なんだよ、収納内は安定してるしな」


 インゲージを点灯させた後でパスカルの声が聞こえる。


『そんなだからオカンと呼ばれるんです』

「やかまし。中身は男だって言ってんだろ、言わせんな」


 他にも冷凍魔導機に取っておいた魔獣の卵やベーコンを取り出してテーブルに並べていく。

 日課にしてるぬか床の手入れのついでに漬物も出すか。


「ここら辺も在庫が切れたらやばいな」


 普通の状態なら魔窟に行きゃディッギングチキンかフライングラビットあたりで補充できんだが、昨日のあれを見る限りじゃ下手しなくても爆発しそうだな。

 攻撃魔法を使うホーンボアとか仕留めた後で爆発された日にゃほんと割が合わねーぞ。

 魔窟が今でも動作してるなら野菜がとれるかどうかってとこだな。

 俺がいたころは魔物化した植物はここの魔窟じゃ育ててなかった。


『アキラ、食料はどのくらい持ちそうですか』

「ケチりゃ二カ月だがあいつらの食いっぷりを見る限り無理だな」


 収納の中からコメを取り出した俺は準備しておいたボウルに水を入れてから研ぐ。

 しばらく研いだ後ですすぎをして昨日も使った炊飯器にセットしてスイッチを入れた。


『ラルカンシェルの魔窟では穀類生産は安定しなかったと記録にはあります』

「作れてはいたんだがな」


 俺はフライパンに油を敷くとベーコンと卵をいれて周囲に水を入れ上蓋を閉じた。


「やっぱ朝と言ったらこれだろ」

『パンじゃなくてご飯なんですね』

「俺がご飯派だからな。レイン用の昼の作り置きはパンにでもするさ」


 管理する魔王の資質によって生産に適した食料は異なる。

 サニーの場合は名前からわかるように本来は魔窟、いわゆるダンジョン内で安定的な日照を発生させることで米や小麦の量産が期待された。

 実際運用した当初は穀類が大量生産されはしたが、それに比例するように魔窟内の魔獣も激増。

 本来であれば程々の耕作と冒険者によって狩猟される魔獣の精肉で潤うはずが狩っても狩っても魔獣があふれるありさまで穀類の収穫量は俺がいた間は最後まで安定しなかった。

 食われるわ、荒らされるわ、石造りの用水路も壊されるわでこの都市の冒険ギルドでは魔獣討伐と肉の買取がセットになったクエストが消えることはなかった。

 代わりに嫌ってほどとれたのが魔獣の肉、それとレインと共同管理してた野菜類のプラント、及び養鶏ゾーンではミスティが冒険者を随時張り付けた甲斐もあって安定的に野菜と卵、それと鶏肉が供給できていた。

 冒険者ギルドの運用母体である赤龍機構はそれはそれでよしと思ったのかそれらの生産物を買い取って代わりに穀類を都市に入荷してくれた。

 おかげでとにかく安く手に入る肉を活用した唐揚げの店やステーキハウスが増えた。

 一部では肉のラルカンシェルとか言われたくらいだ。

 あんまり皆が肉肉って言うもんだからついにはラルカンシェルって単語がテラの肉料理の名前だと勘違いする馬鹿も出た。

 それを受けてギルド職員やサニーたちがわざわざ都市名の前に「虹の」ってつけてた名残が双子が出迎えにやってくれたあれだ。

 大体、ラルカンシェル自体が虹の意味の単語だから、虹の虹になっておかしいってミスティは笑ってたがな。

 どちらにせよ資金も冒険者も大量に入り込んできてたのは確かだな。

 あの当時、ドラティリアの東にあるロマーニ国とその同盟国であるエリフィンリード、ドヴェルグガルドでは怪獣災害が多発。

 西方を抑えていた赤龍機構と南方諸国に深く入り込んでいたカリス教がロマーニ含む三国同盟を支援した。

 その状態は三国同盟と南方諸国が戦争するまで続いた。

 ここラルカンシェルはロマーニの飛び地だったということもあり、魔窟から採取できる魔導機製造のための原材料や魔獣からとれる魔石なんかを本国に送っていた。

 食い物については本国としては米や麦が欲しかったんだろうが、穀類についてはむしろこの都市の方が不足気味だったというのもあって、浅い階層で安定的に取れたイモと加工した肉を大量に送り付けていた。

 そんなもんでこの都市が動いてた間のロマーニ関連の都市ではドヴェルグガルドから安く仕入れることができてた発泡酒とソーセージ片手にイモ料理が主体になってシャルマーのおっさんと俺はロマーニって名前なのにテラのドイツみたいだとよくいってたもんだ。


「おいしくなってっかな、よしっ」


 いい感じに一人分ができてきたので手早く皿に移す。

 そんでもって同じ手順でまたベーコンと卵を使って料理を進めていった。

 うまいもんを食うのは生きてくうえで必要なことだ。


「少なくとも俺の目が黒い間はあいつらにはヤモリは食わせねーよ」

『アキラの目の色は紫ですが』

「そういう意味じゃねーよ」


 紫の目は神眼しんがんとも呼ばれる魔眼まがんの一種で生まれつきマナの動きやMPの濃度が見える。

 さすがにうっとうしいから日頃は意識的に見ないようにしてるけどな。

 珍しいっちゃ珍しい目の色なもんだから、シャルマーのおっさんの隠し子なんじゃねーかとか散々からかわれたもんだ。

 髪は紫だから似ちゃいないんだがな。

 それに因んだあだ名もつけられたんだがそれはそれだ。


『アキラ』

「なんだよ、料理中だから細かい話なら後にしろよ」

『楽しそうですね』

「まあな。やっぱ食べる奴がいると面白いな」


 ちょっと寂しいな、ついでにプチトマトっぽいあれもつけるか。

 いっそハンバーグにすりゃよかったか、いや朝からだと重いな。

 そういやソーセージの残りがあったよな。


「よし、たこさんウィンナーも作るか」


 追加を決めた俺は冷凍魔導機から残ってたウィンナーを取り出した。


『アキラ』

「なんだよ?」


 いそいそと足の切り込みを入れる俺にパスカルが何か言いたそうな反応をした。


『やはりオカンなのでは?』

「あのな、男だって可愛いものやウィンナーは好きだからな」


 まぁ、あいつらだと見て喜ぶ前に食いそうだけどな。

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