公園のある町(短編)
モグラ研二
公園のある町
なんだかいい気分!
元気いっぱいに出発。胸を張って路上を歩いていく。
爽やかな日差しのなか近所の公園「ほのぼのハート仲良しパーク」に向かう。そこはお気に入りの場所。癒しの空間。
瑞々しい薄緑の葉を生やした木の上で小鳥たちが可愛らしく鳴く。鳩たちがのんびりと、地面を突きながら歩く。滑り台の上であくびをする野良猫。ゴミ漁りに精を出すカラス。
長閑な雰囲気。ほんわか、ふわふわしたヒーリング音楽が聴こえてくるような感じ。
私は出入り口にある自販機で缶コーヒーを購入、ベンチに座り、口を半分ほど開き、ボーっとしていた。
大好きな公園。このひと時が、何よりの癒し。
吹き渡る爽やかな風はどこか甘い香りがした。実に良い気分。
《現代社会の闇に蝕まれた心がみるみる治癒していく……。誰もがこの公園に来れば、凶悪な殺人事件や凄惨ないじめ・虐待事件などは皆無となるだろうに……。それが実現できないことは非常に残念。》
私だけではない。近隣の人たちみんなが、この公園が好き。
休日のお昼頃には、お弁当を持参した家族連れが多くやって来て賑わう。
父と息子が元気よくキャッチボールしたりわんぱく兄弟が相撲を取り始めたり女の子がおままごとを開始したり……。
どこかの飼い犬が投げられたフリスビーを追いかけて走っていく……。
活気とウキウキとした嬉しい気分が醸成されている空間。
ここには《現代社会の闇》の入り込む余地などない。
だから、近所に住む46歳のノブオノブトシが来てもおかしくはない。
普通に中年太りした髪の毛の薄くなってきている冴えないおっさん。それがノブオノブトシである。
そうして、ノブオノブトシはタンクトップ姿、豊富に生えた、汗でビチョビチョに濡れた脇毛を見せつけるように、公園の真ん中でラジオ体操を開始。
ラジオ体操だがラジオはない。全てノブオノブトシ自身が、大きな声で、アカペラで歌う。
メロディも、体操を指示する声も、全てをノブオノブトシが行う。
《ラジオ体操の音楽と指示は意外に複雑な構造を持っていて、一人で全てをアカペラで行える者は、日本にそんなにたくさんはいないのではないか。》
爽やかな日差しに汗が反射、ノブオノブトシの全身が光り輝く。
青春時代を取り戻したかのような、満面の笑顔。生き生きしたムードが、醸成されている。
飛び散る汗。
……ノブオノブトシがラジオ体操をするのは自由である。
しかし、腐った家畜の死体に人糞ジュースを掛けたような、あまりにも酷い臭いが周囲に拡散され、吐き気がしてきたので、
たまりかねて私は「臭いからラジオ体操を中止してください!」と宣言した。
「臭いわけないよ!」
その瞬間、公園の周囲にある草むらから、青白い肌をした、太っていて頭髪の薄いおっさんが、数人飛び出してきた。
獣のような素早い動き。
率直に言えば気持ち悪いタイプの連中。近づいてきたら「こいつ臭いな、死ねよ……」と思わず心の中で言ってしまうような人物たち。
本来の私は慈愛に満ちた精神を持ち圧倒的なモラリストであり、けっして他人に「死ね」とか「殺す」とか言うことがない温厚極まりない人物であるというのに……。
みんな黄ばんだタンクトップを着用。手や脚、脇が毛深く、一様に汗で濡れている。
彼らはノブオノブトシのもとに集まる。ノブオノブトシと握手をし、ノブオノブトシの首や脇を、スンスンと嗅いだ。
「臭いわけないよ!ノブオノブトシさんの馨しい香りは僕たちに生きる活力をくれるんだ!」
そうして、最悪な歯並びを見せつけ、卵の腐ったみたいな口臭を撒き散らしながら、おっさんは述べた。
「多分、ノブオノブトシさんの皮膚に住んでいるバクテリアや細菌が独自の働きをして、ノブオノブトシさん特有の甘美なる香りを生み出すのだろう」
冷静な口調で言う奴もいた。
私はうんざりしたし吐き気も凄かったから、何も言わずにさっさと公園を後にした。
背後から「ああ、ノブオノブトシさんの匂いたまんねえよ、ミルクキャンディみたいだ、甘くて、とろけて、やべえ、やべえよ」と、おっさんたちが口々に言うのが聞こえた。
《ミルクキャンディって本当に美味しい。》
だから、放課後になってから、三木義雄は少しだけ舐めたミルクキャンディを同級生たちの机の上に、置いていった。
ミルクキャンディの素晴らしさを多くの人に知ってもらいたい。
そのピュアな思いだけが、三木義雄にはあった。
だが、翌日、同級生たちはこぞって三木義雄に罵声を浴びせた。
「汚いしキモイ!なんでこんなことする!嫌がらせにもほどがあるでしょ!」
同級生たちの机には、三木義雄の唾液によってベトベトになったミルクキャンディが付着している。
そのとき三木義雄の口の中に存在していた青のりが、ミルクキャンディの表面に浮き出てい、それがグロテスクな印象をより強めた。
不快感が同級生たちを覆っていた。
「三木義雄!あんたキモイよ!死んだほうがいい!」
同級生たちが罵声を浴びせ、それぞれの上履きを脱いで、三木義雄に投げつけた。三木義雄は懸命に事情を説明しようとした。だが、無駄だった。誰も三木義雄の話を聞かなかった。発情した猿のように顔を真っ赤にし、ひたすら汚い言葉を発していた。
「うわー」
三木義雄は泣きながら教室をでて、職員室に行き、足立のぶえという胸の大きな女性教師に抱き着いた。
三木義雄の顔面は、ちょうど足立のぶえの胸に当たった。
「みんながいじめる!みんなが!ぼくはミルクキャンディの素晴らしさを知って欲しかっただけなのに!」
「変態!」
足立のぶえは抱き着いている三木義雄を引きはがし床に投げつけた。
「変態!勝手に触んないでよ!」
「どうしたんですか!」
足立のぶえの悲鳴を聞きつけて若い体育教師の山田敏夫がやって来た。常に汗をかいており上半身裸、分厚い胸板、8つに割れた腹筋、丸太のような腕をしている人物。
「こいつがいきなり抱き着いてきてレイプさせろって叫んだのよ!」
「言ってない!そんなこと言ってないよ!」
「言ったでしょ!あたしのマンコにチンポ入れて精子を注いで妊娠させてやるって宣言してたでしょ!」
「してない!ぼくはチン毛も生えてないんだ!精子なんて出ないよ!」
「嘘をつかないで!あんたはレイプ!レイプ!って何度も叫んでいたのよ!」
「絶対に言ってない!先生なんでそんな嘘言うの!」
「嘘はあんたでしょ!だいたい子供は全員嘘つきなんだから!大人の気を引くために平気で嘘ばかりつく。それが子供なんだから!誰も子供のいうことなんてまともに聞くわけないのよ!大人はわかってるんだから!つまり、あんたはレイプ犯罪者なのよ!」
山田敏夫は三木義雄を睨みつけた。
「レイプは犯罪だぞ!このバカ!こっちに来い!」
「うわー」
山田敏夫に髪の毛を鷲掴みにされた三木義雄は、校庭の端っこにある杏子の木に結わえてあるロープを首に巻き付けられ、首吊り状態にされた。
「グギギ……グゴ……」
苦しそうに口を開けて白目を剥き、必死にもがく三木義雄。首に手をやり、ロープをなんとかしようとしている。その必死の形相が物凄くグロテスク。人間にこんなグロテスクな表情をすることが可能だろうかと思えるほど。世界グロテスク顔面コンテストがもしあるなら三木義雄は優勝候補になるだろう。必死に手を動かし、体を揺らす。だが、無駄なことで、ロープはどんどん首に食い込む。血が噴き出す。
「死ねや。いらねえんだ。お前みてえなキモイガキはよお……」
山田敏夫が唾を吐きながら言った
《キモイガキは処分し、またセックスして新しい子をこの世界に誕生させればいい。幸いなことに多くの大人はセックスが好きなのだから……。》
「アゴッ!」
叫ぶと、白目を剥いた状態の三木義雄は大量の血を吐いた。抵抗が終了する。もう無駄なのだ、死ぬのが運命なのだ、運命を受け入れよう、そのような決意が、三木義雄のなかでなされたのだろうか。力なく項垂れる。典型的な首吊りの状態。
「俺には首吊り死体になったガキを眺めるような悪趣味はない。俺は帰るからな。お前は腐ってカラスにでも食われてろ。お前が気持ち悪いグロテスクな死体になっている間に、俺は気持ちいい濃厚なセックスを、マッチングアプリで知り合った女とやってるからな!俺は勝者なんだ!」
山田敏夫はガッツポーズを決めて、再び唾を吐くと、足早に立ち去って行った。
かと思うと、足早に戻ってきて、白目を剥き血を吐いて死んでいる三木義雄の顔に向かって思い切り唾を吐きかけた。
「死体野郎!キモイんだよ!」
山田敏夫は怒鳴り、首吊り状態の三木義雄の腹を思い切り殴りつけ、再び、足早に去って行った。
……首を吊ると、男性の場合はペニスが勃起状態になる……。
これは性癖ではなく、科学的な現象。死刑囚も、絞首刑にされた直後は勃起しているという。
もちろん、白目を剥き、舌をだらりと垂らし、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして死んだ三木義雄のペニスも、猛烈な勃起状態を示したのは、言うまでもないことである。
三木義雄の同級生の1人である里中浩紀が、こっそりと夜に吊るされている三木義雄のペニスを切断し、大事そうに抱えて帰ったことは、秘密の出来事。
里中浩紀は持って帰った三木義雄のペニスをホルマリン漬けにし、その瓶を机の抽斗に仕舞った。
80年経った今でも、里中浩紀は、時折、その瓶を取り出し、三木義雄のペニスを眺めてはニヤニヤしている。
「長い月日が過ぎた。みんな死んで燃えて灰になった。多くの同級生のペニスは焼却されて灰になったわけだが、こいつのペニスは、こうやって、ホルマリン漬けの状態で、かつての形を保っているんだ……」
そして、里中浩紀は瓶を机の上に置き、瓶を凝視したまま、ズボンを脱ぎ、パンツを脱ぎ、自身の干からびたような真っ黒なペニスを露出させた。
「私のペニスはまだ灰になっていないが、さすがに、かつての姿ではなくなってしまった……もう、若くない。乾燥したミミズの死骸のようだ……」
ある種の羨望が、瓶を見つめる里中浩紀のなかにはあったのやも知れぬ。何度かペニスを扱いてみたが、なんの反応もなかった。
里中浩紀はため息をつき、瓶を抽斗に仕舞い、ベッドに横たわり目を閉じた。何度か息をしたが、段々とその息遣いは弱まっていき、非常に穏やかな表情をしたまま、息を引き取った。
数日後、当たり前のことだが火葬により、里中浩紀のペニスもまた、彼の多くの同級生と同様に灼熱の業火に焼かれ灰と化したのだった。
ゴミ部屋に長く住んで、死んだ魚みたいな目をして満員電車で疲れ果て……。酷い生活を送っているとこんな酷いことしか書けないのかと、読み返してみてぞっとしてしまう。でも、仕方ないことだ。明るい話とか面白い話とか、日常生活のなかで発生したことがない。あるのは罵声と憎悪だろうか。フィクションなのだから、作り話で書くこともできるだろうが、全く感覚として理解していないものを作り事として書いたところで、リアリティのない、いかにも白々しいものにしかならないのではないか。それは耐え難いことだった。だから、素直に書くしかない。そして、素直に書くと、結局こうなってしまう。無意味で、不愉快さだけが剥き出しになっているエピソードの羅列。作者の倫理観や社会性を疑うような内容。もう、どうしようもない。明るいこととか、面白いこととか、ほんわかしたムードとか、自分の世界にはないのだと、存在しないものは書けないのだと思うしかない。存在しないものをあたかも存在しているかのように書くのは、あまりにも不誠実で、そんなことはやりたくなかった。時間を割いてまでこんな気持ち悪いもの読みたくなかった。時間を返せ。そう思う読者の方にはただただ謝罪するしかない……。別の作品でも表明したことだが、私も、できることならば「ほんわか」した面白い話、教訓や知的なムードに溢れた文章を書きたいのだ。そのことはわかって欲しい。こんな酷い、生徒を引きずって行って首吊りにして殺害しその顔に唾を吐き掛け死体の腹を「キモイんだよ」と怒鳴りながらぶん殴るなんて、そんなことを好き好んで書くわけがないのだ。好き好んでそんなことを書く奴がいるなら、そいつは病気だ。もう手遅れな最悪な奴だ。そいつこそ髪の毛を鷲掴みにして引きずっていき首吊りにするべきなのだ。
山田敏夫は三度、生徒の首吊り死体の側に戻ってきて、タバコを吸った。上半身は相変わらず裸、汗にまみれている。分厚い胸板、8つに割れた腹筋、丸太のような腕をしている。煙が、ゆっくりと上っていく。
「良い風がでてきましたね」
山田に声を掛けたのは数学教師の佐伯一郎。頭髪が欠如しており、肌が青白く、異様なほど痩せている。
「ええ。涼しい風が、裸の上半身に当たるのが気持ちいい。特に、乳首を、風が繊細なタッチで触っていくのですが、つい、感じてしまい、あんっ、と、らしくない可愛らしい声をあげてしまいます……」
山田敏夫は頬を赤くする。
「この死体は?誰です?」
佐伯一郎が死体の顔を覗き込もうとする。山田敏夫はそれを制した。
「やめましょう。死体なんて。不吉ですし、気持ち悪い。それより……」
山田敏夫は、上目遣いで、佐伯一郎を見た。
「山田先生?」
「佐伯先生……」
山田敏夫の目が、熱っぽく潤んでいた。
そして、太く、ごつごつした手で、佐伯一郎の痩せ細った手を取る。
「ね?佐伯先生、死体なんて、気持ち悪いだけです。死体になった人間なんて将来性のないゴミでしかない。そんなものより、ね?生きている人間同士にしかできないこと、ありますよね?」
言いながら、掴んだ佐伯一郎の手を、自身の胸の真ん中に持ってくる。
「ね?一郎さん……」
「と、敏夫くん……」
「一郎さん、して?」
佐伯一郎は、頷くと、山田敏夫の分厚い胸板にある、意外なほど色の薄い桃色の乳首に触れる。
「あっ、あんっ」
山田敏夫が声をあげる。普段より高く、鼻にかかった、甘えたような声だ。
「ち、乳首、きもちっ、あっ、あん!」
「敏夫くん可愛い!」
佐伯一郎は山田敏夫の乳首を舐める。高速で動く舌。ぴちゃぴちゃ音が鳴る。
「あっ、乳首あん!きもちっ!ミ、ミルクでちゃう!あ、あんっ!ち、乳首!きもちっ!」
「敏夫くんの乳首はミルクキャンディみたいに甘くて、いつまででも、舐めて、味わっていたいなあ……」
そのように述べる佐伯一郎のすぐ横に、首吊り死体と化した三木義雄がいた。涙と鼻水に塗れ、白目を剥き、口を開け、だらりと舌を垂らして、悲惨な、グロテスクな顔をしていた。死体だから、もちろん、独特の臭いも、出始めていた。
死んだ家畜に人糞ジュースを大量に掛けたような臭い……。
町中に、充満する凄絶な悪臭。
その後、ノブオノブトシの臭いに惹かれて町には多くの変質者が集まった。
変質者たちは一様に青白い肌をした、太った、頭髪の薄いおっさんたちである。奴らは公園の周囲にある草むらに常に潜んでいた。クチュクチュと音をたてて猥褻な行為をしている奴もいたし、何より臭かった。私を含め、近隣の人たちは、いつからか、公園に行かなくなった。小鳥たちは木から落下して死んだし、鳩も異常なほど痙攣してその場で死んだ。野良猫も滑り台の上で絶叫し血を吐いて死んだという……あれほど癒し溢れる場所だったのに……。残念でならない……。
《ヒーリング機関としての公園が失われたことで近隣の現代社会の闇が大いに膨らんでいったのは自然な流れであろう。》
数日のうちに町に存在する変質者の数は、もともとの町の人口を遥かに上回った。
路上の、電信柱の横に、何をすることなく、ずっと佇んでいる変質者や、勝手に民家に侵入し、テレビをつけるが別に見ることもなくトイレ掃除を始める変質者などがいた。
とにかく臭くて、吐き気が止まらなかった。暗い気持ちになりノートにひたすら「殺す」とか「死ね」とか書きまくる子供が増えた。
《現代社会の闇は子供たちの精神から蝕んでいく……。》
みんなの心が荒んでいく。とても嫌なことだ。清々しい感じがなく、常にピリピリした状態で……。
町には家畜の死体に人糞ジュースを掛けたような、凄絶な悪臭が溢れていた。
国から指示がでて「お前らは臭いから自殺しろ」と言われた。
丈夫な縄が各家庭に人数分送付され期日内に自殺するようにと事務的な書面が付いていた。
何度も電話がかかってきて「臭いからさっさと死ぬように」と役人が冷たい口調で一方的に言って乱暴な音をたてて電話を切った。
そう、私たちも、ノブオノブトシや変質者のおっさん同様、臭くなっていたのだ。
臭いは染み付くものなのだろう。そうして、一度染み付いたらそうそう取れないものなのだろう。
私はリビングに座る。
ワイドショーでは私たちの町を「史上最悪な腐りの町」として紹介、元政治家のコメンテーターが、米軍の力を借りてでも町の爆撃を行うべきと主張していた。
「あんな気持ち悪い連中、臭い連中は乗り込んでいって実力で排除するしかない。社会にとっての汚物で、最初からいなかったことにしないとダメ」
テレビを見る私の両隣には、青白い肌をした、太った頭髪の薄い変質者のおっさんが、座っている。何をするでもなく、虚空を見つめ、口を半開きにして、涎を垂らしていた。
もう、自殺するしかないのか。自殺しなくとも、いずれは国が、この町に対して強硬策をとりそうだった。うんざりした。鬱々とした暗い気持ちしかなかった。明るいものが何もない。
希望とかそんなものない。生きていてそんなもの欠片も感じたことがない。家族の絆とか、友情とか、純愛とか、そんなもの感じたことがない。現実社会には憎悪と罵声しかない。電車に乗り込んでみればわかる。奴らの目。ゴミを見るような目で見てくるし、ほとんど必ず無神経に鞄とかリュックサックとかをぶつけてくる。体調が悪い時に席を譲られたこともない。まあ、私も一度座ったらどんなことがあろうと譲る気はないが。どこか知らぬジジイやババアや体調の悪い連中が座っている私の目の前にいたとしても居眠りしたフリをして無視するに決まっている。自分のことを棚にあげるつもりは毛頭ない。私はクズだし、たいていの人間がそうだ。違う感じの人を見たことがない。いないだろ、そんな奴。殺伐としたムード、現代社会の闇、というか、闇そのものである人間たち。そこのどこに思いやりがあるのか、優しさがあるのか、人類の絆があるのか。ないだろ、そんなものは。くだらない持論をネット上でギャギャア言っている連中や多くの大衆向け漫画やフィクションではそんなものを誇張して「あたかもそんなものが人間には確実にあるのだ」みたいな言説を垂れ流しているが、そんなものないだろ。現実社会でそんなもの感じたことがないし見たことがない。某風呂施設を利用して、帰る時に、数メートル先にあるエレベーターに二人の男が乗っていたので「あ、先に行って構いませんよ」と私は声を掛けたがその男たちは表情のない顔をして「は?最初から別にあんたのことなんて待つつもりありませんでしたけど」みたいな感じに、無慈悲にエレベーターの扉を閉めたのだ。あんな奴らばっかりだ。しかもエレベーター内には本来は退館時に返却しなければならない館内着が放置されていたし。最低な奴らだ。どこに人間の温かさがあるのか。そんなものはみんなフィクションで、理想で、そういう幻想がだらだら描かれた創作物なんてものは、ただ「現実が辛いからせめてフィクションで気持ちよくなりたい」という理由から作り出した「脳みそ用オナホール」でしかない。日々オナホール談議にいそしむ連中。なんだ、それは。結局は快楽だ。それしかない。愛とか絆とか友情とか思いやり精神とか慈悲の心とか全部嘘。存在しない。建前でしかない。建前に酔っぱらった連中がネット上でクダまいてギャアギャア言って批判合戦。くだらない。ほんとにくだらない。現実もネットも、結局は憎悪と罵声だ。
ムカついてきたので右隣の変質者のおっさんを殴った。おっさんは何も言わない。眉を八の字にして、悲しそうな目で、私を見た。悲しそうな目、わからない、元々、存在そのものが悲惨で、気持ち悪くて、誰からも好かれない奴だから、特に悲しくなくても、こんな感じなのかもしれない。
私も他人から見れば、そう見えているのだろうか。そんな感傷的なことが一瞬浮かぶが他人にどう見られようとべつにどうでもいいと思いなおす。
ワイドショーが終わったので、私は立ち上がりキッチンに行く。
腹が減っていた。野菜炒めを作ろうと思った。おっさんたちの分は作らない。挨拶もないし、こちらのことを存在として認知しているわけでもなさそうだった。そんな連中に優しくしてやる義理はない。死ぬなら勝手に死ね、ただ、ここで死ぬのだけはやめてくれ、それだけ、思っていた。
私がリビングに一人前の野菜炒めを持って行ったとき、ちょうど、変質者のおっさん連中は尻をぼりぼりと搔き、屁をこきながら部屋をでていくところだった。
(了)
公園のある町(短編) モグラ研二 @murokimegumii
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