第一話 02 いつだって旅立ちは清々しいものだ ⑵
森を抜けた地点からずっと見えていたが、丘陵地の中にも一際大きな丘があって、その麓に街があった。
城壁に囲まれた、大きな街らしかった。
人間の街に行くのは気が引けたし危険もあったが、食糧が尽きかけていたのと、そろそろ暖かい
近づくにつれ、本当に大きな街だと分かる。
見上げるほどの高さの城壁は恐らく日干し煉瓦に漆喰塗で、等間隔に城壁塔が並び、幕壁によってそれらが繋がって街を取り囲んでいる。城壁の天辺からは時折、兵士たちの持つ槍がきらめいて光を放ち、ここが平均以上の防御機能を有する街であることを人々に印象付けていた。
片や、城壁の外には一面畑が広がっていて、均等に植えられた綿は美しい白い花を咲かせている。それらの間には何人かの労働者がいて作業に当たっており、牧歌的な雰囲気を感じさせた。
目線を戻し、クラロスは自分の歩いている道の先、城壁に設けられた門に向き直った。
その門の周辺には人だかりが出来ていて、多くの行商の馬車や畑に向かう労働者や兵士たちでごった返している。クラロスも、その人だかりの一部になるために向かっていく。
久し振りに肌で感じる人々の喧騒だった。
門は、街に入る人と出る人で溢れかえっており、役人と思しき男が数人、街に入ろうとする人々に声を掛けて入国手続きをとっているようだった。
「街に入る者は一列に並ぶこと! 手続きをしなければ入ることはできない!」
そう役人の一人が声を張り上げているが、しかしこの喧騒である。手続きを取らずに何人もの様々な身分の人々が役人のそばをすり抜けて街に入っていくのが見えた。
「名前とこの街に来た目的は。さあ、背中を向けて顔を下に向けるんだ」
手続きを取る役人たちは手の空いた隙から街に入ろうとする人を捕まえて、首筋の後ろを確認していく。その光景にクラロスはギョッとして立ち止まり、無意識に自らの首の後ろを手でそっと撫でた。
人間たちには、首の後ろ、ちょうど左耳の斜め下あたりに刺青が彫られている。
それは紛れもなく人間であることの証で、≪彫り人≫と呼ばれる王家直属の技能集団によって、出生時に人間と人間の子供であると証明されたときに彫られる。
刺青を掘る技術と作法は≪彫り人≫たちに独占されていて、人が安易に刺青を偽装することは出来ない。身分や家柄によって刺青の色や形は様々だが、どの人もおおむね親指の先ほどの大きさの紋様が施されていた。
人がこのように刺青を入れるようになった起源は定かではないが、この刺青は自らの身分を証明する証としても機能し、出身家や所属集団、職種や身分までもがその刺青を見るだけで判明した。
そしてこの刺青にはもう一つ、最も重要な役割があった。すなわち、人間と≪
刺青を持たぬものは例外なく≪
刺青はこの世界で、最も効果的かつ合理的な身分制度の象徴として存在していたのだった。
「どうするかな……」
クラロスは独り言ちた。
こういった時に備えて、念のため首にチョーカーを付けているが、露見したときの恐ろしさも考えなければならない。一晩の宿の為に命を賭するか、安全な野外で硬い
考えるまでもなかった。もう、先ほど歩み始めてしまったのだ。
「旅には多少の危険は付き物だ。一宿一飯の為に危険を冒す、実に旅らしいじゃないか」
クラロスは喧騒に向かって再び歩き出す。
極力自然に、目立たぬ一介の旅人として群衆に紛れていく。役人が近くにやってくるが、目線を合わせてはいけない。大柄で大きな背負子を担いだ行商の男の陰に隠れるように、そっと役人を躱す。
クラロスの頭上を大きな煉瓦造りの屋根が通り過ぎていき、群衆の波に身を任せながら彼はついに街の中に足を踏み入れた。
小さな波が、起こった。
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