第22話 六角義賢に対する浅井長政
「利休、其の方が説明するか?」利休は信長がどこまで見抜いているのか知る為に、敢えてその説明を信長に任せる事にした。
「私めも、勉強させて頂きたく思います。信長様の心眼をお見せ下さい」
「よかろう。利休が忍を抱えている理由は、幾つかある。まず大きく財を築く為に忍を使って、各地の戦や、その周辺国の動きを調べさせるはずだ。戦が起きれば要り様な物が様々ある。それをいち早く知り、物資を供給する。その競争相手になる者たちの動向も調べ、利が出るならその者たちよりも、安く売りつけるはずだ。そして家康の動きを知っていた。しかし、言い方ひとつで人は、己が知識で勝手に、その意味を決定づけるものよ。利休の言では、詳細は語られなかった。つまりは伊賀、甲賀との争いになるような真似は、絶対にしないよう厳命したはずだ」
利休は想像よりも遥かに読まれている事に、冷や汗が出た。暑さが差し掛かる季節であったが、まだ風は涼やかなものだった。
「今も聞いておる。目に見えるのは四名だけだが、利休と家康殿の忍も、最初からずっと我らの会話を聞いている。堺を拠点として
利休は目を伏せていた。黙って静かに聞いていた。
「最後に付け加えるなら、長政殿に資金援助しようと考えておるはず。違うか?」
「信長様は、誠にもって恐ろしい心眼をお持ちでございます。そこまでバレていましては、更にお安くさせて頂きます。浅井長政様、今後ともよろしくお願いいたします」
長政は己の今後の動向さえ読まれていた。自分の誰にも言っていない気持ちや、六角義賢を敵にする事など、話していないが、言葉に含みを込めて言い当てていた。
「良い実りのある席であった」信長は一言だけそういうと、立ち上がった。
家康も笑みを浮かべていた。信長の言から、今後の行動を理解していた。
「長政殿。長い間耐えられた事でしょう。しかしそれももう終わりにしましょう」
「心中お察し頂きありがとうございます。直ぐに六角へ使者を送り、従属関係を断ちます」
「それには及びません。明智光秀が足利義昭を上洛させようと、朝倉家に身を寄せたようですが、朝倉家にその力は無いと光秀は判断し、我らに合流したいと言って参り、既に我が織田軍と徳川軍が、明智光秀と足利義昭を連れて、国境で待機しております。今日のうちに、六角家の本城と十二の支城は全て落とします。落とした後、兵は全て撤退させますので、浅井の兵をお入れ下され」
「いえ。それでは家臣に示しが尽きません。僅かな兵ですが、動員して直ぐに我らも参ります!」
信長はその言葉に会心の笑みをもらした。若者でありながら、頼りになると。
「分かりました。我らは一時間もあればここに到着できるでしょう」
「では、直ぐに兵を集めてこの地に戻ります! ではお先に御免!」
その熱い心を見て、信長は家康と目を合わせた。信長はこの時、二十七歳で、家康は十九歳であった。二人ともが章滅士であったが、時代の変わり目が、まるで季節のように見えた。家康はその信長の姿を見て、何故か道三のように見えた。
「時代はまだまだ信長殿を、必要としております」
そう言われ信長の顏は再び厳しくなった。
「国境にいる奥村助右衛門に全軍進軍するよう命を出せ」
「我らの軍は織田軍に続いて進軍するよう命じよ」
信長は赤い甲冑の兵士が馬に乗り疾駆した。
家康の半蔵の配下であろう者が移動した際、優しい風が当たったように、微かに木の葉が揺れた。
浅井長政は時来たれりと、喜びと気迫が入り混じったような、表情を見せていた。
長い間、父である久政が六角に大敗してから、自ら北近江を手放し、六角義賢の
浅井家にも仕える忍者がいた。それは伊賀忍者であったが、服部半蔵とは全く別の棟梁が率いる伊賀忍者であった。半蔵率いる甲賀流忍者は家康を主として仕えていた。そして浅井家が雇っていた伊賀忍者は、金銭による契約で雇う伊賀流忍者であった。
一度雇えば、仮に敵が同じ伊賀忍者を雇ったとしても、契約を第一として、味方同士で戦う事も多々あった。
それ故、命じられるまでは、基本的に雇い主の護衛が基本であり、融通は利かない者たちであった。その為、馬の息が荒くなるまで疾駆させた。
長政も戦の準備をするように命じてはいたが、織田、徳川、両人のように準備を終え待機はしていなかった。まだ準備中だろうと予測し、一番遅れての参陣になるであろうと思っていた。
しかし、まだ若い二十歳の章滅士である、遠藤直経は違った。既に準備を整えいつでも出発出来るよう待機していた。その他では、海赤雨の三将と呼ばれている。
海北綱親、赤尾清綱、雨森弥兵衛たちも準備を済ませていた。この三将は父である久政が活かしきれなかった者たちであった。三者とも同じ歳で三十六歳であったが、妖魔を殺す事の出来る覆滅士であった。
長政自身も遠藤直経と同じく、妖魔を殺す力と封印する力を備えていた。多数の兵士に準備をさせていた為、長政は帰国した途端に、馬を乗り換え、出陣の合図である法螺貝を三度鳴らした。総兵数約一万で、男は来た道を引き返した。
近江に急いで不安な表情で帰ってきたが、来た道を引き返している浅井長政の顏は、漢の顏になっていた。
国境に着いたのは、一時間も経っていなかったが、既に両軍の旗が、風によって靡いていた。長政は信長が、一時間と言ったのは、自分を気遣っての事だと思った。
そして二人の元まで行き、軽い挨拶を済ませると、各陣営に妖魔を退治できる者たちや、倒せるものがいるかを確認した。
そして、これは浅井長政にとって、意味のある初めての戦であった。六角義賢の無茶な命令にも逆らえず、耐えてきた。本城である六角義賢がいる観音寺城に、自ら攻めたいと言った。信長も家康も同意し、支城や砦からは一切邪魔させないようにする事を約束し、浅井長政は気持ちを察してくれた事に対して、馬上から一礼すると、自軍の元へと戻って行った。
印章士と覆滅士の生への歩み —章滅士— 春秋 頼 @rokuro5611
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