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アルミナルは、
そんなアルミナルの背中に、軍師ラーシアのすがるような声がかかる。
「ねえ、お願いだから考えなおして。いくらなんでもあきらめるのが早すぎるわ」
「そうは言うがな、今の我が軍の装備では
「そんな
「ああ、そうさ。なぜなら、この軍は俺の軍だからだ。つまり、攻めるも逃げるも俺の勝手にできる軍ってわけさ」
「んもお!」
アルミナルのとぼけた返答にラーシアが
「
地元の貴族や
その人物は、外の
それでも、アルミナルにはこの人物の正体がわかった。
「こいつはおどろいた。あんたはてっきりバーナーム
アルミナルが演技ではなく本心からおどろいてそう
「あなたの気まぐれがいささか心配になり、
「はは、
名を呼ばれたローブ姿の人物は、フードを払ってその顔を松明の明かりのもとにさらした。
長くしなやかな黒髪に、女と見まがうような整った顔立ち、そして、夢と野望を同居させたような黒光りする切れ長の目。
アルミナルの軍師ラーシアの師であり、かつては〈アズエルの使徒〉だったという男、メルセリオ本人だった。
「先生!」
ラーシアがうれしそうに声を
「俺にもこんなに
自分とメルセリオに対する彼女の態度の落差をアルミナルが
「わたしは、先生のお言いつけどおり、アルミナル将軍に忠実にお
師に好ましく思われようと必死になっているラーシアがアルミナルの目には
「こうもやすやすと軍をかえされては、我らの計画に
「ラーシアにも言ったことだが──」
上半身と腰まわりの
「その責任は、フィオラを南で足止めできなかったあんたらにある。彼女の本隊が近づきつつあるなかで、
「王を称して独立した方の
「
アルミナルは椅子に腰をおろすと、
「俺にだって
アルミナルは自分のことを野心家などとは思っていない。
たしかに、
「俺はただ、人生の
野望というものは
「俺は野望を
「その好機がまさに今だということに、お気づきになられぬか?」
「はん! 言うにことかいて好機だと? あんたらの失敗を
「たとえ一の手が
「ほう」
「どんな
「あなたがこのまま自領へお帰りになるのでしたら、シアーデルンはきっと、別の者の手に落ちるでしょうな」
これをきいてアルミナルは高らかに
「ちッ。俺以外にも、そそのかしている〈ナインシールズ〉がいるってわけか」
「シアーデルンという
「・・・・・・・・・」
アルミナルは、
その
「今ここで引きかえせば、あなたがシアーデルンを手に入れられる機会は二度とおとずれないでしょう。しかし、ここに
ここまできかされれば、アルミナルにもメルセリオの
「なるほど。フィオラの帰還が遅かろうが早かろうが、あんたは
アルミナルの
(やってくれるぜッ)
こうなると、メルセリオの言うとおり、おめおめと自領へ引きかえすわけにはいかなくなった。
(俺の性格はお見とおしってわけか・・・・・・)
自分がそそのかされているということをじゅうぶんに自覚しつつも、そう感心せずにはいられないアルミナルだった。
メルセリオにしてみれば、シアーデルンを落とすのがアルミナルであろうが別の誰かであろうが、どちらでもよいのだろう。ようは、フィオラがシアーデルンを
現在のローデラン東部は、フィオラが
言わば、レンガでがっしりと組まれた壁のようなもの。
しかし、レンガのひとつが取りのぞかれれば、壁はガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
メルセリオの
そして、最初にはずすべきレンガとして彼が選んだのが、フィオラなのだ。
シアーデルンの所有者がかわれば、ローデラン東部のパワーバランスは大きく
(それが、この男の目的か)
統一まであと一歩だった英雄エリンデールを
(動乱を長引かせて、この男はなにを得るつもりだ・・・・・・)
メルセリオと手を組んで以来、たびたびこの疑問にぶちあたってきたアルミナルだが、本人に
そこで、別の疑問をぶつけて、それで得られる回答からメルセリオの動機をあぶりだしてみることにした。
「ところで──」
アルミナルはさりげなさを
「前々から気になってることが、ひとつある。あんたは、フィオラのことを決して名前では呼ばないな。なぜだ?」
「・・・・・・・・・」
「まるで、名前では呼びたくないほどの浅からぬ因縁でもあるかのようだが?」
「・・・・・・・・・」
「彼女と
「・・・・・・・・・」
「沈黙ってのは、場合によっては言葉以上に心を語るもんなんだぜ? 実際、
「語る理由がないだけのこと」
ようやく動いたメルセリオの口から流れでた声は、暗く、低かった。
あきらかに
アルミナルは、自分が軽い気持ちで悪魔の
メルセリオの動機がなんであれ、それがアルミナルの人生に利益をもたらしてくれるのなら、彼を怒らせて無用の
「わかったよ・・・・・・答えたくないなら、それでもいいさ」
肩をすくめて
「カイゼルに
「
ラーシアが、メルセリオの
いつもは「それくらい自分でやりなさいよ。わたしはあなたの
「メルセリオさまさまだな」
「・・・・・・・・・」
天幕をでていくラーシアの背中を見送っていたメルセリオが、不思議そうな顔でアルミナルをふりかえった。
「いや、こっちの話だ。それより、どうだ、一杯つきあわないか? 長旅で、さぞや
その杯へ
「すぐに
「そのつもりです」
「バーナーム伯によろしく伝えといてくれ。いずれ戦場で
南へ引きかえすのだろうと思ってアルミナルがそう冗談をとばすと、メルセリオは
「南へは帰りません。このまま北をめざします」
「北へ?」
なにをしに、と、つづけようとしたアルミナルは、結局、杯をあおって
(なにを
多くの無能な者が、メルセリオによってかきまわされた渦のなかで
もちろん、アルミナルは自分が生還者のうちのひとりだと信じて疑わないし、岸にたどりつける者は少なければ少ないほどいいと願ってもいる。誰が相手だろうと戦って勝つ自信はあるが、戦いそのものは少ないほうが楽でいいに決まっているのだから。
「では、わたしはこれにて」
メルセリオが
「ラーシアは置いてってくれるんだろ?」
「むろんです。我が弟子を、
「ああ、そうさせてもらおう。
「ご
もう一度、
「さて──」
アルミナルも一気に杯を
「俺も準備運動くらいはしておくかな。対岸まで泳ぎきれる実力はあるのに、準備不足がたたって足をつった、なんて
誰にともなくつぶやくと、そばに
「シアーデルン周辺に
メモなど取らずとも主人の言葉を
「王さまなんてガラじゃないが、
だが、すぐに
その背なかに、ラーシアは無駄と知りつつも願いでた。
「あの、先生・・・・・・わたしも、北へご一緒させてください」
「それではアルミナルを
メルセリオはふりかえりもせず、荷造りをつづけながら声だけをよこしてきた。
その
「あの人は好きになれません。なにかにつけては、わたしをいやらしい目で見るのです」
こんな子供じみた
「先生のおそばで・・・・・・まだまだ学びたいのです」
「おまえにはすべてを教えた。実戦での勝利も経験している。心配はしていない」
「・・・・・・・・・」
心配はしていない、というのは、つまり、気にかけていない、ということの裏がえしなのではないか。
そんな
「だが──」
ここでようやくメルセリオがふりかえった。
その
ふりかえったメルセリオはラーシアを見ておらず、
「だが、〈
〈紅炎の聖女〉という異名がフィオラ・グランゼスを
しかしフィオラ・グランゼスの軍師については、メルセリオに「油断するな」と言わしめるほどの人物だとは知らなかった。
「何者なのですか、その軍師は」
「〈アズエルの使徒〉だ。名をレイタスという」
「レイタス・・・・・・」
「かつての我が弟子だ」
そうこぼしたメルセリオの声と表情に、
不意に馬のいななきが
見れば、メルセリオがいつの間にか馬上の人となっていた。
「では、まいる。あとのことは
「はい、お任せを。道中、つつがなきよう、戦神アズ・・・・・・」
ラーシアの別れの言葉を最後まできかず、メルセリオは
ただ遠ざかる
(どちらがいいのかしら・・・・・・味方として無関心でいられるのと、敵として関心を寄せられるのとでは・・・・・・)
それが弟子としてどれだけ危険な発想かということを自覚しながらも、ひとりの女として考えずにはいられないラーシアであった。
やがて蹄の音もきこえなくなり、ラーシアは完全な
戦神のガントレットⅡ おちむ @M_Ochi
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