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シアーデルンの
城壁の全長は五キロとも六キロともいわれており、近年、正確な
その
それはすなわち、この地が多くの
ローデランの北部と西部、そして南部へと通じる交易路がここで交差する。交易路はそのまま軍隊を運ぶ
当初は一大交易都市として名をあげたシアーデルンも、そこを
城塞都市シアーデルンから、いくすじもの
城内に撃ちこまれた無数の火矢によって木造家屋が炎上し、あるいは死体が焼かれているのである。
ただし、城壁そのものはたいした
シアーデルンの長い歴史において、何度もくりかえされてきた光景である。
「やれやれ・・・・・・わかっていたことだが、シアーデルンの壁は
英雄エリンデールに
だが、
フィオラ・グランゼスに
〈ナインシールズ〉のひとりとなってからは将軍としての才能も
そんな彼が、エリンデール戦死の
「
独立を宣言した〈ナインシールズ〉のなかで、アルミナルほど自分に正直な理由を
ただ生きる。
そのためにアルミナルは自立したのである。
「そして生きる以上、
部下にそう
シアーデルンという軍事・経済の一大拠点を手に入れられれば、アルミナルの
だが残念ながら、その
「シアーデルンの壁は、まるで
「それ、気の
背後から流れた女の声は、みずからはじめた戦いを下品な冗談で
声の正体を知っているアルミナルは、いちいちふりかえらずに
「ああ。我ながらいい
「くだらないこと言ってないで、さっさと
「では、なにか
ここでようやくふりかえったアルミナルの視界には、
彼女の髪は肌以上に黒いが、
彼女の名をラーシアといった。年齢は、アルミナルの見立てでは二〇歳前後といったところ。浅黒い肌と
(あのみすぼらしい
ラーシアを見つめていると、ついそのような
ラーシアがアルミナルの
今も、アルミナルから「妙案を」と
「わたしの
腕を組んでプイとそっぽを向くラーシアが、アルミナルの目にはこの上なく
(これで、もう少し素直であってくれたらなあ・・・・・・)
そう思う一方で、ツンと
それでも、愛おしい軍師の誤解はといておく必要があった。
「きみの策を
「その結果が、これ?」
ラーシアが、たまりかねたように声を
そこでは、アルミナル軍の
「あなたが言う修正とやらのせいで、我が軍は攻城兵器を
「ははは、だといいなあ」
「
「あの
「ない」
「え?」
思ってもいなかった言葉が即答で返ってきたからだろうか、ラーシアは目を丸め、ぽかんと口をあけていた。
「今はな」
あっけにとられているラーシアの表情を
「
「彼女は来ないわ。今ごろ、わたしの
「きみはフィオラという女を
「あなたこそ、わたしたちを侮っているわ。南方の同志には、わたしの師も
「あれほどの美女を滅ぼしてしまうのは、ちと
アルミナルがとぼけると、ラーシアは
「わたしは真面目に言ってるの!」
「はは、そうこわい顔しないでくれ。ま、怒った顔も魅力的ではあるが・・・・・・ああ、いや、わかった。ちゃんと説明する。だから剣の
冗談が過ぎたようである。本当に
「正直に言って、今の俺の戦力ではシアーデルンを落とすのは困難だ。上手くいって落とせたとしても、我が軍は
「なら、なんのために出兵したのよ」
「きみの頼みだったからさ。『フィオラの留守をねらってシアーデルンを攻めてください。そうしたら、わたしはあなたのものになりますから』ってね」
「言ってないッ・・・・・・後半の部分は」
「まあ、なんにせよ、きみへの義理はこれで果たしたわけだ」
「なら、もう一度、お願いするわ。シアーデルンを攻めるだけではなく、落としてちょうだい。今すぐに!」
「じゃあ、落とせたら、なにをしてくれる?」
「別に、なにも」
「・・・・・・」
「わかったわ・・・・・・あなたを尊敬してあげる」
「ふん、話にならんな」
愛ならまだしも、敬意などというものに毛ほども価値を見いだせないアルミナルは、ラーシアの横をとおりすぎて本陣がある丘の上へ歩きだした。
「ちょ、ちょっとッ・・・・・・話はまだおわってないでしょ!」
背中にかかるラーシアの声を無視してアルミナルが本陣に向かっていると、こちらへ
「どうした、カイゼル」
「
「フィオラの部隊だな」
アルミナルにおどろきはない。ラーシアと
「どうやら、きみの師と同志はフィオラの足止めに失敗したようだ」
アルミナルは肩ごしにふりかえってラーシアに
「で、敵の規模は?」
「二〇〇〇ないし三〇〇〇とのこと」
「少ないな。
「補給部隊は
「ふむ・・・・・・仲間を見すてることはできん。その仲間が大事な食料を
「ま、待って!」
副官とのやり取りに、女軍師があわてた様子で割って入ってきた。
「全軍でって、シアーデルンはどうするの? まさか、あきらめる気?」
「うん。あきらめる」
アルミナルがあっさりうなずくと、ラーシアはふたたび
「ずいぶんとあきらめがいいのね。女を
ラーシアの皮肉めいた
「女の性格にあわせて口説き方をかえてるだけさ。フィオラは気が短いからな。しつこくするとあとがこわい。このへんが
アルミナルの
「本気で
「そう言ったろ?」
「約束がちがうわ! せめて、もう少し
「おいおい。俺を
「どうやら、南で
「不測の事態ねえ」
アルミナルはニヤリとほくそ笑んでラーシアを見やった。彼女が自分たちの
「まあ、その不測の事態とやらを責めはしないさ。戦いには
アルミナルが副官のカイゼルを
「
南で
「ところで、帰ったら俺と一緒に
「お気づかいなく。戦塵にまみれるほど長くは戦ってませんから」
あっさり撤退を決断した
「そう遠慮するな。きみのためにレビンティア産の
「なら、おかえしに、わたしも
「おい、ほんとか? 本気にしていいんだな?」
「ええ、もちろん。閣下の体に塗ってあげる。閣下ご自身の血を、たっぷりと」
「・・・・・・・・・」
本気とも冗談ともつかぬ返答にアルミナルが背筋をゾッと
遠ざかる彼女の
「どうして俺が
「ま、とりあえず無事でなによりだ、フィオラ。心配はしてなかったがな」
おなじ
だが、むろん、崇敬しているからといって、それがそのまま
「おまえが誰かに負ける姿はどうも想像がつかん・・・・・・俺以外の手によっては、な」
誰にともなくつぶやいて、さりげなく
少し時間をさかのぼった五月四日の早朝──。
レイタス率いるグランゼス軍の
この
その
レイタスは側面からの突撃で敵をふたつに分断すると、一方が混乱の
この、グランゼス軍の一方的な
「レイタスッ、敵の
馬上から
「かもってなんだ、かもって! 正確に報告しろ!」
同じく馬上で剣をふるっていたレイタスは、弟子のいい加減な報告をたしなめつつ、左から
「かわれ!」
レイタスは、右手の剣はそのままに、左手で遠見の筒を取りだし、左目にあてた筒の先を北西に向けた。
はるか遠方の景色が拡大して見える遠見の筒のなかでは、セルネアの言うとおり、敵の増援と思われる大集団がこちらに近づいていた。そして、彼らが
「たしかにアルミナル軍の増援のようだ。それにしても、かつての
「うちの
敵兵があげる絶叫のあとにきこえてきたセルネアの声に、レイタスは遠見の筒を覗きこみながらうなずいた。
「まったくだ。彼女に報告するのがためらわれるな・・・・・・」
伝説上の生物である竜はローデランにおいて権力の
そんな神聖な竜を紋章として掲げられるだけの実力と名声を
にもかかわらず、いまだ一地方の
英雄エリンデールを
(あるいは、それが
自分の正当性をこれ見よがしに
「食えない人物のようだな、セラン・アルミナルという人物は」
そのことは、筒のなかで見えている増援の規模からもうかがい知ることができた。
「増援の数が、およそ二万とは・・・・・・さすがにこれは予想していなかった」
「二万? ちょっと! それって、偵察騎兵からの報告にあった敵の全軍に相当する数だよ!」
「ああ。どうやら全軍を率いて救援に
「シアーデルンをほったらかして?」
「そうなるな」
「バカなの? アルミナルって人」
セルネアの感想は率直で、常識的だった。
五〇〇〇程度の分隊を編制して救援に差し向ければじゅうぶんなところを、アルミナルという人物は、シアーデルンの
(なにか
レイタスはあらゆる可能性を考慮してみたが、アルミナルという人物に関する情報が不足しすぎていて、今は納得のいく解答を得られそうになかった。
レイタスに言えるたしかなことはひとつだけである。
「シアーデルンの包囲が解けたのなら、こちらの目的は
「でも、補給部隊を助けたあと、敵がまたシアーデルンに引きかえすかもしれないよ?」
「そのころにはフィオラがシアーデルンに入城しているさ」
「そっか・・・・・・なら、ここに
「そういうことだ。急いで
レイタスに
水牛のうなり声のような低音が、独特な音調で三回、戦場一帯に
角笛の
敵の
レイタスは、フィオラの本隊と合流するまでの指揮を騎士のひとりに
隊列の真ん中あたりでセルネアを見つけた時、彼女は落とされないよう馬の背にしがみついているのがやっと、という
「うまく
すっかり弱りきった様子の弟子をレイタスが
「角笛を吹くのがこんなに大変だったなんて・・・・・・うう~、まだ頭がガンガンする~・・・・・・もう二度とやんないよ・・・・・・」
こうして、グランゼス軍の分隊とアルミナル軍の補給部隊との
結果として、シアーデルンはアルミナル軍による包囲から
補給部隊を急襲してアルミナル軍に救援の必要を
ただ、よもや敵がシアーデルンそのものをあきらめるとは
翌五月五日、太陽が
レイタスたちの分隊は、シアーデルンの城門が
帰還した軍師をフィオラは笑顔で
「どうした、レイタス。シアーデルンをわずか三〇〇〇の
だが、レイタスは
「俺の
「ふん! 考えるだけ無駄だ」
急にフィオラの表情が
「あの男のことで頭を悩ませるくらいなら、
あの男、とは、アルミナルのことを
彼との間になにやら
「いったい、どのような人物なのです。セラン・アルミナル
今後、障害になるであろう人物を知っておくことは、軍師にとって重要かつ
ところが──。
「
フィオラが
レイタスは、それですべてを理解した。
「なるほど・・・・・・今回のみならず過去にもちょっかいをだしてきたことがある、というわけですね。閣下ご自身に」
「ちッ」
レイタスの指摘で
「思いっきりかえり
「それはそれは・・・・・・同情します。アルミナル将軍に」
「どういう意味だッ」
「いや、まあ、とにかく──」
フィオラの怒りの
「シアーデルンはひとまず
「ああ。連日の
ふりあげた
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