第530話 “お前”との因縁に結末を


   ******


 “神”によって定められた世界破滅の因果。

 他の追随ついずいを許さない創造主による決断を跳ね除けた“人類”は、一面が砂の隆起に覆われたメギドの丘にて、静々とたもとを分けて歩み始めた。


「…………」

「…………」


 世界の命運を守り、最後の敵を討ち払った男達。

 憎き宿敵と手を取り合わなければ、この勝利があり得なかった事は分かっている。


 ――されど……


 傷尽き果てた体に“天魔”の翼をたぎらせながら、二人は距離を空けて同時に振り返った。


 同時に思うは、一つの思念。


 ――この男ともまた、決着を付けねばなるまい、と。



 ――突き合うは、右の“極魔”の灼眼しゃくがんに怨念と憎悪を、左の漆黒に焼け付く様な憤怒を見せた鴉紋と、

 何時迄も、何処までも輝かしくあり続けた金色の星屑。そこに宿る鬼神の如き決意と覚悟、真っ直ぐ見据えたの一点――


「……」

「……」


 闇晴れ渡り夜明けを迎え、緩やかに降り注いだ朝の日差しが、丘の流砂をキラキラと照らす。すると、先の喧騒と何らかの因果でもあるのか、光明の元にが芽吹いて風にそよぎ始めた……

 寒風に負けぬ、不屈の草花が。


「……もうお前とは、語り尽くした」


 鴉紋がそう、揺るがぬ視線で呟くと、光の粒子に纏われたかの様な髪を風に流していったダルフは、フランベルジュの柄をしかと持ち直した。


「確かにそうだ。もう語らずとも、お前の意志が俺と平行線である事は、痛い位身に沁みている」

「ほぉ、そうかよ……」


 メキメキとその肉を鳴らせ、憤激の面相を練り上げていく鴉紋が、口の端から煙を吐きつけながら黒き剛腕を挙げ始めた……

 ――激しき相克そうこくの予感に、極限まで引き絞られた緊張の糸が張る。深みへ達した両者の闘志は、周囲の物音を彼方へ連れ去った。

 腹を貫かれ、光明に全身を痛ぶられたダルフ。神聖の業火に長く炙られ、芯まで達した灼熱に未だ白煙を上げる鴉紋。両者のダメージは五分ごぶ……それは身体に極限した話ではなく、互いに守るべき友を失い合った絶望の心理にしてもまた同じであった。

 互いの一挙手一投足を監視し合う視線。些細な動作で因縁の火蓋が切られる極限的状況……

 その究極を打ち破ったのは――


「しかしそれでも……語らおう」

「…………は?」


 ダルフによって放たれた、肩を透かす一言であった。


「言論の放棄は、人間性の放棄と同じだ」

「…………」


 未だ構えを解かないでいる鴉紋に対し、危険水域に達した二人だけの戦場で、剣を下ろしてしまったダルフ。


「……この野郎」


 腹を空かせた猛獣の巣窟へと、顎を上げて歩み始めたダルフ。今にとって喰わんと、牙を剥き出しにした悪辣の害意が浴びせ掛けられる。


「…………!!」


 危険な闘志を一層と燃え上がらせた悪神が、それ以上近付くならばと気迫で言っている。


「…………」


 ギラつく目を見下ろしたまま、精悍せいかんな面持ちで魔窟を進む。勇者ともなく愚者である男の手に、得物は未だ垂れ下がるのみ。

 

「くそが……っ」

「…………」


 明らかに異様。明らかに無謀。一見すると、殺してくれとせがんでいるかの様でもある……だがそれが、全くの見当違いであるという事が、鴉紋にはもう分かっていた。

 ――、煮えたぎる様な激怒を顔に刻み込んでいるのだ。


「その舐めた態度、高くつくぞ……!」


 ……遂には、鴉紋の拳が届く危険域へと、ダルフは悠々踏み込んで来ていた。目前の悪魔による獰猛どうもうな吐息が、熱く首筋に通り過ぎていく。もう目にも止まらぬ速度で臓腑を抉り出せる距離まで肉薄している。


「お前の願う“ロチアートの喰われる事のない世界”。俺の目指す“人とロチアートが共生出来る世界”」

「――……」


 ――既に拳は引き絞られている。鴉紋にとって必殺の間合い。もう瞬きする間に全てに終止符を打つ事も出来る。

 あれ程渇望した……永き因縁の全てにケリを付ける事が出来る!


「双方茨の道……おとぎ話フェアリーテイルに手を伸ばすかの様な、荒唐無稽な幻想の野望」


 ……であるのに、おぞましい殺気を解き放ったまま、鴉紋は拳を振り被ったまま、静止し続けていた。

 まるで聞き入るかの様な鋭い視線を見つめ、ダルフは更にと、互いの手が触れ合う程の距離にまで踏み込んでいく。


「だが、どんな不可能も、お前と二人でなら叶えられる」

「――――!!」


 耳より侵入し、脳に落とし込まれる怨敵の言葉……

 絶句した視線を上げると、そこにある――優しき眼差し。差し延べられた掌……


「お前のその手が、誰かと結び合えるという事を、俺は知っている」

「…………ッ」

「俺とお前の二人でなら、この野望を成し遂げられる。叶えられない事なんてない、世の中には、必要悪という存在も――」


 垂れた鴉紋の手をすくい上げようと、ダルフは最後の一歩を踏み込んでいった。

 そうして、彼等の手が結び合わんとした刹那――


「――――ッッ!!」

「な……っ」


 拳を解いた鴉紋の右手が、ダルフの手を弾き落としていた――


「互いにかけがえの無いものを潰し合ってんだ。今更それが叶わぬ事くらい、分かってんだろうが」

「…………っ」


 呆然としたダルフの首筋へと、黒き腕が伸びて来た。だがその手は、敵の喉元を裂くでもなく、心臓をくり抜くでも無く、彼の胸ぐらを掴みあげて、熱き視線を突き合わす様に額をぶつけて来ていた。

 穴が開く程苛烈に見下ろされたダルフは、引きずられるまま宿敵の声を聞く――


「何処まで甘いんだテメェは」

「……!」

「弱みを見せるな。命を預けるな! 不可能を叶える覇道をゆくならッ!」


 ――強く、胸を押しやられたダルフが突き飛ばされた。震える視線で見上げたそこには、豪胆で力強い、男の相貌が落ちていた……


「…………そうか……」


 敵に背を向け、振り返ったダルフは、鴉紋との距離を再び取り始めた。


「そう…………か……っ」


 悲嘆に暮れた様相は、嗚咽おえつに近い声に含まれて、ダルフの肩を何度か揺らしていた。


 背を向けた先、視界には、荒涼とした大地に朝日が降り注ぎ、草木を芽吹かせていく新生の光景――


 やがて向き直った両雄は、その視線を覚悟と共に鋭くするまま、互いの得物を構えあった……

 悪逆の翼白熱し、そこに激情の相が相克そうこくする――


「いくぞ……鴉紋」

「黙って不意打ちかませばいいんだ、この正義オタクが」


 悪神の拳に闇が凝縮し、鬼神のつるぎに黄金が発光した、そして――


「ハアァァアアアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!!」

「オオオオオオオォアァァギィアアアアアア――ッッ!!!」


 躍動する翼が、空にかち合う――!

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