第529話 悪逆の翼


 燃え上がるダルフの全身。その灼熱に歯を強く喰い縛り、嵐の様に降り注ぐ“無限光”をフランベルジュの刀身に受けていく――


『近付くな……下等な生命が……っ』


 その速度光へと達し、全てを置き去りにしながらダルフは飛翔していく。やがて雷鳴は巨大な光人ひかりびとの胸へと肉薄し、“神聖”を吸い上げて紅く変化したフランベルジュを、太陽の如く――黄金色に瞬かせた。


「『太陽からルシアート・光を放ちエクス・ソル』――――!!!!」

『……神秘を照らすこの光は……ッ!?』


 爆烈した日輪の輝きに、万物の最上位である筈の“無限光”が塗り染められていく――そうして巨大剣へと纏わり付いた二重螺旋は、炎の中にありながらもごうごうと燃え立ち、バリバリと鳴る雷電は地の果てまで轟いた――


『なぜ……なぜこんな、なぜ私の計り知らぬ事がコンナニモ――!!!』

「いくぞ神、これが“人類”の――――ッ」

『やめろ!! ヤメロニンゲン――ッ!!!』


「――――一閃だぁぁあああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああ!!!!!!!!」


 ――深々と、ヤハウェの胸に突き立った希望のつるぎ


『――――――――!!!!!!』

「――ウオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアっっ!!!!!!」


 黄金の輝き爆散し、神の胸を貫いたまま――鬼神は上空一直線に翔ぶ! 切り裂かれた巨人の体が、光の螺旋に呑まれて消え去っていく。凄まじき閃光が真っ直ぐ天へと伸びていく――!!


『ああ、あああああああああああああああああああああああッ!!!』

「世界はお前の為にあるんじゃない!! 生きとし生ける、全ての生命の為にあるんだ――!!!!」

『ダマレッ!! この姿は依代よりしろに過ぎん! 不滅の私はすぐに再生を果たし、貴様達の命運が変わる事ナド無い――ッ!!』


 ――その時、“神”は気付く事になる。


『は………………?』


 何よりも、誰よりも高所に位置していた筈の自らに――……


『………………!!!!!!!!!』


 が、落ちているという事に――!!


『これ……ハ……??』

「……イカれた世界を勝手に作って置いて、てめぇの勝手で滅ぼすなんて虫が良いよなぁ?」

『ア――――……?』


 ヤハウェにとって、という行為は、その時初めて経験した体験であった。


『…………――っ』


 自我を目覚めさせたその瞬間より、万物の最上位で居る事が当然であった。


『私に……影を落とす……者など』


 ――だが今、“神”の頭上に舞い上がり、炎熱に燃ゆるがままの姿で“人類”が拳を握り締めていた。


「………………」

『終夜、鴉紋……』


 ――――


 名状し難い激情は、全ての父である筈の自分自身が、絶対下位である人類に見下される……そんな屈辱に駆られて口を吐いて出ていた――


『私がルールだ……私が原則だ、ワタシこそが真理だ!! ワタシは、ワタ――ワタシガ神ダ!! お前達人間などただの玩具がんぐでしか無い! 全て私が、ワタシが創った、私が決めた!! 世界がどうあるべきかは、“神”であるワタシガ――ッッ』


 未知なる天上を覆う、漆黒の邪悪。ささくれ立ち、血を噴き出し、光を呑み込み巨大な影を落とす……

 左の黒が、右の赤目がヤハウェへと差し向いた時その時――


『っ――……ッ――ッッ!!!』


 これまで強烈な逆光によってシルエットしか見えていなかった“神聖”の全貌が、鴉紋の視界に映り込む――


『――――ッッ私を見るナ!!!!』


 莫大なる光の頭の中心、そこにはりつけにでもなったかの様に身動きもしない――細く、白く、体毛の無い醜悪なるが、力無く項垂れていた。


「ようやくそのご尊顔を拝めたと思ったら、随分貧相なつらしてらぁ。これが神の正体かよ」

『キ、キサマァアア――!!!』


 頭上へ向かう、再生していく神の両手――

 しかし鴉紋は、天上へと右の拳を振り上げる。


「俺はもっと上へ行く……」

『――ッ!!』

「もっともっと上へ、不滅の貴様を、捻り潰す位に――ッ!!」


 一度開かれ、力強く握り込まれていった一本一本の黒き指。いま神に影を落とし、逆光となった顔を黒く染め上げながら、ギラギラと眼光は燃える――!!

 



「『天撃てんげき』――――――」




『フゥオ――――――ッッ!!!!?!』


 握り込まれたその拳、その覇気に!!!

 神の全身は恐怖で硬直していた――!!

 それ程凄まじい邪悪の権化ごんげ、悪鬼の気迫と災厄、覇者の秘めたる力の全てが――


『……なんだ、お前……達、は……』


 ――腕よりほとばしる漆黒の暴圧となり、禍々しき――を形成していた。


『神に、成り代わろうと……でも――』



「知るか。」



 ピシャリと言い放たれた乱暴な返答に、ヤハウェはその骨張った本体でもって、天空へと視線を投げた――



「俺はただ――テメェをブン殴りに来ただけダァぁあああああああああああああああああああああああああああ――――ッッ!!!!!!!!!!!」



『……が――ぇ……パ――――ッッ、――??!』



 “神秘”へ炸裂した爆拳は、空へと闇を解き放ち、十二の夜が光に踊る――


「ドォオオオオオオオオオオッッぁアアアアアアアアアアアアアアアアアらぁあああああああああああああああああああああああああああああああ゛――――――ッッッ!!!!!!!!!!!!!」

『カ、ぺ――っ――――ぉ!!!!!!!!!!!』


 光を呑み込む邪悪の一筋が、を拳に連れたまま――超大なる光の胴体を落雷の如く切り裂いていく――!!!


『ぁぁ、ぁぁ、ぁぁっ!!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアア』


 絶叫するヤハウェの断末魔――

 それを上下より挟み込んでいく――――


「終わりだヤハウェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ――ッッッ!!!!!!!」

「くたばれ神がぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッッッ!!!!!!」


 光の柱と、闇の雷電――――ッッ!!!


『――――――――――!!!!!!!!!』


 抗い得ぬ暴力にヤハウェはただ動転しながら、か弱き体が連れ去られていく衝撃に、足を揺らめかせるだけだった。


『これが……“人間”……』


 ――“”を、半分ずつ喰らった貴様達はもはや…………


『これが、私の創った“生命”か――』


 神の口角が微かに吊り上がった時――――

 莫大なる神の体を消し飛ばすまま、閃光はやがて、姿を視認する。


「――――ッッ」

「――――ッ!」


 そこにそびえる天と地を背景にして、は同時に叫び合った――!!



「アモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン――!!!!!!」

「ダルフゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ――!!!!!!」


 

『はァアウウッッ――――――――!!!!!!!!!!!』



 ……頭蓋を挟み込んだ衝撃インパクトに、神の瞳が血走り、極限まで見開かれた――



『お……の…………れ………………』



 その視界に映り込むは、二十四ともなった白と黒のの開き――――


 そして神はささやいた。怒りも忘れ、感傷にふけるかの様な、自ら自身の声で……












「……め」




 ――白と黒の光明が重なり合った時、そこで“神秘”を崩壊させる大爆発が起きる――





 世界に立ち尽くした巨人は、その体内より撃ち壊れ、凄まじいだけの衝撃波を地平の彼方まで行き渡らせた。

 吹き飛ばされていった灼熱の空。遠景に包囲した海原が押し戻されていく――


「…………ああ」


 嘆息しながら大胆に大地に墜落した鴉紋と……


「…………はあ」


 華麗に地に舞い戻ったダルフは、その肩を合わせた。


 彼等は決して視線を合わせる事もなく、夜明けを告げ始めた世界を歩き始める。


「大した事、なかったな……」

「……強がるな」


 ただそうとだけ声を交わし、“神”の消え去った爆煙の下で、“人類”の翼が押し開く――

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