第528話 羽は、対となって“翼”と呼ぶ


 彼等を集中砲火して来る“無限光”を、鴉紋は殴り飛ばし、ダルフは切り払う。激しき閃光のさなかを飛んでいく二人の“人類”は、灼熱の空へと立ち尽くす“神聖”を目指していく――


『おのれ、くびきを解き放ちし忌々しき人類よ――』


 上昇する程厳しくなっていく炎熱に、ダルフはひたすら上を目指していく鴉紋の背中へと問い掛ける。


「おい、何故上ばかりを目指して行く。熱も光も過激さを増しているばかりだ、今に体が燃え上がるぞ!」

「誰かをブン殴んのにチマチマ腕や腹を殴っていられるか! 叩っ込むのはいつでも! そうと決まってんだろうが!!」

「全くお前は……!」


 とは言ったものの、ダルフもまた、この超大な光人の弱点は頭部に――いずれにしてもこの莫大な体の上部へと秘められている気がしてならなかった。

 ――神は誰よりも

 鴉紋の言った言葉……その一点が頭に絡み付いて離れない。

 天より迫る灼熱の猛威、空へと近付く度に増していく“無限光”……まるで、天上に上るなと言っているかの様だ。

 推察するに――


『ッ――――!!』


 鋭敏なるダルフの洞察力に得体の知れぬそら寒さを感じたヤハウェは、光明をより一層と激しくしていった。

 鴉紋にとっての野生の勘、ダルフの抱く不信感。いずれにも共通する漠然とした意志が――不可思議にも、確かに真理へと到達している事に、神は内心青褪めていた。


『私の意志に背く事は、銀河への叛逆はんぎゃくだと知るがいい!』


 唸りを上げて荒ぶる風巻は、莫大なるサイズのが動き出したが為である。燦然さんぜんたる神の御腕おんうでが、視界一杯を埋め尽くしながら振り下ろされて来ている――


「ハアア――ッ!!!」

「おいッ、またてめぇ!!」


 羽虫を叩き伏せんとする危機を前に――

 瞬くフランベルジュより、烈風の如し雷火の螺旋を打ち出しながら、ダルフは鴉紋を抜き去っていった――


『潰れろ、小さき者よ――!』

「うおおおおおおおお――――ッッ」


 明滅とした空の何処かより、轟音かき鳴らす霹靂へきれきの極太が、ダルフのフランベルジュへ幾発も突き落ちる!

 やがて、目を見張る程の雷爆らいばくとなった電影のつるぎは、空を切り裂く超大剣となりて――


「『因果の雷炎斬シャルル・バラドレイ・ド』ォォオオ――!!」

『――!!? くぅアッ――!!』


 ――全てを圧殺しようと目論んだ、光の莫大へと振り被られた!


『――ぉ、お!! ッお!!!?』

「――でぇあああああぁあああああああアアッッ!!!!」


 神の神秘と鍔迫り合い、地に向けて十二の白き翼が爆烈する! 降り落ちる白銀の掌と白き稲妻が決しあい、そこに白熱の発光を見せる――!!


『私の光明に、ニンゲンがッ?!』

「ウオアァアアアああああああああああああああああアアアアッッ ――退けぇえええええアッ!!!」

『――あッ!!!』


 飛び散った雷と白銀――両断された光の御腕!! ダルフの滾る稲光が、空を切り抜け神の掌を叩き伏せた!!


『……ッ――しかし、足を止めた貴様はここで終わりだ!』

「ッ――――」

灰燼かいじんと化せ――“無限光アイン・ソフ・オウル”!!』


 必然速度を緩めたダルフへと、逃げ場の無い光線が乱れ撃たれる。――直撃必死の爆撃が、眼下より迫り上がって来る鴉紋諸共に全てを光に塗り潰さんとした時――


「あ……?」


 鴉紋は、ダルフのとったを目にした。


「鴉紋――――!!!!」


 不可避の光明迫り来る中――

 宿敵からの声に全てを悟った鴉紋は、不愉快そうに眉間にシワを寄せながらも、後ろ手に伸ばされたフランベルジュへと――


 触れ合う程の至近距離での刹那……鴉紋はダルフの囁きを耳にする。


「腑抜けた結末は許さんぞ」

「……ッチ……の野郎が……」


 光の射線が“天魔”を蜂の巣にするその直前、ダルフは鴉紋を乗せた巨大剣を、渾身のフルスイングで空へと振るっていた――

 全身を細き光明に撃ち抜かれ、煙を上げて墜落していくダルフの頭上を、加速した黒き閃光が駆ける――!!


『――小賢しい奴らめが! 手を取り合ってこの私に抗うとは!』


 残されしヤハウェのもう一方の手が固き拳を握り締め、反逆者を叩き伏せんと鴉紋の頭上に影を落とす――


「ふざけんな、んなもん俺だって――」


 しかしその瞬間、“極魔”の燃える灼眼しゃくがんが、激しき憤怒にぬらぬらと光瞬いた――!


「――気に食わねえんだよおおぉおおおおおおおッッ!!!」


 鴉紋の背で、一つに纏まる漆黒の雷撃。それは螺旋を描き、大地を貫き、地の獄にまで到るかの様に……


「『冥界の拳アビス』……!!」

『ッな――――っ!!!』


 冥府の波動を拳に吸い上げ、邪悪の集塊を成す――そしてッッ!!!


「ッしゃしゃるなボケガアァアアアアァアァァアアアアア゛アアアアア――――ッッ!!!!!!」

『ぐ……ぉ、この力、何処から――!』


 覇権を争い合う、光の拳と暗黒の拳――うねり、喰らい合う神聖と邪悪が、轟音を放ち、空に波動の渦を巻いた!


「ドオォオオオオオラァアアアアああああああああああああああ!!!!」

『しかし……ここは譲らぬぞ、ここは私のぉぉッ!!』


 声を荒げた“神聖”が、その超大なる鉄拳で鴉紋を押し退け始める。


「――くんのぉ、ぉぉォオオオオオオオオオォォォオオッ!!!!!!」

『思い上がるな、貴様達にも敵わぬ力があるという事を、今思い知らせてくれる――ッ!!!』

「があぁァァッ!! ちくしょ……く……ッ!!!」


 荒ぶ世界に煌めく“神秘”が、とぐろを巻いて我が子を押し潰していく。これまで経験した事もない父の強大なる拳に、鴉紋でさえもが空を引きずられていく――


 ――無理なのか……流石にこいつは……


 ただ一瞬、そんな事を考えて、鴉紋の瞳が閉じられた。


『このまま、再び冥府へと叩き落としてやるぞ、ルシルフェルの遺子いしよ――ッッ!!!』

「――――……っ!!」


 ――しかし、彼を嘲笑あざけわらの声に――


「見てろよ……ルシル」

『っ――――!!?』


 鴉紋の瞳が、これ以上なく苛烈に、劣化の如く禍々しく――開眼された!!


『力が、増して――い……る!? この土壇場で、何故この様な――っ!』

「ウウウオオオオあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

『カ――――!!』


 軋む体に悪魔の面相――ギチギチとその骨肉を鳴らせ、鴉紋の拳に激しき暗黒が爆発した――!


「『雷轟らいごうォォオオオオオオオオオオオオオオオあぁぁああアアアアアアアアアアアアア――ッッッッ!!!!!!!!!!!!』」

『ッば――――!!!?!』


 神の拳に炸裂した深淵は耳を覆いたくなる程に爆烈し、次の瞬間に、ささくれ立った黒の結晶が、光の拳を内部より破裂させていた――!!


『うぅお……おおおおおおおおっっ!!!!』


 体内に仕込まれた機雷が起爆したかの様な衝撃に、腕を崩落させた神の悲鳴が世界を揺らす。


「ふぅぅ、ふぅぅ……ッ!」


 だが全身全霊の一撃の反動に、すぐには動き出す事が出来ない鴉紋。さらに追い討ちをかける様に、荒い息を上げる鴉紋の全身が、焼け付く空の灼熱に発火し始めた。


「ぐ……ぅ――ッあ」

『おのれ、おのれおのれ……ッ!』


 豪炎に呑まれ、短く悶える鴉紋であったが、彼の視線は開かれた天空への一筋に向かう――


「一気に、いくしか――アアッちぐしょ、ぉ――!!」


 全身を火だるまにされても、その男の目に後退の二文字は微塵も無い。だがしかし、震えた体が前へと動き出す事をまだ拒んでいる――


「…………くそ」


 ――――だから……


!!!!!!」


 ――鴉紋は後ろ手に、開いた掌を伸ばす。

 振り返る事はせず、ただ背後より迫り上がって来る、不屈の闘志の到来を待って。


 ……一度蹴落とされても、不死鳥の様に舞い上がって来ていた男は、


「――――ッ!」

「――――!」


 ――やはりその手を取っていた。

 そして、耳元にさえずる……


「その手は全てを、破壊するだけだと思っていた」

「……黙れ」


 確かに掴んだ宿敵の手を握り、鴉紋は灼熱の大空へとダルフをぶん投げた――!

 加速の限りが周囲に衝撃波を起こし、金色の鳥は空を舞う。


「結末を付けるぞ――ヤハウェ!!」

 

 手痛い傷を負ったまま、白き閃光が血飛沫と共に空を突き抜けていく――

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