第521話 悪神が湧き上がる
*
溜め込んだ“神聖”を一挙に吐き出したフランベルジュが、真紅より元の白銀へと戻っていった。
「倒したぞ、みんな……」
息をつき、空を見上げると“闇”は晴れ渡って元の景観を取り戻している。天上に淀んだ灰の液こそ残っているが、地平の果てまで満ちていた
しかしダルフは、怪訝な顔付きで空のもう一方を見渡していった。
「何をしている」
そこに見えるは、未だひしめくコルカノによる“無限”。世界の半分は、未だ“神聖”による
「
フランベルジュを地に突き立て、腕を組んだダルフは、世界を埋め尽くすもう半分の空に思いを寄せた。
そこで闘う怨敵を想い、鼻を鳴らすと、侵食して来た“無限”を仰ぐ――
「早く始末をつけろ……鴉紋」
必ず勝利すると、数奇な信頼感を産んだ忌々しい
――――――
過ぎ去りゆく“無限”の世界に呑まれ、いま鴉紋は、飽和した情報量の中で白目を剥いていた。
「…………ぁ……か…………」
『コの世界は、お前達ノ心より導き出シた、幻想と妄執の結晶でアる』
“神”へと反乱する黒き雷電さえとうに消え失せ、膝を着いて脱力した上体を仰け反りながら、その顔に驚愕を貼り付けて失神した鴉紋を、コルカノは目と鼻の先から見下ろしていた。
『だがシカシ、そこには実態が伴イ、同じ様に刻がナガれ、愉悦ばかりでなく苦悩もアる』
「…………――、」
『もし、
コルカノはその姿形を変え、鴉紋の記憶の中に眠る住人へと、1秒毎にシャッターを切る様に変異していき始めた。
ネツァクの天使の子、マニエル・ラーサイトペントが言う。
「この妄想の」
ケセドの天使の子、ザドル・サーキスが言う。
「何が嘘でありましょうか」
毒に喘ぎ、悶えて死んだ少女、ネルが言う。
「あなたにとって!」
コクマーの天使の子、クラエ・インプリートが言う。
「ここは現実だよ」
ビナーの天使の子、ヨフエ・インプリートが言う。
「現実に出来る。キャハハ」
コルカノによってそこに体現されていく人格は、無表情の容姿のみに収まらず、その声音、纏う気配、癖や性格に至るまでが完全に再現されていた。
一人の精神が抱え込める限界を超えても、尚流し込まれ続ける“無限”の情報量に、鴉紋の目からは血の涙が溢れ出し、その全身はガタガタと痙攣し始めた。
継ぎ
「とろける様な
ホドの天使の子、ラル・デフォイットが言う。
「甘い誘惑に」
ゲブラーの天使の子、ギルリート・ヴァルフレアが言う。
「はたして人は抗えるか」
エデンの番人、ヘルヴィム・ロードシャインが言う。
「いや、抗う必要などどこにあろうかぁぁ」
神罰代行人、フゥド・ロードシャインが言う。
「はたしてそれが」
神からの
「夢であったとしても。イヒヒ」
異界の冷酷、エドワード・黒太子が言う。
「その現実から……」
人類の監視者、大天使ミハイルが言う。
「誰も抜け出せない」
夢想に沈んだ鴉紋の顎が落ちて、空洞の様になった大口が開かれる。茫漠な情報の強制に脳がショートしているのか、その耳からも流血が認められ始めた――……
されど、“神聖”はいたぶる様に続けていく。
優しき教育者、フロンスが言う。
「抜け出す必要なんてありません」
貧民街の人でなし、シクスが言う。
「狂人が夢から」
同胞との殺し合いを強いられた
「醒めようとしない理屈に同じっス」
悲しき
「さぁ呑まれましょう」
かつて鴉紋とこの世界へ転移し、食肉として解体された
「“無限”の世界へ」
ルシルと共に覇権を目指し、永劫の罰を課せられた獄魔、グザファンが言う。
「素晴らしき」
失意の鴉紋に寄り添い、その心の支えとなった最愛、セイルが言う。
「……幸福に溺れて」
“無限”に呑まれ、僅かにも動き出さなくなった鴉紋にセイルは微笑み掛けた。もう戻り得ぬ深みへと堕ちた人類を確認し、踵を返したコルカノは、再びに存在を不明瞭にさせてその場を歩み出していった。
『――――ッ!』
「…………ぁ……」
振り返る事もせず、ただ“神聖”は歩みを止めて、背中から起こる
「ざ……けんナ…………ボケェ……」
『――――――ッ!!』
背後で、確かに動き出した“人類”へと、神は狂気を感じて絶句した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます