第514話 それが、必ず殺さねばならぬ宿敵と知っていても
“神聖”による絶対の拘束を力ずくで抜け出した人類が、地上に逆巻くエネルギーを放散し――猛る!
「おいダルフ!! テメェを殺すのは後回しだ、まずはあの思い上がった馬鹿共を蹴散らさねぇと、世界も何もねぇらしい!」
「みんなの生きたこの世界を、これから生きる未来の命も摘み取るというならば! その蛮行、決して許してなるものか!!」
“主”の意向に正面切って啖呵を切った二人の人間を見下ろし、クロンは虚空の瞳を見開きながらウネウネと毛髪の闇を逆巻かせ、コルカノは自らの存在の明滅を激しくしながら唸り出した。
仰ぎ眺めるまでも無く明らかに憤激した神の様子は、周囲に吹き荒ぶ突風と、大地を割っていく天変地異によって明らかである。
『父に背クか』
『世界に抗うか』
『なレバ、何よりも恐ロシい絶望を貴様達ニ……』
背を突き合わせた二人の頭上を境界として、世界は半分に線引された。
深い深海の様な漆黒で、全てを飲み込んで行くクロンをダルフが見上げていく。
世界のすべてをそこに表しながら、チカチカと点滅し続ける激しき光景に、鴉紋は顎を上げる。
「ふんッ、息巻いてんじゃねぇよ! 蛮行というなら、誰がどっから見てもそれを働こうとしてんのは俺達だろうが!」
「神に歯向かうという事が全て蛮行と断ぜられるのなら……きっとそうだろうな」
流れ出しそうになる自らの概念を確立する様に、二人の翼は天を衝く激流となって噴き上がった。
やがて“虚無”と“新生”に呑み込まれた世界には、もう光と闇の二十四の翼しか映り込んでいないかの様である。
地に降りたクロンとコルカノは、正面に見据える叛逆者へとゆったりと歩み出して来た。バリバリとなる雷電が、眉を吊り上げて牙を剥き出していく――
『全て“無”となり』
「……」
『“無”から“無限”ガ生ジ……ソシテ――』
不気味なる言葉を聞き入れながら、ダルフはくるりとフランベルジュをひるがえしながら、雷火の螺旋を轟々と鳴らせる。その表情には、凄まじいだけの緊迫が汗と共に漏れ出している。
「おい鴉紋。『不老不死』をどうやって倒す……神とはその様な超常を身に付けていると、お前も知っているんだろう!」
ダルフの動揺を知り鼻で笑った鴉紋は、地を深く踏み込み、全身の筋骨を力ませながら、豪気な波動を打ち上げていった。
「『不死』のお前にそんな相談を持ち掛けられるなんてよぉ……クック皮肉なもんだぜ」
「フザケてる場合じゃない、聞け。『不死』の殺し方は痛い程に思い知った……だが『不老不死』はどうする」
「ああ?」
「奴等はノーコストで、際限も無く蘇生を繰り返す。大見得切ったが、正直突破口が俺には見えていない。俺達に勝機はあるのか……?」
「ノーコストじゃねぇ。奴等にも、等しく
「痛み? そんな事……」
眉根をしかめたダルフを鴉紋が制した。
「この世に執着と執念のあるお前にとっては、そんなものはコストなどとは呼ばねぇかも知れねぇ、だがな……奴等には
「……! それはどういう事だ!?」
迫り来る“神聖”を睨み付け、滾りながらも、鴉紋は口早に語る。
「殺す事は出来ねぇが、
「……!」
「奴等にとって時間なんてものは無限にあるんだ。どうせ天地の創造をしたのも数ヶ月前かそこらの感覚。世界を創ったのも人類を産み落としたのも、庭に植物か何かを植えた程度の感覚なんだろうぜ、笑えてくるだろうが」
「回りくどい言い方をするな、要は奴等を退ける為にはどうしたらいいんだ!」
ぎりぎりと、鴉紋の拳が強く握り込まれる音がダルフの耳に流れ込んで来た。
「正面切ってブチ殴る。そもそも奴等に生きてるとか死んでるとかはねぇ、無限を生きる
「執着が無いだと?」
「そうだダルフ。この世に死んでも喰らいつき続けたお前の執念とは正反対の思考。あいつらは飼い犬に手を噛まれたなら、叱りもせず叩き伏せ様とも考えない。ただ一晩眠って、何もかも死に絶えてから仕切り直せば良いってだけの話しなんだからな」
「殺せずとも、奴等にとっての痛みや苦痛を与える脅威であるという事を知らしめれば、そのまま呆気なく逃げ出すって言うのか?」
「そうだ、そして俺達が死に絶えてからやり直す……神は誰よりも臆病者だ。だがだからこそ、奴は
「微かにでも自らを害するものからは距離を置く。無限の刻を掌握した存在だからこそ、全知全能に全てを叶えられるがこそ、奴等は
明日へと瞬く金色の眼が、フランベルジュの刀身より鋭く覗いた。
「分かった」
背後からの覇気が止めども無く放出され始めたのに呼応して、鴉紋もまた悪風を轟かせて好戦的な相貌となる。
「ただし、そう簡単じゃねぇぞ」
「だろうな、今迄出会ったどの存在よりも強大だ」
「心配すんな、テメェが死んだら俺が二人共……いや、三人共叩きのめしてやるからよぉ、存分に死ねよ」
「黙ってろ、それはこちらの台詞だ。世界は俺が導いてみせる」
「ケッ……」
「来るぞ……」
奇妙な事に、二人は絶対的なる困難を前にしても、もう不思議とその存在に対する畏怖や敗北を思い起こさなかった。眉を吊り上げ、牙を剥き出し、得物をギラつかせて敵の喉元を狙い澄ます……来たる波乱に向けて、闘志を燃え上がらせるばかりなのである。
神聖、神秘、全ての父、
それが何故だかは分からないし、説明もつかず、言葉にさえしないでいるが……一つ奇妙な確信だけが二人にはあった。
――背を突き合わせたこの男とならば、不可能など何も無いと。
「…………」
「…………」
それが、必ず殺さねばならぬ宿敵と知っていても。
ダルフの正面でクロンが姿を消して闇へと溶け込み、コルカノもまた情景へと溶けて消えた……
『
「うわ――――っ!!」
――そして次の瞬間に、ダルフは冷たい“無”の海原に投げ出されていた。
『
「ぐ――――ッ?!」
鴉紋は濁流の様に押し寄せた“無限”の世界に取り込まれた。
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