第512話 “無限”溢れると奇怪は嗤う
頭上の灰の液だけを残し、天上に開く二つの天輪も消え失せるだけの暗黒に、ダルフは灯火の様にして、フランベルジュからの雷火の螺旋を激しくしながら唾を飲み込んでいった。
「空が一瞬で夜に……いや、違う。もっと深い夜の向こうの闇に染められていく……!」
薄明かりに照らされた景観が黒に塗り潰されていき、地平の彼方より迫り来る漆黒は、底無しの深淵へと世界を呑み込み始めていた。
星の一つもないそんな夜空の下で、一際に存在感を放ち明滅した存在――コルカノは、脳が歪む様に奇怪な声で天空へと掌を掲げる――
『
不気味な声の余韻も終わらぬ内に、鴉紋は目にする――
「は…………」
地平に並び渡る。春の草原、冬の山岳、秋風に荒ぶ砂丘に唸る大海原。
「世界が、景色が歴史が……無茶苦茶だろうが、んなの!」
呆気に取られた鴉紋の視界を、万の景観が目まぐるしく切り替わっていく。その中にはルシルにとって懐かしき冥府や天界さえも含まれていた。そうしてそれらは次第に文明に触れたものへと移り変わり、ヨーロッパの都、人々の行き交う王国、馬が走って人が笑ったかと思えば、戦火に飲まれた焼け野原と変わり、湖が映り、鳥が飛び立ち、森に動物が生きて人が狩り殺す。電気が普及した街に明かりが灯り、自動車が走り渡り、機関車が煙を拭き上げ、ラジオが喋ってテレビが点灯する。人々は溢れ返ってネオン街を行き交い、灰色に映るビルディングが自然を残さず乱立した。
「あ……が……なんだ……コレっ……は!」
爆速していく情報量に、頭が割れるかの様な苦痛を覚えて鴉紋は頭を抱え込み始めた。溢れ返るイメージは際限も無く止めども無く、二人の脳を焼き切るかの如き“無限”をそこに繰り広げていた。
常人であれば、即座と廃人に陥るであろう超常の猛威。“天魔”となった鴉紋とダルフでさえもが概念の海へと投げ出されそうになった刹那――
「ぬぉあッ!!」
「ぐうう!!」
彼等は同時に、強烈な気付けで意識を取り返す――
自らで殴り付けた額から垂れた血の一筋を、鴉紋はペロリと口元に舐めて憤激する。
「んな雑多に殺されてたまるか、くたばれヤハウェ! 高みの見物を決め込んだ貴様を、引きずり下ろして頬っ面に鉄拳ブチ込んでやる!」
フランベルジュの刀身に渾身の頭突きを叩き付けていたダルフは、頭を振るいながら垂れた鼻血を拭い去った。
「俺の理想を、みんなの夢を阻むというなら! 誰であろうと切り払う!!」
空より高度を下げて来た二柱は、カラカラと乾いた笑い声を立てながら二人の人間を取り囲んだ。
『翼は六枚までと定めた筈だ』
『天上の者ヨり授かリ受け、十二枚モの翼を生エ揃ていル』
『あろう事か人間が』
『
何処か面白がるかの様な佇まいで、神々は地平を闇に変え、茫漠とした世界を建設していく。神聖そのものが纏う気迫とオーラ、驚嘆し、畏怖するしか無い脅威が坂巻き、いざやと鴉紋とダルフを押し潰さんと迫った時、フランベルジュが闇を切り崩し、灼熱の悪意が無限を塗り潰した――
白雷巻き上げダルフが牙を剥く。
「お前達の目的はなんだ! なぜ今俺達の前に現れて世界を変えようとしている!」
煌めく正義の金色と、逆巻く悪意の暴虐が神へと切っ先を向ける。闇に呑まれ無限に押し潰されようとする世界に抗うかの様に、薄闇に
空へ滾り、消えゆく世界を留める様に、
『聞イテどうスる』
『何になる?』
『世界は我等ノ決定で流れ、オマエ達は呑み込まレるだけ』
『余りにも力ない』
『片や強者タチとの連戦ニ継ぐ連戦に、心労ヲ極限とし』
『片や幾度も没し、冥府の仕打ちを数百と刻み込まれ』
『愛スル者を殺し、殺さレあった貴様達ハ』
『その身も心も削ぎ落とし合った、実に
語る神々の言葉をそこまで聞き終えると、大きな嘆息と小さな舌打ちが、眼下で背を突き合わせた二人の人間から漏れ出していた。
掲げられた漆黒の剛腕に、白きサークルが起きて爆ぜる――
「言いたくねぇなら答えなくていい――ッ」
「『
「『
フランベルジュより巻き上がった旋風――空に打ち上がった“神聖”の炎の渦と雷電が、クロンの闇を晴れ渡らせながら、少女を
『ぅ――ぁ――――ぼ――っ』
暗黒の空より墜落した黒の稲光が、激しく切り替わる概念――コルカノの胸を打ち抜いて内部より闇を暴発させる。
『ァ……――――ぉ――』
両者手応えの残る一撃にほくそ笑むが、天上を舞う“神聖”は痛めつけられたまま、その口を開きあった。彼等の口元には微かな笑みすら浮かんでいる。
『
「俺のフランベルジュをその身に受けながらっ!」
『
「終わり……始まり? ……まさか貴様ら!!」
激しき雷光と火炎が、神の創りし世界を気ままに踊る。
“全ての父”に抗いし爆裂的なエネルギーの渦の下で、鴉紋は青褪めた顔に手をやり、小鼻に憤怒のシワを刻み込み始めた。
――頭上のソレらが、これより何を始めようとしているかに気付いてしまって……
「お前達は……
「は……今、いまなんて……? おい鴉紋!!」
乾いた嗤いが、残る人類を
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