第508話 【天剣】
「フザケてんじゃねぇ、ミハイル――!!」
怒号上げた鴉紋が闇を広げて拳を突き出す。その先では、ほぼ死に体同然となった天使より白き光が抜け落ちて、腕に抱える肉塊へと光明の集約されていく光景――
「ウオオオアアア――――っガハ?!!」
闇の煌めきを背に宙を切り裂いていった鴉紋だが、突如としてその視界を橙と白の明滅に奪われた――
「ギギ……ィ!! んだこれは!!」
明らかに“神聖”の領域へと踏み込んだ魔力に絡み付かれながらも、鴉紋はそれを強引に切り開きながら雷火を抜け出す。しかし勢い余り標的を見失って、そのまま瓦礫の中へと突っ込んでいった。
砂塵巻き上げ破裂する暗黒が、テラスを壊滅的に破壊して修道院に亀裂を走らせる。
そして天使が、光に消えゆきながら瞳を閉じていく……
「がんばるんだよ、ダルフ……私はついぞ人の感情というのが理解出来なかったが……人類を愛し、その安泰を願い続けて来たのは……本当だ」
「……ぁ…………ま」
「お前や、沢山の人々に酷い事もした……すまなかった……ね」
「この……感じ! ――テメェ!!」
瓦礫を無限の空へとぶち上げる波動の後、鴉紋は目にする……
「…………っ」
宿主を失ったフランベルジュより打ち出される、炎と白雷の二重らせん――先程鴉紋の身を遮ったのは、意志を持ったかの様に輪を広げていったその神聖によるものであった。
「私の全ては、お前に託す。きっと人の心を持つお前なら、もっと上手く……惜しむ、らくは……お前の導く……人類の、行く末を……眺められ、な…………」
しかし鴉紋の視線はそんなものなど気に掛けていなかった。彼の力強き視線が一心に注ぎ込まれているのは、闇をかき分ける二重らせんの輪の中心。そこにて何時しか立ち尽くし、ミハイルと入れ替わる様にして、光に消えていく天使を腕に見送っていった、金色の瞬き、その一点であった……
「天魔の体に人の心火……俺と同じ領域へと踏み込み」
獄魔に睨まれた金色は、側で唸るフランベルジュの一刀を持ち上げ、若き体に力を込めていった。軋む骨肉は歓喜に喚き、しわがれた肌は潤いを取り戻しながら、白髪の全ては美しき小麦色へと変わっていく。
「再び俺を阻むか――ダルフ!!」
全盛へと立ち返り、ダルフはその目を開いた。黄金に輝く正義の煌めきが、沈み込んだ冥府へ照らす、一筋の光明となったかの様に――!
「ミハイル様……みんな」
全てを宿した巨大なるフランベルジュが、主に呼応して螺旋を極大にする。そんな雷火の輝きの中心で、ダルフは全てを背負い、涙を振り払い、
「これで最後だ……」
まるで祈るかの様に――――!
「思い上がってんじゃねぇよクソガキ――ッッ!!」
祝福されるかの様な光明へと、怒号を上げて鴉紋が突っ込んでいく。十二の暗黒が空を満たし、冥府の空がとぐろを巻く――
「お前が破壊者なら、俺は守り手となろう」
「なぁ――――?!」
光よりも早く、闇の道筋を残して疾走していった暗黒が、空を切っていた――
驚嘆した悪魔の頭上より、目を刺す様な白き光明が射し込み始めて、鴉紋は天空を仰いだ――
「
天空へと留まりながら、フランベルジュの切っ先を天上へ突き上げたダルフ。その先で、赤黒く陰気な空を割った天輪より、光が差して大地を照らし始める。
「世界を、人類を、ロチアートを護る……守護者に!」
ダルフの背に滾る六枚の白雷。そこに付け加わる様に、白き天使の六枚の大翼が、生命力に満ち溢れながらその羽を舞い落とす――
“神聖”宿した剣を掲げる、“天性”満ち溢れた生命を、天上からの後光が目を覆う程強烈に照らす!
「て、“天剣”……!!」
眉をしかめて光に苦悶しながら、鴉紋は思わずそう呟き漏らしていた。木っ端にした筈の、二度とは戻らぬ神聖の極地。それが分かっていながら無意識に神聖を呼称した――
……それ程までに、そこに漂う
「明日を見失ったお前に、世界を導く資格は無い……」
「……ああッ?!」
「世界は俺が叶える――」
自らを滅し得る怒涛の【天剣】が、その姿と形をより凶悪にして、空に再臨したかの如く――
「人もロチアートも、みんなが笑って生きられる世界を――ッ!!」
「テメェ、性懲りも無くまだそんな事言って――――ぁっ?!!!」
人々の意志を吸い上げ“完成”した、人類の振り上げる最後の
――大地へと落下して来た閃光は、遠くを走る光の柱と錯覚した……刹那――!!
「――ゥググゥウウウオ――ッ!!」
「――――――ッッ!!」
冥府の雷電と白熱した螺旋のフランベルジュが、そこに鍔迫り合いながら天空へと駆けていた――
「ダルフ……ゥウ!!」
「これが最後の闘争だ、鴉紋!!」
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