第496話 人類の拳よ
「まだ諦めないのかい? 自分が無力なただの器だと知っても」
燃え上がる様な眼光を携えて、半身の消え去った鴉紋はミハイルへと踏み出して来る。
しかし天使に及ぶには余りにも力無いその拳は、生命力に満ち溢れる翼に跳ね返された。
「カァアアァアラァッ!!」
「お前のその……
ミハイルを守る様にして折り畳まれた大翼のヴェール。鴉紋は光瞬きながら存在を浄化していくその翼に、歯を喰い縛りながら掴み掛かった。
「ァァあぁあ……ッく……ウ゛ォオオオオオオオオ!!!」
「お前にとって筆舌に尽くしがたい灼熱感を与える私の翼だが……よくやるね」
白き光に存在を霧散されながらも、顔を真っ赤にして力み上げた鴉紋が、ミハイルの六枚の翼を強引にこじ開け始める――
「へーぇ……」
「ガタガタ吐かすなァッ! 俺が復讐の道具であろうとなんだろうと、今俺がやりてぇ事と
僅かに開けていく天使への道筋……無理矢理押し開いたその光明へと踏み込み、鴉紋は黒き波動の纏う豪脚をミハイルの翼に捻り込んだ!
「だがお前は知っているだろう、その意志を貫き通せるのも、強き者の特権だと……」
「……――ゲぅぇア……ッ!!」
僅かに飛散したのみに留まった“天性”……渾身の前蹴りを殺された鴉紋はそのまま、勢い良く開かれた大翼によって吹き飛ばされていった。
「人の身に宿るには尋常でない豪腕……しかし、それはあくまで
柔らかな筈であった羽に撫でられ、全身を切り刻まれた鴉紋。だがやはり、その男は割れた膝を踏ん張らせて立ち上がった。
「……」
「知っている……だが、この野望を貫き通し、拳に力を呼び込むのもまた、
半身浄化し血みどろの体、砕けた拳に満身創痍の吐息……
敵わぬ筈の生命としての次元、それを苦しいくらいに痛感しても尚……
「ミハイル――ッッッ!!!」
友の、仲間の、家族の願った世界を目指す、鴉紋の瞳は揺るぎなかった――!
その心には大火が……全てを任された人類による紅蓮が逆巻いている!!
「……」
「づァ……だァァァ!!」
突如と現れた光の障壁に激突した鴉紋。骨の軋む耳を塞ぎたい様な物音が起こるが、鴉紋は顔面を押し付けた障壁にズルズルと体を引き上げながら、何の躊躇いも無く、振り被った額を光へと叩き込んだ――!
「…………っ」
「グゥオオラァァァァァア――!!!」
割れて裂けた額、噴き出す血飛沫……しかし、彼のゆく道を阻んでいた壁はきらびやかな破片となって砕き割れていた。
「ルシルに感化されたのか、お前という人間が元々そうなのか私は知らない……」
ミハイルが閉じようとした六枚の大翼……それが鴉紋を挟み込んですり潰してしまおうとする刹那――
「――ッくたばれぇえええええ!!!!」
僅かに早く踏み込んだ鴉紋の肘鉄が、ミハイルの腹に捩じ込まれていた――!
「…………それで、何か変わったかい?」
「ハ――――!!?」
沈んだまぶたで目前の鴉紋を見下し、ミハイルはそうとだけ呟いた。
「ぐぅァあ――!!」
微かにもダメージを残せなかった渾身の一撃……さらに両側より、万力の様な力でミハイルの翼が鴉紋を締め上げ始める――
「ヌゥぅう……っぁぁあ!!!」
「人間風情が……僕とルシルの領域に首を突っ込むなよ」
低く垂れ込める天使による恨み言……
鴉紋は深く踏み堪えた腰と両腕でそれに抵抗を続けるが、万力は徐々にと締め上がりながら身を押し潰していく。
「ゴォオアぁぁあっ!!」
「お前達は虫をプチっと押し潰すだろう?」
その目前に、剥き身の天使を獣の形相で見上げながら……
「それと同じだよ……
「――――っ!!」
天使の翼が勢い良く閉じた。
肉を押し潰すブヂュンという物音と同時に、その隙間より鮮血が飛び散る。
――――……
「……ふぅ」
輝かしいまでの白き天使の翼が朱色に染まっていくと、そこより霧となって浄化されていく
「よく喚く……うるさい虫だった」
そう独り言ちたミハイルは口角を下げると、閉じた大翼を押し開かんとその力を緩めた――
「…………!」
――――その瞬間だった、
ミハイルが翼の力を緩めた、僅か一瞬のその時!
まるでその内部から
「ハ――――――!」
……神聖なる天魔の翼が、剛力に開け放たれる門かの様に押し開かれていた!
「
「な…………」
漆黒の猛火そこに逆巻き、深淵が顔を覗かせた……
「あ…………ぁア……っ」
肉をグズグズに崩した姿で立ち尽くした一人の人間に……血濡れの弱き人類に、ミハイルはあらぬ幻影を見る。
溜め込まれていくその拳に、そこに込められた
「――――ッ」
ミハイルは一瞬にして表情を凍り付かせ、見開いた目尻より冷や汗を垂れ流した。
「ル…………シ……ル?」
「分かるわけねぇよなぁミハイル……」
鴉紋より噴き上がる邪悪のオーラ。業火の様に唸り、黒の波動吹き荒らし……拳に
それはまるで“獄魔”の
「ウ……!」
「……
光の障壁に加え、折り畳んだ六枚の翼で防御を固めていたミハイル。
――――だがッ!!!
「ウウ゛ォオオオアァァアア゛ァァァアアァアアア――ッッ!!!!!」
「――ヒィ……グ――――!!!」
それら全てをなぎ倒し!!
ミハイルの頬を打ち抜き、吹き飛ばしていった――!!
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