第494話 異世界? 笑わせるな


 白き光明の中で、闇を燻らせていった鴉紋……そうして再びに止まった刻にいたぶられたまま、ミハイルはゆっくりと鴉紋の魂をルシルより抜き出し始めた。


「聞こえているかい終夜鴉紋……」

「は……」


 全てが止まった世界の中でも、鴉紋の魂は耳元に囁かれる声を知覚していた。その魂が肉体より切り離されていく、得も言えぬ脱帽感に抵抗も出来ぬまま……


「一つの肉体に二重となり、この世界に本来存在し得ぬ筈のお前の魂は、私の『刻の分断ディヴィジョン』に置いても完全には支配出来ない様だ」

「……っ」

「だがそれが、今お前にとっての責め苦となろう」


 夢の中に居るかの様な酩酊感めいていかんと浮遊感……そこに微かに知覚されるミハイルの声が、光の腕に抜き出されていく鴉紋の精神を支配していた。


「お前にとっての観測上、確かにここはとも形容出来よう」

「……」

「だがお前の言う異世界とは、元の世界とは全く別の惑星、異なる概念と生物形態で織り成された世界を指しているんだろう?」


 無論動かぬ筈の肉体を眼下に、鴉紋はこの世界の真実に絶望する……

 鴉紋の言わんとする事さえその『先見の眼』に見通したミハイルは、その美しさに驚嘆とする程の笑みを貼り付ける。


「確かに、私達の辿るかも知れなかったという奴は存在する」

「なに…………を」


 鴉紋の前に、あらゆる世界線の幻影が光速度で過ぎ去り始める――


「お前の野望が実現した世界。誰も死なずに笑い合えた世界。ロチアートに加担しなかった世界。人とロチアートの共生を願い続けた世界。セイルに出会わなかった世界。平和に過ぎ去っていくだけの世界。梨理を守り抜けた世界。お前がルシルに完全に呑み込まれた世界」

「……――っ」

「されど全ての世界はに帰結する。である、嘘偽りの無いお前の生きる世界へと」

「……!」

「ここでない世界線の事象など、単に幸せの夢想に過ぎ無いんだよ……皆がいつかは夢から解き放たれ、この現実へと立ち返らなければならない」


 複雑に絡み合った世界を要約する様に、ミハイルによる短い一文が全てをまとめ上げる。


創造主父さんの創った世界はたったのだ」

「……っ」

「他の世界など存在しない」

「じゃあ…………」


 黄色に発光する恐ろしい視線が、核心を突く真実が……鴉紋を射貫いて黙らせる――





「は…………」


 ミハイルが手元のはかりを強引に引き抜いていった光景を最後に、鴉紋の世界がブラックアウトする――



「お前がのうのうと生きていた世界、安らかなる時は僅かな瞬間でしか無く……世界は何度も終わり、幾度も創世し……やがてこの様な惨状へと到るんだよ」

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