第493話 夢想の産物


「消えてくれないか……?」

「っ……」

「お前に言ってるんだよ、!!」

「ぐ……ぁ!」


 鴉紋を中心として円を描く光の花の群れを抜けて、ミハイルは白き光の長剣を鴉紋の顔面へと突き出していた。辛うじてその光を腕に受けて逸らすも、光の刃が触れた鴉紋の腕に裂傷が現れ、徐々にと光に浄化されてゆく。


「舐めんなテメェ!!」

「……」


 しかし、その苦痛にも構わず目前のミハイルへと視線を上げた鴉紋。恐ろしい悪意を纏いながら、振り払った腕で天使の首を狙う――


「『刻の分断ディヴィジョン』」

「殺してや――――――」


 喉元まで差し迫っていた黒き指先を眼下に、ミハイルは刻の止まった世界を動き出した。

 鴉紋の周囲に散開した光の花々がその照準を悪魔へと向けてピタリと制止していく……


「止まった刻の中では、ルシルの中に居る君の時間もまた止まるのかな……?」


 腕を突き出した姿のまま視線の合わぬ鴉紋に、ミハイルはそっと唇を重ね……そして『刻の分断』の終わる僅かな最中に彼の耳元でこう囁く。


終夜鴉紋……」

「る――っ……あ?!」


 見開かれた鴉紋の瞳……そこに居た筈のミハイルが背後で飛び立つ羽音を知覚した時、また世界の刻が止められていた事を実感する。


「コノぉお――ッッ」

「不思議な感情だ……キミが憎いよ、今迄見てきた生命の中で唯一」

「――――ハッッ?!!!」

「『浄化の光』」


 次の瞬間、宙を漂う二十の花弁より、白き光が鴉紋に向けて射し込んだ。


「フゥア――ァ――――!!」


 先程テラスに残る全生命を焼いた“神聖”の光が、邪悪へと一点集中されながら空を駆け巡る――


「ァア――――ガア――ァ――!!」


 浄化の証である白き蒸気が空へと噴き上がる、その中心点で眩い光に照射される鴉紋が、これまで見せた事もないかの様な苦痛の表情で悶絶している。


「今、からね……」

「…………ッッ?!」


 天使の大翼羽ばたかせ、いつしか鴉紋の目前ではかりを引き絞っていたミハイル。柄となったそこより伸びた光の長剣が姿を変え、無数の細き腕となって忍び寄る。


「何を……っする気――だッ!!」

「……解放だよ」


 そしてミハイルは、躊躇いも無く『業の秤ごうのはかり』を鴉紋の胸へと突き立てた――!


「『命の分断ディヴィジョンハート』」

「――――!!!」


 激しき白の閃光の吹き荒れる中で、ミハイルは涙の跡を作ったまなじりも動かさず、

 

「ぉおおお嗚呼あぁあ!!!」

「どうして抵抗するんだいルシル……私はお前の為を思ってこうしているのに」


 されど過剰に抵抗を示した悪魔は、浄化されゆく光の中で憤激し始める。頭を突き出した鴉紋の魂を引き合いながら、ミハイルへと牙を剥いて叫び上げる――


「テメェの言い分なんざ知るかァアッ!!」

「……お前には聞いてないんだよ」


 光の腕に頭をわし掴まれ、自らの精神体を引きずり込まれていく鴉紋。されど彼はその眼光を滾らせる。


「人が人を喰う訳のわからねぇ世界に……連れて来られてッ」

「……」

「大切なものを奪われて……ッ」

、「……」

「また大切なものが出来たら思ったらッ! またウバワレテ!!」


 激昂した鴉紋は浄化の光を押しやり、激烈に痛む四肢を光明の中で動かし始める。空に躍動する十二の暗黒が、徐々にと光の花を撃ち落としていく――


「ダレガ望んでッ!! こんな訳のわからねぇに来たッつうんだよッ!!!」

「あれぇ……?」


 終夜鴉紋による魂の咆哮を間近に受け、ピクリとまぶたを動かしたミハイル。すると彼は不敵に口角を緩めながら、憎き怨敵をより苦しめんと、残酷な視線を彼へと向け始めた。


「ルシルから聞いていないんだ」

「ァアッ!!?」

「アハッ……アハッハハハ」

「ゴタゴタ喚いてんじゃ――」


 彼がという事を、口振りとは反してミハイルはとうに見抜いていた。

 今……そして漬け込む。

 全てを見透かす発光した黄色、その瞳が鴉紋をいたぶるかの様に……照り輝く。











「……………………あ…………?」




 世界の全てを知る黄色の虹彩を見つめ、驚愕とした鴉紋の刻が止まった……

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