第四十一章 空に【天剣】が成る時

第491話 崩壊した夢、魂の慟哭


   第四十一章 空に【天剣】が成る時


「ァ――――――ッ!!」


 天上からの砲撃によって壊滅していったテラスの惨状を目の当たりにしながら、鴉紋はだらしなく開いた口元を震わせて絶句するしか無かった。

 降り注いだ白き光明のそれぞれが、赤目の家族を一撃の元に消滅させてしまった。鴉紋の野望の片棒を担ぎ、共に未来を目指して戦った数百ともなる全命が――


「なんて……事……てめぇエッなんて事しやがった!!」

「お前が羅針盤の完成を無視したせいだろう?」


 セイル達に引き続いて握り潰された魂。崩壊していくテラスに残されたのは、鴉紋とミハイル、そして肉塊と成り下がったダルフの三名のみである。

 “獄魔”による魂の慟哭どうこくが空へと響く。


「……っぅうううううあぁあああッッ!!!!」

「苦しいのかいルシル……お前の目指した世界が、共に過ごそうとした仲間が、一瞬にして浄化してしまったね」

「ミハイルゥウウウウ――!!!」

「あぁ……堪らない表情だ、ルシル」


 失意に落ちたその心情を惜しげも無く顔に刻み込んだ鴉紋が、涙を振り撒きながら黒き腕を天に掲げる――


「『黒雷こくらい』――ッッ!!」


 上腕に現れた白き魔法陣……即座に呼応した赤黒い天空より、漆黒の稲妻がミハイルへと墜落した。


「私が憎いだろうルシル……?」

「カァァアアア゛――ッ!!」


 だがしかし、天空からの煌めく後光に包まれた天使はそれを相殺し、涎を垂らす程に恍惚とした様子で眼下の鴉紋へと甘い視線を送る。


「このはらわたを引きずり出して、永遠の業火に炙りたい?」

「ほざくなぁなァア――ッッ!!!」

「苦しみにのたうち回らせたい? 私がお前の最愛の女グザファンにそうした様に」


 大地より天上へと走る黒の閃光――

 光よりも早く、激情した悪魔の一筋がミハイルへと至るが、苦痛に悶えた表情と愉悦に悶えた視線が目前に交錯したその瞬間、宙に散開していた光の花の無数が鴉紋の拳を止めていた。

 光と闇が接触し、そこに莫大なる空間の歪みが生じる――


「お前はまた俺の大切なモノをッ……ミハイルゥウウ!!!」

「なんだよその顔は……」

「アアッ!!?」

「もっと絶望してよ、もっと怨んでよ……世界を焼き尽くす様なあの忿は、一体何処に消えてしまったんだい――!!」

「ヌが――――ッ!」


 浮遊した光の花が分離して、鴉紋の周囲を激しく駆け回りながら白き光を照射する。未知の光明に照らされた邪悪は、その身を浄化されるかの様に身を溶かされていった。

 そして振り抜かれた業の秤ごうのはかり――柄となったその身より伸びし光の長剣が、宙に舞い上がった鴉紋を大地へと叩き返した。


「お前の望む世界は、音を立てて崩れ去ったんだからさ……」


 尖塔の中間に叩き伏せられ、天を突くかの様な塔が音を立てて崩れ落ちる。そこに更にと追い討ちをかける二十四輪ともなる花の群れが、自我を持つかの様にそれぞれと宙を走りながら、鴉紋へと白き光線を照射していった。

 爆裂し、彼方へと吹き飛んでいった巨大な塔……その凄まじい風圧を天上にて感じていたミハイルは、荒れ果てたテラスへと舞い降りながら、黄色く灯った眼光を爆煙の最中へと投じる。


「『黒牙こくが』……」

「……」


 眩いまでの光線の嵐を照り返した尖塔より、光を呑み込まんとする十二の暗黒が空へと躍動する。そして幾つかの花を消滅させながら、標的目掛けて一気に収束していった――

 黒き暴虐の風を吹き荒らし、巨大なる漆黒の牙がミハイルを挟み込んだ。


「見る影もないな……ルシル」


 哀しそうに瞳を伏せたミハイルは、挟み込まれた邪悪の歯牙に眉根も動かさぬまま、生命力に満ち溢れた白き天使の翼で暗黒を押し開き始めていた。


「『黒の執行者ミネルヴァ』――ッ!!」


 白き爆煙を真っ二つに割り、切り払った二本の雷霆らいていが鴉紋へと突き落ちた――

 両手に滾った黒き雷電を灯らせて、瞬きする間に鴉紋は拘束したミハイルの元にまで急接近していた。


「共に過ごしたい仲間達を失ってもッ……俺はアイツらが望んだ世界の為に戦う」

だよ……」

「たとえ一人になっても俺は! グザファンに、セイルに、みんなに任された未来の為にィ――ッッ」


 張り裂ける暗黒、光をも塗り替える闇の濃霧が赫灼かくしゃくし、天から降り注いだ赤黒き陽光が鴉紋を照らす――


「ウゥウォオオオオオオオオオオオオオオオアアアガ――――ッッッ!!!!」


 ほとばしる“獄魔”の波動、陰惨なる暴力と怒りを乗せて、鴉紋の拳が全開で振り抜かれた――!

 何もかも薙ぎ払う黒嵐こくらん渦を巻く闇のさなかで、ミハイルはこれ以上無く侮蔑した視線を……鴉紋の左目――黒き虹彩へと突き合わせた。



 たとえミハイルとて一撃の元に四散するであろう暴虐の威光を前に、黒き牙に挟み込まれたままの大天使は秤を眼前へと掲げ、もう避け難い距離にまで肉薄した鴉紋の目と鼻の先に、揺らめく皿と指針を突き付けた――


「くたばれミハイ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


「『刻の分断ディヴィジョン』」








 鴉紋が最後に知覚したのは……ピタリと止まった秤の指針と、その向こうより覗く、軽蔑めいた黄色の眼差しだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る