第488話 キタネェお正月編(part3)


 呆気なく敗北したというのに、ミハイルは快感に満ち満ちた顔で薄雪の中へ倒れ込んだ。

 尻から上がる白煙を背に、鴉紋は羽子板を振り上げる。


 そして場面はお正月勝負第二回戦へと移る――


「気張れ! イキレ! お正月書き初め勝負〜〜!!」


 妙に浮かれたピーターによるタイトルコールが、温かな室内に反響する。

 畳に正座をして並んだリオンとセイルは、ヒソヒソと司会進行を務めるピーターに怪訝な目を向け始めた。


「書き初めってなんなのよ、勝負でもなんでもないじゃない」

「あの人の声うるさい……それとなんだか動く度にオジサンのニオイが……」

「シャァァアラップ!! それ以上は言うんじゃねぇ、お遊戯会で血を見る事になるぞ……ああ!?」

「……氷漬けにしてやろうかしら」

「さっき血塗れの尻を見た所じゃない、今更何言ってるの……」


 胸の前で強烈に手を打ったピーターが、そそくさと対戦内容を説明していく。


「勝負は簡単よ! アンタ達が書くのは今年の抱負! その内容と文字の上手さで競ってもらうわ!」

「はぁ? なんなのよその曖昧な判断基準……全部アンタの独断と偏見じゃない」

「ひえぇ〜っ……この人よく見たら着物のインナーに鎖かたびらを着てきてるわ……こんな人のセンス分かるわけがないじゃない」


 不平たらたらとして止まらない女子二人に、遂にピーターの堪忍袋の緒が切れる。青筋を立てて激昂した彼は、何処ぞから持ち出して来たしめ縄を引き千切って、頭上にぶんぶんと振り回し始めた。


「ううううっるせぇんだよこの共が! ちょっと位若いからって胡座かいてんじゃねぇぞ!」

「…………は?」

「ブス……?」


 ピキリと走った緊張感に、取り巻き達は僅かにも動き出せずに口をパクパクとさせた。


「そうだブスッ!! ブスブスブッサイク!! 」


 走る氷結と灼熱の殺意に未だ気付くことの無いピーターは、しめ縄を更にと振り回しながら暴れ続けた。


「ああ…………そう」

「やってやるわよ……」

「どおおおらぁあッテメェらクソガキなんぞどうせしょ~もねぇ抱負しか思い浮かばねぇだろうが! どうせどんぐりの背比べだ、とっとと書けおらぁあ!!」


 静かに手元の筆を握り出したリオンとセイル……彼女達の放つ恐ろしい邪気に、ダルフとシクスと鴉紋は指をくわえてガタガタと震えるだけだ。


「オラァあ書けたかガキ共ぉ!!」

「書けたわ」

「いいよ」


 静かに面を上げた二人は、セイルから順に墨で書き上げた半紙を持ち上げていった。


「ドラドラぁ! テメェら二人の薄っぺらい抱負を教えやがれ!」


 怒り狂ったピーターの様相が、セイルの見せた半紙を認めてギクリとする。


『殺す』


「あ……? なんだなんだ! 物騒な文字書きやがって、なんのつもりだ小娘2号!」


 続いてリオンが掲げた半紙には……


『拷問』


「…………は?」


 二人の殺気にようやくと気付いたピーターは、冷や汗を垂らしながらしめ縄を纏め始めた。

 しかし――


「だ、だ、駄目にきまってるでしょおおがッ!」


 今更引っ込みがつかず、引きつった顔でゲームを進行するしかない。


「0点0点! どっちもピーターポイント0点よ! 今年の抱負って言ってんでしょうが、なんなのよアンタ達!」

『刺殺』

「ハぅ――――!」

『殴殺』

「ぃいい――っ!」


 立ち上がったセイルが破魔矢を構えてピーターへと照準を定める。歩み出したリオンはその手に巨大な熊手を持って振り上げ始めた。


「ヒィええええええ!!!!」

「私達を侮辱した罰」

「その身で償わせてやる……!」


   *


 物々しい殺傷音が鳴り始めた和室より、庭先の風景が見える。


「待ぁぁああちやがれぇメロニアスぅうううう!!」

「待ちやがれぇえ」

「待てっつってんだろうがぁ」

「神に仕える聖職者様が新年の挨拶に来てやってんだろうがぁあ……どおおおおこえ行きやがるぅううッッ!!!」

「行きやがるぅ!!」


 鴉紋達と別のグループでもまた、お正月の喧騒がある様子である。

 縁起でもない黒ずくめの男達が、ヒレの様に髪を尖らせた男を先頭にして都の帝王たる存在追い回している。


「ふざけるなヘルヴィム!! 俺は新鉱物の製法の事で忙しいのだ!」

「なぁぁんだぁあてめぇええッ俺はお前のケツの青い頃から面倒見てんだぞボケナスがぁあ!!」

「ボケナスがぁあ!」


 新年早々喧しいヘルヴィムの咆哮に、黒の狂信者達はニヤニヤしながら呼応している。ヘルヴィムという後ろ盾を持って天使の子に無礼講を働くのを、彼等は何よりの生き甲斐としている。


「ルルード! あの狂った男達を止めろ!」

「あの狂信者共をですか……?」


 疾走するメロニアスの横をピタリと並走していた燕尾服の老人は、一度優雅にオールバックの髪を撫で付けたかと思うと、なんと主の行く手を遮る様に大地を飛び上がった。


「な、なんのつもりだルルード!」

「主様……お正月とは、何事も忘れてゆったりと過ごすべき日です」

「お前まで……っ」

「いつまでも研究詰めでは良い成果は得られません。必要なのはメリハリ、休むべき時に休まぬ者に大成はあり得ません」


 足元に突き立てられた針……側近の予想外の裏切りで狼狽したメロニアスは、藁にもすがる思いで彼の名を呼んだ。


「フゥド! お前からも何とか言え、俺はこんな事をしている暇など無いのだ!」


 呼び掛けられたフゥドは口元から棒付き飴を取り出すと、静々とメロニアスへと近寄って来て鼻眼鏡アイグラシズを光らせた。


「――Fuck!!!!」

「な、きさまぁ……!」


 もはや無礼講というレベルを越えた直情的な罵倒に、メロニアスは打つ手を無くして膝を着いた。

 

「……ぅう、馬鹿共が」

「わからないのですか主様よ、皆は貴方にしばしの休息を与えようとしているのです」


 俯いた帝王を鬼のシルエットの影が染める。そして力無く見上げるは、筋肉のスジをこれでもかという程に浮き上がらせた、不気味に過ぎるヘルヴィム極限の破顔……!


「おメンコで勝負だぁぁぁあァアアアァアアア――ッッ!!!」

「……お……おメンコ……」

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