第487話 キタネェお正月編(part2)
新年早々と始まった意地を掛けた争い。
テレビに夢中なフロンスを残して極寒の庭先へと繰り出した彼等は、それぞれ身を擦りながら運命の勝負へと興じ始める。
「羽根つきで勝負だダルフ!!」
「羽根つき……っ」
灼熱の眼光灯らせた鴉紋が、宿敵へと激しい敵意を見せながら羽子板と黒い玉をダルフの足元へと投げ捨てる。
「この勝負で負けた者が……」
「敵の言い分に三が日の間従う!」
多少怯んだ様子のダルフ……セフト陣営対ナイトメアによるお正月勝負……この勝負に敗れれば、三が日の間ずっと敵の言いなりにならなければいけないのだ。
「いいわダルフくん……私は三が日の間、終夜鴉紋にケツを蹴り上げられる準備も出来てるし、反対に三が日の間尻を撫で続ける準備も出来てる……っ」
「負けたら許さないわよダルフ……私本気で言っているんだからね」
「任せろお前達」
その目に煌めきを乗せて、ダルフはいざと足元の羽子板を拾い上げようとした……だがその時、風に乗ったかの様に疾風迅雷と、羽子板を拾い上げた者が居た。
「な……っなんで?!」
「私と遊ぼうか……ルシル!」
羽子板を手に、黒玉をコンコンと突いていたのはなんとミハイルであった。
呆気に取られたセイルとシクスであったが、眉根をしかめた鴉紋は豪気に前へと歩み出した。
「テメェが相手か……ミハイル」
「そうだよルシル……」
せめぎ合った二人の闘志が、薄雪の積もる庭先を溶かし始めた。
「大丈夫かよ兄貴、相手はあの男女だぜ!?」
「負けたらあのサディスティック女に三が日の間何を言われるか分からないのよ? 本当に大丈夫?」
「大丈夫だ……」
腕まくりをした鴉紋が、白い息を吐きつけながら微笑んだミハイルと相対していく……
「三本先取勝負というかルシル……」
「一本落とす度に、顔に墨で落書きをする……ばつ印が先に三本刻まれた者が敗者だ」
「いいよ、お前と遊べるならなんとでも……」
白熱する二人の眼光が、場に息もつかせぬ緊迫感に満たし始める。
「俺からだ、いくぞミハイル!」
「早くしてよ、体が疼いて仕方がないんだ」
鴉紋渾身の勢いを込めた、羽子板の一振りがミハイルの頭上に舞い上がった――!
「ん……?」
「フフ……フフフフフ」
しかし、予想だにせず、棒立ちのミハイルの足元へと落ちた黒玉。絶句し始めたセフトの陣営……
「なんのつもりだテメェ……」
「何が……?」
「一本は一本だ……」
何の抵抗もせずに決された一本に不敵な何かを感じ取りながら、鴉紋は微笑したミハイルの元へと歩んでいった。
その手に墨に濡れた筆を取って……
「目を瞑れミハイル……お前の顔に敗者の烙印を刻んでやる」
「フフ、ウフフ……」
「おい、さっさと――」
「断る」
「…………あ?」
余りに真っ直ぐなるミハイルの視線を受け、鴉紋は底知れぬ未知に恐怖してしばしその手を止めた。
「断る……だと?」
「そうだ断る……その代わり、その罰はツケにしてもらっていい」
「ツケ? そんなもんがまかり通るとでも……っ」
「もし私がそれを返済出来なければその時……お前はその罪を、何倍にも増幅させて私に下しても良い」
何を考えているかも分からない天使の様相……一本取ったのは鴉紋だというのに、まるで追い詰めているのはミハイルの様である。
「あぁーふッざけんな男女! んなインチキが通るとでも――っ」
「黙れシクス!」
「……っ兄貴?」
「そうかそうか……高貴なお前が顔に墨なんて塗られた日にゃあ……取り巻き共に示しがつかねぇよなぁ」
怪しき微笑み受け、鴉紋もまた顎を上げてミハイルへと笑みを返した。
「良いだろう……しかしその時が訪れた時、お前は二度とは立ち上がれぬ苦渋を強いられると覚えておけ」
「いいよ……ルシル」
頬を赤らめ恍惚とした様子のミハイルより踵を返し、鴉紋は再びに距離を取ってから敵のサーブを待ち受ける様にした。
「やはり素敵だ……おまえは誰よりも」
息の詰まる緊張感の中で、ミハイルによるサーブが始まる。
高く上げた黒玉を、極度に振り被られた羽子板が……
――空振りする。
「何を企んでる……ミハイル」
「フフ……アハハハは」
続けて二本目の勝利まで敵に明け渡したミハイル……だが彼は僅かにも慌てる素振りも無く、まるで望んでその窮地へと自らを追い込んだかの様にも思えて来る。
「二本目の罰は……?」
「拒否するよ」
「チッ……そうかよ」
敵の目的に見当が付かず、冷や汗を垂らし始めた鴉紋……しかし彼は全力のサーブで敵を叩きのめす事を……やはり選択する。
「くらえミハイル……俺全力の羽子板サーブをッ!!」
「……!」
風を切った余りに強烈なサーブに、ダルフは思わず視線を反らして試合終了の一声を待った。
――――コン
「……!」
だがしかし、ここに来て始めて鳴った子気味の良い音、それが黒玉を打ち返した事を意味している事など言うまでもなかった――
「お前、やっぱり猫を被ってやがったな!」
「なんの事かなぁ」
「くぅおお――ッ!!」
絶妙なる距離感で打ち返された黒玉……拳を握りしめてことの成り行きを見守る彼等が見たのは、その身を呈して大地に滑り込んだ鴉紋の姿であった――
「鴉紋!」
「兄貴!!」
そして響き渡る――コンという物音。
「流石だルシル……」
何か感心した様子……されど未だ上から目線なミハイルによる声音が鴉紋にまで届いた時、
「な……っ」
鴉紋は目にする……その背に翼が生え揃ったかの様に空へと飛び上がり、強烈に振り被ったその羽子板が……黒玉を捉えられずに何処までも彼方へと飛んでいった光景を……
「……っ」
「難しい遊びだ……」
「いよっし――」
「やったぜ兄貴!」
「すごい、流石だ鴉紋!」
落胆したダルフ達を背に、歓喜に極まった鴉紋の元へとミハイルは満面の笑みで歩み寄っていく。
「言ったよなミハイル……お前はツケにしたその罰を、何倍にもして受ける覚悟があると」
「言ったね」
「その生白い顔が、墨で真っ黒になる準備は出来てるか!」
「本当に……その程度の事で良いのかい?」
「は……?」
静まり返った喧騒に、ミハイルの涼やかな声が流れていった。
その声を聞き届けた鴉紋は、彼の正気を疑って目を見開くしか無かった。
「その羽子板で……私の尻をしばき倒せ」
「…………っ!!」
「私が命乞いをするまで止めるな……固い固いこの木の板で、お前は気の済むまで私の尻を叩きのめすがいい!」
「か……っ……なんだ、と」
絶句した面々……しかし未だ挑戦的な態度で鴉紋を待ち受けたミハイルが、嘲る様な微笑を彼へと向ける。
「怖いのかい……ルシル?」
「やって……やってやらァあ!!」
その挑戦を受けて立った鴉紋……その内実、ミハイルの変態欲を満たす為に上手くしてやられた事などつゆ知らずに、その羽子板は天へと振り上げられた――
即座に四つん這いとなった大天使の尻へ!
――スパァン!
「なんだ、そんなのが全力なのか!」
「ぬ……ッ」
「失望したぞルシル、お前の全力とはその程度のものだったのか!」
「なんだとキサマ!!」
「……っそうだ!! その息でやれ! 私が殺してくれとせがむまで止めるな!!」
「うおおおおおおおおっっ!!」
「いいぞっ!! 凄くイイぞ!!」
「これでどうだミハイルッ!!」
「ふごおおおおっ!! 良い調子だルシル、三三七拍子のリズムで叩け!!」
「ハッハッハッ!! ハッハッハッ!! ハッハッハッハッハッハッハァッッ!!!」
皆は顔に手をやって目を背け、いつしかミハイルに乗せられている鴉紋はその事に気付かない。
「あれ、終夜鴉紋何やってるの?」
「なんだろうねー、私はお姉ちゃんだから聞いてきてあげる、えっへん!」
タイミング悪くその場に居合わせたラァムとマッシュ……そんな少年と少女の目を背けさせ、リオンとセイルは二人の耳に言い聞かせる。
「見ちゃ駄目だよマッシュ……あれは何かの間違いだからね、うん全部忘れるんだよ、悪い夢なんだからね」
「いいラァム? この世には知らなくて良い事があるわ……それが多分、アレだわ」
新年の都に響き渡る、三三七拍子の絶叫……
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