第482話 力無き者の罪と苦渋
士気を下げるしか無かった人類が、赤目の兵に斬り伏せられていく。そんなさなかでも彼等が必死に眺めるは、果敢に――いや、
「お前は『不死』という
「ハが――――ッ」
繰り返される虐殺の途中で、鴉紋はそう口火を切りながらダルフの強襲を難無く殴り飛ばした。
――原型も無い程に肉体を破壊されながら、人混みへと投げ出されるダルフ……。そんな男の亡骸へと、バギットとグレオが走り寄ってその身を抱きかかえていった。
「ダルフさん、もう十分です、その気持ちは痛い位にみんなに伝わってます!」
「旦那、もういいよ! もう十分頑張ったって!」
仲間達による慈愛の眼差しに包まれたダルフ。
……されど
「ぁぁ……っアアァア!!!」
「ダルフの旦那っ」
「もうやめて下さい!」
奇跡の光明収縮し、その身が再生して息を吹き返していく。グレオの胸の内にてしわがれていったダルフの面相、小さくなっていく肩幅に二人の腕が愕然と震えている。
「お前は……
もう老体と表現しても良いという迄に衰退したダルフの全身……毛髪の金色などとうに消え去り、真っ白に埋め尽くされた老いの象徴が彼の輝かしき眼光を遮る――
「
「まだやれる……俺のこの体は、お前を殺しきるまで……っ」
狼狽したバギットとグレオを押し退け、ダルフは立ち上がって足元のフランベルジュを拾い上げる。
「ぅ……」
だがしかし、ズシリと感じるその荷重……
兄より託された巨大なる剣、全ての魂を背負い込んだフランベルジュより、確かに感じるその
「頼む、頼むよッ……! もう少しだけ!」
つい先程まで知覚する事も無かった正義の重みが、萎縮して筋張ったダルフの腕に重く伸し掛かる……
それでも瞳に宿った気迫冷めやらぬダルフは、プルプルと震えるその腕に“獄魔”を倒し得る唯一の得物を抱え上げていく。
「もう少しだけ、この剣を振り上げる力をッ」
……そうする事でしか、喰らいついてでもそのフランベルジュを抱えなければ、人類はもう、この悪魔から押し付けられる暴力に抗う術が無いから。
――だがそこで、ダルフに向かって奇襲を仕掛けて来た魔物の数々。
「あああっ……ぐぁ!!」
「くく……クック…………」
「ダルフの旦那が、おいグレオ!」
「分かってます!」
やせ衰えた体躯の勇者が、魔物の爪に切り裂かれてクチバシについばまれていく……
そんな宿敵の惨めなる姿を見やった鴉紋は、瞳を細めて
「お前が永く、血の滲む思いで積み上げてきた剛腕より、削ぎ落ちていくだけの肉……」
ダルフに群がる魔物を蹴散らしたバギットとグレオ。そこに残されたのは、全身より血を垂れ流し、力無く痙攣するだけの痩せた老体。
「歯牙にもかけなかった有象無象が、お前の誇りに肉薄して背中を掴む……」
「もうやめやがれ終夜鴉紋!」
「既に勝敗は決しています、これ以上ダルフさんをいたぶるのはやめて下さい!」
氷に漬けられたかの様な冷たい感覚が終わり、ダルフの震えが止まってやがて息を引き取る……
「…………ぁ……も」
瞬きする間も無く再生を遂げたダルフ。伏せたままの彼が遠くなった耳に知覚したのは、地の底より迫り上がって来るかの様な地獄の声。
「目に見えて衰えていく肉……思考……感覚……不可逆の
「来るな……来るなっつってんだよこの野郎!」
「ダルフさんはこんな……恐ろしい存在を相手にしてたのかっ」
「ウァアア、来るなァァ」
「虫ケラ……てめぇらは退いてろ」
ダルフを守らんと鴉紋の前に立ち尽くした二人の友。青褪めきった人類など、完成された“獄魔”の前では余りに力無い。
それでも走り出していった二人の騎士――
「や…………め……」
――『やめてくれ』ダルフがそう叫ぼうとしても、その声は直ぐには口をついて出なかった。急激にやせ衰えていった喉から、空気がスカスカと漏れ出してうまく発声が出来ない。
「お前はもう何も守れない。それがどれ程の無力感で、どれ程歯痒い屈辱を貴様に与えるか……」
張りぼての咆哮を上げた戦士が鴉紋へと詰め寄るが、その視線は、声は、全て地に伏せたままのダルフへと注ぎ込まれ続けていた。
「うおおおおおおっ」
「あああああ!!!」
「……それを今、教えてやる」
噴き上げた
「ぁ……」
「…………っ」
殺意を巻かせた鴉紋の前へと投げ出され、宙を漂った刹那的瞬間――バギットとグレオは明確なる
「やめ…………ろ……あも、ん……アモンっ」
ようやくと膝立ちになり、宿敵へと手を伸ばしたダルフは指の隙間に、かけがえのない友の死の予感を眺める……
シワだらけとなった顔は苦悶に歪み、決定的瞬間を見つめるスローモーションへと変わる。
「力無い者の、罪と苦渋を――――」
囁き漏らした鴉紋の声を聞き届けた瞬間――
「――――!!!」
駆け抜ける白き閃光――!
「ヤメロ――――ッッ!!!!!」
力強い確かなる怒号の後に、肉を細切れにする鴉紋の拳が捉えていたのは……
「ダルフ……さ?」
「旦那ぁぁぁあ!!!」
細く弱々しいも、そこに正義の激情を蘇らせた――
「まだ動けるのかよ老人……くく」
――――黄金の瞳である。
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