第481話 助けを乞うかの様な絶叫


 首を狩り取られて地に落ちたダルフは、しばしの間再生しなかった。

 もう声も無い取り巻きの中で、鴉紋は一人、影に染めた口元で呟く。


「馬鹿だよなお前も……」


 程無くすると、再びに凝縮していった生命の灯火……かけがえの無い代償を惜しげも無く支払いながら、白髪に近付いていくダルフはそこに蘇る。


「あも……ん……はァ、はァ……!」

「何度蘇った所で、もうお前ではどうしようもねぇ事が分かってんだろ」

「なんだと?」

「多大なる代償を支払ってもまるで無意味……それが分かってお前は今沈黙した」

「ちがう……ッ」


『不死』の代償とは本来、緩やかに支払われる強制である。ただしその身を即座に再生し、瞬きする間に蘇ろうとする場合、術者によって余剰の刻が任意で消費される。


「それが今、お前が蘇るまでに生じたの正体だ」

「チガウッ!!」


 ……ルシルは見抜いていた。

 『不死』という術の本質と正体を……

 知っていた……

 死地において、ダルフの胸中に流れ込んだその疑念と不安……心に生じた弱き意志に……


「違わねぇだろ……お前の心に闇が落ちたんだ」

「違うと言っているッ!!」


 激情したダルフは雷電と共に駆け、途中フランベルジュを拾い上げて鴉紋の顔面へと突き出した――


「人類を背負ったなどと大それた事を言ったお前はひと時、その責務を放棄して自らの安息の為だけに終始した!!」

「チガウ……ッ黙れ鴉紋ッ!!」


 フランベルジュの切っ先に合わされた拳。火花散る鍔迫り合いの中で、嘲る声がダルフの脳内へと流し込まれていく――


「背負った数多の生命の事も忘れて、お前はこの繰り返される死の連続から逃げ出し掛けたんだ!!」

「そんなんじゃない、ソンなんじゃッあぁ――!!」

「何も違わねぇッ! さっきお前が見せた僅かな間は!! 貴様ら人類の決定的な敗因となる!!」

「ぁ――ぐゥ!!?」


 鴉紋の豪快な蹴りがダルフを尖塔へと叩き付ける。

 ――強烈に背を打ち付けたダルフはやはり絶命し、そこに再生の光が灯る。


「……ぅ……ぅッつァァァアアッッ!!」

「今度は早いじゃねぇか、いいのかよムキになって」

「ぁぁぁッアモン――ッッ!!」


 疾風の様に鴉紋へと迫りながら、地に突き立てたフランベルジュが雷炎の軌道を見せる――


「『雷炎ノヴォルフレイム――ッ」

「なんなんだよそれは」

「カ――――ッ?!!」


 鴉紋の振り下ろした触手の様な翼――自在に蠢く黒雷の猛追を避けられず、ダルフは暗黒に呑み込まれて未知の激痛に襲われ続けた――


「ァアッ――ァアッ!!」

「冥界の闇は想像を絶する痛みをテメェに与える……早く殺してくれとせがみ出す位に」

「がアァア――ッぐ、ギ――ァッ!?!!」

 

 雷火に焼かれて炭となったが、やがて全身に亀裂を走らせて粉と変わっていった。

 ――そして集うは、命の灯火。


「ゲホ……ぉえ……あぁ……つァ」

「お前が今感じてる苦痛は幻覚だぞダルフ?」

「ぇあ……ぁぁ、ぅうう……っ!」

「お前の体は代償を支払う事によって、すっかりと全快してるんだからな」

「あぁああああっっ!!!!」


 もはや悲鳴と区別のつかぬ雄叫びと共に、ダルフはシワの深くなっていく顔に激情を刻む――

 唸る雷轟――ダルフは背の白雷を六枚一挙に鴉紋へと振り下ろした。


「ケェア――ッ!!」

「ぁ――――」


 頭上に覆い被さった白き雷の束は、暗黒の一払いで空へと霧散して消えた――

 陽射し強くしていく赤黒き光明が……人類を照らす白銀を塗り潰す!


「怖いんだろうダルフ……」

「ぅうあぁあぁあ!!!!」


 強き踏み込みに大地ひるがえした鴉紋が、驚愕とした視線を天へと向けたダルフの膝下へと沈み込んでいた……


「恐ろしくて堪らネェンだよなッ!!」

「ぇぼぁぁあ――……っ?!!」


 腹を突き抜けた黒き剛腕……そのまま臓器を掻き回されながら、ダルフを引き摺って地に叩き付ける――!


「なぁッッ!!! どうなんだッッ!!!」

「――――、――!!」


 余りに悲惨な死の連続を目の当たりにした人類は、もう痛々しいだけのダルフの背中に絶望しながら涙を流すしか無かった。


「もう駄目だ旦那……もういい、寝ててくれ……いいんだ、あんたが十分に頑張ってくれた事、みんな知ってるよ」

「ダルフ……さん……ぅう……」


 それでも――――


「あぁあぁあああ!!!」


 蘇る金色の咆哮……

 光は何度だって彼の亡骸へと集い続ける。失われた生命を再びに拍動させんと、何度でも。 

 幾度捻り潰され様と、どれだけ痛々しくても、たとえ無為にその代償を支払い続けるだけだと知っても――


「うぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあああああああああああ」



 ――――何度でもッ!!!



 その代償を喰い潰しながら!!


「アアァアアアアアアアアアァアアアアアアアァァアァアアァアアアアアアアァアアアアアアアああァァァ」











 助けを乞うかの様な、絶叫と共に。





 ダルフは剣を振り上げ続ける……

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