第480話 夢抱く少年、せせら笑う邪悪


 空を突いた六枚の白雷と十二の黒雷――赤黒く不気味な陽射しが鴉紋を照らし、白き天輪からの祝福する様な銀の陽射しがダルフに射していく。


「勿体ぶってねぇで早く殺されに来いよダルフ……!」

「黙れ……何度も同じ様にいくと思うなッ」


 雷炎の螺旋を纏ったダルフが、目にも留まらぬ速度で鴉紋へと接近していく。

 残された人類は皆、金色の勇者の勝利を願い拳を固く握り締める。


「ダルフの旦那ッ!!」

「ダルフさん! お願いします、僕達の……世界の命運は貴方の背に乗っている!」


 ロチアートと人間の争い合う最中を抜けて、白き軌道を残すダルフの光が鴉紋へと肉薄する――!


「『雷炎ノヴォルフレイム一閃・フラッシュ』――!」


 “魔”を滅ぼし得る神聖の火炎と迅雷じんらいが、空間を切り裂くかの如く宙を両断する。


「はッ……高価な玩具を手にしてはしゃいでんのか?」


 飛び上がって身をひるがえした鴉紋は、その鼻先に、自らに届き得る炎熱と雷電の波動を確かに感じながら、フランベルジュを振り抜いたままのダルフの頭蓋へと踵を振り下ろしていった。

 背の暗黒が出力し、黒の煌めきを残してダルフへと墜落していく、刹那――


「うおおおおおおアッ!!」

「……っ!」


 振り抜いた巨大剣の軌道を利用して回転したダルフが、捨て身で前へと一歩踏み出しながら、その遠心力を加えた二撃目の斬撃を放っていた――!


「かぁぁああッ!!」

「……っ!」


 衝突した鴉紋の踵とフランベルジュ――そこにて巻き起こる火花の中で、灼熱と電雷が鴉紋の身を縛り上げていった――!


「ク……っ」

「脳天まで痺れあがりッ邪悪の細胞が焼け落ちる様に熱いか鴉紋ッ!」

「ぁ……が……っ」

「この炎は、我が兄メロニアスより託された火炎だ――ッ!!」


 フランベルジュより吹き上がる焔が、鴉紋の身を焼き焦がす蒼き灼熱へと変化を来たす――更にと熱を高めた業火は“魔”を焼き払い、邪悪の肉を灰燼かいじんへと変える……


 ――――筈であった!!


「ン――!!?」


 そのにいち早く気付いたダルフは、眉間にシワを寄せながら頭上の悪意を見上げる。


「こんな炎がドウしたッ……!!」

「なん……っ」

「ナ……生温ぃんだよ、グザファンの炎は……モット……モットアツかった!!」

「――――馬鹿なッ!!」

「狂っちまうクライニッ!!!」


 鴉紋の肉を焼き焦がす確かなる異臭……確実にその体には“神聖”へと届いた魔力の痛みが届いている筈である。


「っ――――!!」

「ガァァァァァアアアアアッッッ!!!!」


 それでも鴉紋は、灼熱に絡まれながらも前へと踏み込み、蒼き灼熱の螺旋より這い出して来た!

 天へと上る暗黒を噴き上げ、黒き踵がフランベルジュ毎にダルフを地に捻り込む――!


「ヵッ――ハ――!!?」


 またしても正面切って踏み潰された最後の希望に、驚愕するしか無い人類……同時に彼等の胸中には、暗く冷たく陰鬱とした感情が流れ込む。


「駄目だ、敵わない」

「敵いっこねぇあんな……悪魔に」


 フランベルジュ毎胸を押し潰されたダルフに、光が収縮する――


「てめぇには……過ぎた玩具だな」

「鴉紋……ッ!!」


 常世へと舞い戻ったダルフが見上げるは、頭上に立ち尽くしたまま彼を見下ろす、灼熱の余韻を残した悪辣の姿。


「なんでだ……っなんでここまで遠いッ!」


 その手にフランベルジュを握り直したダルフ。鴉紋を振り払って飛び起きながら、激情の相にて剣を振り上げる――!


「オマエを討ち滅ぼすッ! それだけの為に俺はあの日からどれだけの苦難を乗り越えて来たと――ッ!」

「お前がどれだけ努力をしたかなど、知った事じゃねぇ!!」

「ぁっぎ――ぁっ!」


 黒き拳に叩き落されたフランベルジュ……決して離すまいと強く柄を握り込んでいたダルフの指が、あらぬ方向へとひん曲がって得物を落とした。


「みんなの想いをどけだけ背負って俺が……っ!」

「ごたごたうるせぇンだよ勇者野郎が」

「……!」


 指先に走る激痛に悶えたダルフが見上げるは、自らの脳天へと狙い澄ました鋭き肘鉄――

 だがその時、ダルフの背に咲いた雷が噴出した。


「あ……っ?!」

「――これは!?」


 ――それはまるで誰かに背を押されたかの様に、ダルフの意識を超えた跳躍であった。

 完全に虚を付いた鴉紋の死角へとダルフは舞い上がるが、その手にフランベルジュは無い――ならば!


「なんだ、じゃれつくんじゃねぇよテメェ!」

「その腕貰うぞ鴉紋ッ! この千載一遇の好機から俺は決してこの手を離さないッ!!」


 鴉紋の左腕を取り、その首へと絡み付くダルフ――そのまま飛び付き腕十字固めを完璧に決められ、無様に地に転がった鴉紋。ダルフは背の白雷を鴉紋の肘関節と逆方向へと全開に噴出する――!


「今更……っなにしやがんだ!!」

「古典的な戦法だろうが、お前を破壊出来ればそれでいいんだ!」


 白雷と黒雷と入り交じる中で、地に倒れ込んだ鴉紋の左肘が音を立てて軋み始めた。噴き上がる黒と白の雷電――


「遊んでんのかテメェ……」

「は……?」


 全力を持って反り返らせていくダルフの上体が、ある一点で持ってビタリと止まっていた。


「千載一遇なんてもんはもう……端からあり得ねぇんだよ」

「くそ……クソっナンデ!! ウオオおお!!」


 ――それを叶えるは、純然たる鴉紋の。人一人をその腕に抱え、更にと噴き上げるジェット噴射の如きエネルギーも歯牙にかけない。


「アァァああ――ッッ!!」

「…………」


 遂には立ち上がってしまった鴉紋の腕で、未だ必死に絡み付いたまま力み続けるダルフ……


「真っ直ぐな目をしているなダルフ」

「…………ッッ!!」


 “獄魔”と視線を交わらせたダルフが絶句する。


 その恐ろしきに!

 凄惨なる暴力に!

 剛強無双ごうきょうむそうたる黒き威光に!!


 ……星屑の様であった瞳の瞬きに影が差す――




「ガキの様なを、未だ思い描いているからか?」




「ぃ――――!!!」


 わし掴み、引き千切られたダルフの首が、戦慄したままボトリと落ちる……

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