第479話 誰よりも罪深き業、呪い、『不死』


「目障りなカス共も駆逐しておくか」


 ゆったりと空に開かれた黒の螺旋が、十二の黒雷として人類に覆い被さる。天上より降り注ぐ赤黒い陽光が、邪悪を照らしてその影を伸ばしていった。


「ぁ……ぁぁあっ」

「ひぃ……ぃ」


 途方も無いまでの悪辣と暴力、その凄絶なる悪意に睨まれた人類は怯え竦むしか無い。

 天上に完成された羅針盤などもう気にも止めていないかの様に、鴉紋はその腹の底に巣食った名状し難い感情を、足元の虫ケラにぶち撒けようとしている。


「待……て……」

「旦那!?」

「ダ、ダルフくん」


 歩み出した暴虐を止めた正義の声……しかし何処か力無いその声音。破裂した肉片より再生を果たしたダルフは、フランベルジュを拾い上げてフラフラと立ち上がった。

 毅然きぜんとした眼光で敵を見据える彼であったが、その姿を認めたグレオとバギットは思わず息を止める事になった。


「そんな、ダルフ……さん……? 何ですかその顔……っ」

「グレオ……これは俺の憶測だが『不死』とかいうヤバい能力には何か、とんでもねぇが必要だったんじゃねぇかな」

「代償って……まさか、ダルフさんはを!? あの莫大なる力に、自分の過ごす筈だった時間を支払ってるって言うんですか!?」


 ダルフの『不死』は、自らの内に永遠と流れ去っていくを代償にして達成される……代償を大きくすればする程に肉体は瞬時に再生を遂げ、再びに生命としての活動を強制する。


「多分、多分だが……不死だからって単純に何回でも死んで蘇るって話しじゃあなさそうだぜ……」

「ダルフさんの身に何が起きてるかはまだ判然としないけど、おそらく何度でもチャンスがある訳じゃ無い……より早く、その腕に力を込められる間に決着をつけなければ、ダルフさんはっ」


 すなわち、先程粉微塵にされた肉体を生命活動が可能な状態にまで再生を果たす為には、それだけ多くのが必要となる。


「お前の相手は、この俺だぞ……鴉紋……」


 ダルフの絹の様に滑らかで小麦畑の様に美しかった毛髪は、今や見るからにみずみずしさを損ない、そこに無数の白髪を覗かせていた。


「お前の出来得る渾身の一撃……それをあれだけ無惨に打ち破られて尚、俺に刃を向けるお前の図太さには感心してやる」


 鴉紋の見下げた宿敵の相貌……そこにあったのは、鼻筋に深い線を刻み、美しかった肌のハリを失いながら、そこに幾つかのシミを作ったダルフの姿であった。

 繰り返された“死”の連続に……彼はどれ程のを失ったのだろう? 

 ――『不死』であるが故にそこに無限に秘められた“時間”という対価……


「まだ……だ……俺達の想いは……俺の、背負って来たみんなの……想い、は」


 ……だがしかし、茫漠と続く年月に対して、真っ当に過ごせる時間など、どれ程僅かなものだろうか。

 一見すると、途方も無い程の神の恩恵にあずかっているとも思える『不死』という力はその実――


 ――やはり、誰よりも罪深い業を背負わされたかの如きと形容しても差し支えない。


「しつこく俺に付き纏う不死を……たかる羽虫の様なお前を、と言ったよなぁ?」

「……っ」


 黒き大嵐が吹き荒れて人間共が薙ぎ払われる。空には十二の最悪がうねり空を満たす――!

 地獄の底を垣間見せる天輪が輪を広げ、赤黒い陽光から怨嗟の悲鳴が垂れ落ちる。


「覚悟しろよ?」


 その下に佇むは、吊り上げた眼光に灼熱を灯らせ、その歯牙を剥いたおぞましき“獄魔”。

 人類では侵害の出来ぬ領域に存在する、天なる種族。


「人類は……諦めない、どれ程困難な苦境に立たされても……」

「チッ……」


 何度でも、何度でもと……

 ダルフはその困難に立ち向かって来た。

 一人が背負うには余りに途方も無いだけの災厄を……最悪を、彼は幾度も死んで器を乗り換える事で、許容量を超えた人類未踏の領域へと足を踏み入れて。


「人は必ず……その壁を打ち破って来た!!」


 その手に握ったフランベルジュがたぎる。人の、ロチアートの、彼が出会い背負って来た全ての“想い”に押され、ダルフの瞳より溢れんばかりの輝きが瞬いた。

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