第478話 聞け、俺達赤目の怨嗟の声を


   *


 実力の拮抗した者同士が死闘を繰り広げる修道院。その頂上、雲間を突き抜けるかの様な尖塔を横目にした広大なる西のテラスでは……

 予想だにしないが執行されていた。


「アモォオ……っぁ――っ?!!」

「……フゥウウッ!!」


 六枚の雷火を全開で張り上げながら飛来していったダルフが、後頭部を力任せに大地に叩き付けられてそのまま首をへし折られる。

 ……そしてダルフへと収縮する生命の光。


「ぅうおおお――!!」

「フン……」


 “神聖”に到る、炎と雷撃を螺旋に纏ったフランベルジュの一閃が雲を割る――しかし鴉紋は首を捩ってそれを避けると、鬼の形相のままダルフの背骨を踏み砕いた。


「がァァアッ!!」

「――ッ――――!!?」


 強烈過ぎる踏み込みに堅固な大地がヒビ割れる。吐血したダルフは脊椎を損傷した後、頭蓋を蹴り飛ばされて絶命した。

 そして収縮する光――


「ァァぁッアモンッッ!!」


 現世へと舞い戻り、息もつかせぬ猛攻でダルフは鴉紋へと飛び掛かっていく。

 完全に凌駕りょうがされる暴力に、その全てを捻り潰され続けても尚……


「ダルフさんが……あんな」

「……終夜鴉紋……化物じゃねぇか」


 もつれ合う赤目の兵との戦闘の最中、バギットとグレオは延々と繰り返される虐殺に視線を投じ合った。


「旦那だって、めちゃくちゃ強くなってやがる、途方もねぇ位に……っ」

「あの大剣からも凄まじいエネルギーがほとばしっています。どれ程困難な旅路を経てダルフさんはあそこまで強く」

「だけど、だけどようグレオ……こりゃあ……無いぜ」

「はい……それでも……力の次元がまるで違う。終夜鴉紋はもう、人の届かない領域に到っている」

「それでも俺達は……っダルフの旦那に縋るしかねぇのかよ」


 血反吐を吐いて吐瀉物を撒き散らすダルフ。“獄魔”によって徹底的にいたぶられ続ける黄金の騎士を、残された全ての人類が苦心したまま見守っている。


「俺達も気張るから……ぜってぇ負けねぇから、ダルフの旦那も気張ってくれ!!」

「バギットさん……!」

「それしかねぇだろう……俺達じゃ逆立ちしたって奴には敵わねぇ……奇跡の可能性があるのは、やっぱり旦那だけなんだからよぉ」

「僕達に出来るのは、赤目の掃討位ですね」

「おうよ! やるぞグレオ、旦那の力に少しでもなれる様に!」


 涙を流して苦悶したバギットにグレオは頷き、二人は得物を振り上げて混戦する戦場へと身を投じていった。


「ゲホッ……ぁ……あもん……鴉紋」

「何度死んだダルフ?」


 繰り返され続ける虐殺……筆舌に尽くしがたい痛みの連続に、ダルフの心が酷く摩耗していく。


「そんなシワあったか? 力もさっきまでより弱くなっているんじゃねぇか?」

「はッ……はッ……」


 毛髪乱し、地にフランベルジュを着いてダルフは立ち上がる。その瞳には未だ果てのない正義の煌めきが瞬いていたが、彼の肉体には浪費されていくが無慈悲に刻まれていく。

 僅かな時間で何度も絶命したダルフ、死ぬ度に僅かに衰えていく膂力りょりょくを痛感しながら、彼はその顔を怨敵へと上げた。


「『因果の雷炎斬シャルル・バラドレイ・ド』」


 頭上に振り上げたフランベルジュ。次に響き渡る雷轟。

 白熱する雷光の瞬きにメロニアスの炎が纏わりつき、円を描き続ける巨大剣に天からの霹靂へきれきが吸収されていく。


「一度……ただ一度お前を殺せればいい……」

「ああ……?」

「何度死んでも、どれ程苦しくっても――!!」


 莫大なる雷炎の剣が天上を突き、六枚の白雷が空へと爆散する――!


「平和を願い、俺に託したみんなの為に――ッ!!」


 眉をひそめた鴉紋は小さく舌打ちをすると、上空より自らへ振り下ろされて来る天災を見上げて、ゴキゴキと黒の指先を蠢かして拳を握った。


か……ただしそれは人間お前達のだろう」


 ――赤き隻眼赫灼かくしゃくし、鴉紋の背で十二の悪意が空へと開かれた!


「『黒の螺旋』……」


 凄まじい風圧を放ちながら墜落して来た神の雷炎、その下で十二の暗黒が束ねられていき、極太の螺旋となって鴉紋の背より噴き上がる――!


「くらえ鴉紋、これが俺達人類の!! 想いの煌めきだぁああ――ッ!!!」

「『冥界の拳アビス』……」


 半身となって深く腰を落とし、ただ敵の一撃を待ち望む鴉紋の拳で、破裂するかの様に冥府の闇が照り輝いた。

 そして王より吹き荒れ始める、陰惨なる黒嵐こくらん


 ――いよいよ鴉紋へと到った雷火の一刀に、全ての者達は目を見張って風圧に耐え忍んだ。


「鴉紋様ッ!!」

「王ヨ……!」

「ダルフくんっ!!」

「やったぜ旦那ァッ!!」


 壮絶なる“神聖”の極技――今出来るダルフの全てを込めた、人類のつるぎが悪魔を両断する――!


「…………ッ!!」

「テメェら人類の想いとやらは……その程度かよ」

「アモ――――ッ」


 明滅した白き光の最中から聞こえた声……

 そうして次の瞬間にダルフの雷炎は、一瞬の内にへと塗り替えられていた!


「だったらコイツが、俺達赤目の怨嗟の声だ――!」

「…………!!」


 ――絶句するダルフ。

 莫大なる雷炎を正面切って突き抜けてきた黒の螺旋! 呆気もなく砕け去った人類最後の光明より、紅蓮の様な眼光が這い出して、ダルフの頭上に飛び上がっている――!


「ば、馬鹿な……」

「何度でも死ね、地に這いつくばえ……」


 手に残るフランベルジュを持ち上げる事も忘れ……ダルフの見上げた視界が、炸裂した暗黒……その深淵の様な闇に支配される……



 切り裂く様な、悪意の怒号が五感を突き抜ける――!!



「――――ッッ人間ゴミめらガァァァアァアアアァアアアアアァアアアアアアアァアアアァアアアアアアアァアアアァアアアアアァアアアアアッッッ!!!!!!!!」



 光を突き抜けて来た邪悪……それは力任せにダルフの顔面へと押し当てられ――


「――――――がハッ!?」


 ――――

 肉片と変わり、粉となり血となった黄金の騎士……


「――ハ…………ぁ……?」


 ……もうダルフに見えるのは、闇の底で押し寄せて来る暴力と悪意だけだった。


「だん……な――っ」

「ダルフさ……そんな」

「ぅぅ……ぅう、ぅううダルフくん」


 鴉紋への恐怖を克服し、“天魔”と同等にもなる六枚の翼を開いた。兄より託された神の剣を握り込み、ありとあらゆる全ての者達の想いに支えられた。出来得る以上の経験を重ね、人の域を超えた力を抱き締めた。強き心と優しきを併せ持った、完全無欠の“正義”へと昇華した……






 ――――ソレデモ!!!!!






    「くたばれ……


 

 練り上げられし人類の力は、鴉紋コイツに届かない。



「――ッッォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァアアアアアアアァアアアアアァアアアギォオオオオオオオオオオオオオオアアアアァアアァァァ゛ッッ」


 悪鬼の放つ乱流が、力無き人間達を呑み込んでいく――

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