第477話 刹那的夢に溺れて


「なによ……それ」


 リオンの額に開かれた巨大な“第四の魔眼”――そこより放散される、無慈悲かつ冷酷なる邪悪は禍々しく、極寒に投げ出されたかの様な心象をセイルへと与えた。


「この、悪魔め……っ」

「もう終わらせましょうかセイル、貴方と話していても無益なだけだから」


 リオンの魔眼がギョロリとセイルに指し向く――両目の赤き眼光も加えて計三つともなった視線、震え上がるしか無い氷結の波動が、セイルの黒き炎をも呑み込みながら蒼き氷塊に変えていく。


「――っ」


 さらなる脅威に塗り替えられていく自らのプライド……だがそれ以上にセイルは、魔女の変わらぬその鉄面皮に、淡々と続けられるその声音に、留めきれぬ憤激がはらまれている事実に着眼する――


「なに怒ってるのよ」

「え……」

「何が氷の魔女だ、まるで抑え切れて無いじゃない……お前の中にくすぶるそのを!」


 言われて気付いたと言わんばかりの表情で、ハッとしたリオンは次に小鼻にシワを刻み込んだ。

 セイルの展開する黒き焔の世界が、みるみると侵食を受けて氷海に変わっていく。


「冷徹の魔女が、その氷を人に溶かされたか」

「うるさい……」

「ヒステリックを起こしてるのはお前だリオンッ!」

「お前の様に、泣いても喚いてもいないだろうッ!!」


 溶けた氷より芽生えた感情を惜しげも無くその顔に刻み込んだリオンが、魔眼滾らせ蒼の氷海を急速に縮めていく――!


「『烈火』――ッッ!!」


 莫大なる魔力を全開に打ち出しながら、躍動する炎の翼――激しい烈火がセイルの全身より爆散し、侵食してくる氷海を止める。


「私の氷を止められるのね、驚いたわ……」

「……クッ……お前なんかの氷にっ私の炎が負ける筈ない!!」

「だけど……そこが貴方の限界、私の氷結は……お前より少し上を行く」

「ァあ゛っ――――!!」


 見開かれた三つの魔眼が、セイルの焔を押し返してその氷結を炎の大翼に届かせた。


「冷た……くぅッ……あぁ、クソぉ!!」


 徐々にと氷結に染められていく大翼、抑え込まれた炎熱を押し固めていく蒼き氷……


「転移魔法を……ッ」

「させると思う?」


 リオンの魔眼が、セイルの足元に発生した桃色の魔法陣を氷結に押し留める。のみならず、何時しか足元にまで及んでいた氷海はセイルの足元を凍り付かせ、彼女を取り囲む様に氷の監獄がメキメキと完成されていく。


「もう逃げられないわ」


 リオンの氷がセイルの片翼を呑み込み、もう片方の翼の半分程にまで侵食を終える。互いの魔力が拮抗する際の反応――赤き発光さえも見せずにセイルの炎が固められていくのは、リオンの魔力がセイルの炎をしているが故の現象だろう。


「ぐぅア……ぁあっ!」


 だがそこで……靴を鳴らせ、コツコツと歩み寄って来るリオンの魔眼から血が噴き出した。

 極寒に凍え始めたセイルが、震える瞼でリオンを睨む。


「全力で魔眼を発動しないと……ッ、私の炎を抑え込め無いんだろう!」

「ええそうね……でも、貴方こそ私の氷を振り解けない」

「く……!!」

「ほら見て……貴方の首を落とす断頭台がもう完成するわ」


 リオンを取り囲んだ氷のかご――それを一撃に押し潰すだけの巨大なが、セイルの頭上に漠然と組み上げられていく……


「ねぇセイル」

「……っ!」


 歯牙を剥き出して抵抗を続けるセイルの前で、充血し始めた魔眼からだらだらと血を垂らしたリオンは語り始める。


……貴方の願う世界がずっと続けば、それはきっと素敵な事ね」

「ぅうう……っぅア……!」

「でもそこにダルフは居ない」

「ァアアっ!!」


 蒼き氷に覆われた片翼が砕けて落ちる……激痛に声を上げる暇も無く、セイルの体が残る片翼と共に氷塊へと変えられていく。


「私とダルフが、貴方と終夜鴉紋がそうして来た様に、人との共生は不可能なんかじゃない」

「ぁぁっ……うるさい、うるさいうるさい!!」

「私もずっと無理だと思ってた……でもきっと、ダルフならそんな不可能も乗り越えていく、今ではなぜか、そんな気がするの」

「ぁぁあぁああッ!」

「終夜鴉紋が恐れて逃げた……そんな世界をダルフなら――」


 青くなった唇でセイルの半身が氷漬けとなった時、リオンはその手を天上へと向けた――!


「落ちろ『氷界の断頭台』――」

「ン――――!!」


 落下して来た巨大な氷のギロチンが、鳥籠を豪快に破壊して世界を氷海へと染めた――


「さようなら……」


 クスリともしないリオンの髪を、凍てついた風が舞い上げる。墜落した巨大な断頭台より広がった銀の海……白銀に照り輝いた世界を感慨も無さそうに見やったリオンが、その魔眼を閉じ掛けた――


「ん……」



 ――――その時だった。



 蒼き氷結に拮抗している事を意味するが、墜落したギロチンの落下地点より爆散して氷海を砕き割っていた。


「貴方……」

「何が正しいのか……将来どうなるのか、そんな難しい事は知らない……!」

「なんなのよその……はっ」


 氷を即座に蒸発させながら、紅蓮の赤色に染まったセイルの翼が――破邪の業火となってその背に宿っていく――


「鴉紋が手を伸ばす世界は、私達が願った世界は! が笑って生きていける世界なんだ!!」

「折れた翼は……?」


 無惨に折れ果てた炎の大翼……そこに再びに宿り、苛烈な真紅を噴き上げたその熱波にリオンは顔をしかめるしか無かった。

 その身に無数の傷跡を見せ、血に濡れた赤毛の下で二つの烈火が灯り眼光となる――!


「炎は無形、消え掛けてもまた噴き上がる……私達の夢の様に!!」


 自らと同じく“魔”としての最終形態へと到った悪魔を前に、緊迫したリオンの口元より白き吐息が細かく漏れ出す。


「そう……刹那的な夢に溺れるのね」


 高鳴る心臓に手を添えながら、リオンは蒼き氷瀑の翼を空へと突き上げた。


「いいわ、好きにしたらいい……でも野望はきっとダルフが叶える。誰も見捨てず、全ての生命に手を差し伸べた……笑える位にお人好しの、世界一優しい彼が」

「誰よりも優しいのは鴉紋の方だ。世界の全てを敵にして、同じ人間を泣きながら押し潰してでも、ロチアートが笑って過ごせる未来を目指し続けた……彼が」


 ――理解し合わぬ冷気と熱波が混じり合い、二人が赤きまなこを見開いた!

 

 愛する男の叶えた世界で、共に微笑み合ってまた口づけをする為に。


「ダルフの望む世界の為に……」

「鴉紋の目指す世界の為にッ!」


 二人の少女の胸に宿った恋慕……純真無垢なるその成れは、何処までも真っ直ぐに伸びた狂気の切っ先――!

 互いのプライド、愛、世界をかけて――二人の悪魔の大翼より、怒涛の氷瀑と真紅の熱線が打ち出される。


「『始祖の火セーレ』」

「『永久凍土ダンタリオン』」


 全存在を込めた最大出力の炎と氷結がせめぎ合い、赤き発光が世界を満たす。

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