第475話 果ての形は自分で選ぶ


「非前衛的…………トハ?」

「いくら愛おしくっても私はそんな事までしないわ……」


 激烈な痛みに今すぐのたうち回りたいのを堪えながら、ピーターは青褪めた顔で晴れていった爆煙を窺う。

 するとそこに見えたのは、全身の肉を欠損しながらも辛うじて形を保ったフロンスの姿。


「うまい……うま……肉……あはぁ」

「……っ」


 細い体を折って肉を貪り、くちゃくちゃと音を立てて魔力を回復していく亡者にピーターは首を振った。


「私がどれだけダルフくんをキュートだと思っても……あのプリケツを撫で回してこねくり回して、その指を嗅ぐ位が関の山よ……」

「……」

「アンタイカれてるわよ変態」

「貴方に言われたくはないですね」


 再びに肉を盛り上げ始めたフロンス……だがその質量は先程までとは比べるまでも無く、肉を喰らって多少の魔力を再生したところで弱々しくも思える。


死生デッドライン・愛想サンクチュアリ

「ん……」


 ――だがそこで、フロンスの全身に紫色の濃霧が纏わりついた。そこより立ち上る不気味な妖気に、ピーターは何か嫌な予感に襲われる。


「まさかアンタ……取り込んで?」

「――――ッ!」


 フロンスは足元よりすくい上げた自らの肉片をピーターへと投げ放って来た。


「ナ――――」

「『ばく』」


 ――するとその肉片は、ピーターの目前で爆発して凄まじい爆風を辺りに巻き起こしてた。

 呆気に取られたまま、恐々とした表情のピーターが囁く……


「今……ようやく分かったわ、ミハイル様がどうして私なんかを指名したのか……っ」

「弾なら幾らでもあります……遊びましょうよピーターさん」


 自らの力を吸収されていくという、得も言えぬ不気味に肩まで浸からされたピーターは、髪を揺らして爆風に耐え忍びながら、今に卒倒してもおかしくは無い程のから、余りに深く、ドロドロとして禍々しい危険なオーラが放散され始めている事に気付き始めた。


「どうしてこんなロートルをダルフくん達の旅路に同行させたのかっ」


 破滅を目前に控えた筈の“獄魔”のプレッシャーが、屈強なる男を影に染めて震え上がらせた――


「こいつを確実に止められるのは多分、私しかいない」


 震える肩を止めたピーターが、毅然きぜんとした顔付きでフロンスへと視線を返し始めた。


「つまり私は……今この時、この男を止める為に選ばれたのね」


 ミハイルによって決定づけられていた自らの命運を鼻で笑ったピーターは、何処か侘びしそうな……否、その宿命に腹を括ったかの様な向こう気の良い眼光で顎を上げていった。


「私の結末がこんな男とランデブーなんて失礼しちゃうわ」

「ランデブー……?」

「だけど確かに、上の戦況を変え得るアンタみたいな存在は、私としても見過ごす訳にはいかないわよね」


 流血を抑えるのも止め、その全身を力み上がらせていったピーターの体が筋肉を膨張させていく。

 そして背後より噴き上がるは、赤き灼熱の爆炎!


「遊んでくれる気になったのです――ねッ!!」


 前へと走り出して来たフロンスが、手に握り込んだ肉片をバラまいてピーターを爆撃する。


 しかしピーターは、それを避けるでも無く真っ直ぐに爆発に突っ込んでいった――!


「それはどういったつもりで……?」

「これはアンタみたいなむさっ苦しいオッサンに使うつもりじゃ無かったんだけど……っ!」


 モロに爆撃を受けて鼻血を吹き出したピーターだが、その足取りを一歩も怯ませずにフロンスへと迫っていく。


「なるほど、そういうつもりなら……」


 拳を作り上げていったフロンスの腕が、苛烈な爆熱を宿して照り輝いた。

 そして――!


「付き合いますよッ!!」

「――――!!!」


 術者の拳を弾け飛ばす程の爆発が、ピーターの頬へと捩じ込まれながら起爆していった。

 フロンスは黒き爆煙を見下ろしながら、裂けた口角を吊り上げて吹き飛ばされた右腕をダラリと落とした。


「ぬァァ――ッ!!」

「ぇ……っ?」


 だが、予想に反して目前に這い出して来たのは、憤怒する男の顔面。ピーターは全身に火傷を負ったその姿のまま、尚も踏み込んでフロンスの胸へと掌を向けた――


「『運命の赤い糸ラブフォーエバー』――!!」

「『爆』――ッ!!」


 黒炎に呑まれ宙を舞ったピーターの巨体……

 遥かに吹き飛んでいった男を見やり、フロンスがゆるりとその視線を下げていくと、その時気付く――

 

「ん……っ?!」


 自らの心臓部分より伸びた、赤き光の道筋に。

 幻影であるかの様に実体の無い光の糸は、爆炎と共に壁に背を打ち付けた男の元へと続いている様だった……


「これは一体――ンなッ……ぁっ、ナンダ、体が崩れて……っ?!」


 まるで爆炎を浴びせられたかの様に焼け崩れ始めた自らの体に、フロンスが驚嘆とした。


「全く、なんでアンタなのよ……」

「……っ! 何をしたのですか、ピーターさん!」


 浴びた爆炎冷めやらぬまま、すっくと立ち上がって来た爆砕の騎士へとフロンスは声を投じていた。


「この技はね、いつか現れる筈だった私の生涯を捧げるパートナーに使う予定の秘技だったの……もう私から、様にね」


 ゾクリと震え上がったフロンスを見やり、全身に見るに耐えない火傷を負ったピーターは歩み出していた。


「『運命の赤い糸ラブフォーエバー』は互いが受ける痛みを共有させ続ける一度きりの秘術よ」

「ピーターさんの負った傷が私に……だからこの体は爆炎に呑まれたかの様にっ」

「アンタの痛みに私も共感してあげる……だけど私の痛みも理解して貰うわ」

「なぜそんな妙な術を……っ」

「これは鈍感な男に女の痛みを理解させる、世の女達による血と汗の最終奥義よ」


 互いの胸へと続く実体の無い糸、『運命の赤い糸ラブフォーエバー』がある限り、互いのダメージは強制的にその身に共有される……云うなれば二人は運命共同体となった訳である。


「ピーターさん、貴方……」


 道連れを目論んだ敵に塩を送るかの様なピーターの行為の真意は、彼自身もまたフロンスをこの場に留めておく事が最善と考えたが故の、究極の決断であったとフロンスは理解していた。


「貴方もここを終の場所に選んだ訳ですね……」

「……ふん」


 突き合わせた表情に滲み出る両者の覚悟……

 フロンスの体は痛みこそ知覚しないが、肉体はそのダメージに応じて滅んでいく。つまりこれより先は、肉を削ぎ合う消耗戦となるだろう。

 ……そしておそらく、至る結末は一つ。


「ノーガードの殴り合い。ここよりは先は、戦術も何も無い意地の争いですね」

「いざとなれば私は私の心臓を……」

「私は私の心臓を……」

「「――――破壊する」」


 眉間に深いシワを寄せたフロンスが歯軋りをしながら二の足を踏んでいると、


「なんでなのよ……」

「え……?」


 目尻を過激に吊り上げた男が、肩を震わせながら大股で詰め寄って来るのにフロンスは驚愕とする。


「なんでアンタなのよ……未来の大事なお婿さんに取っておいた技なのに……っ」

「……っ」

「私に全然興味が無い男だったとしても、この糸で絡め取って奪い取るつもりだったのにッ」

「なにを言って……」

「もっと良い男もっと良い男って上から目線で男子を選んでるうちにッ!! 時は過ぎ去りッとうとうこの糸を訳のわからねぇオッサンに使っちまったじゃねぇカッ!!」

「は……ぁ……?」


 火の付いた様に怒り始めたピーターは、体に負った傷も、フロンスに対する恐怖すらも忘れてモーニングスターを乱暴に振り乱していた。

 巻き起こる爆炎の連鎖に視界が埋め尽くされていく……


「ふふ、愉快な人ですねぇ、やはり人間は面白い」

「そこに直れクソガキィィっ! 乙女の純心をけがしたこの罰を受けろおっ!」

「どうせ至る結末は同じ……笑って死ぬのもまた良いでしょう……辛気臭いのは苦手なんでね」


 フロンスが見やるは、無理に溌剌はつらつと振る舞おうとするピーターの震えた拳である。

 薄く笑ったフロンスは口元を緩めて髪をかき上げると、怒り狂いながら詰め寄って来る男へと、何処か楽しげにも見える視線を上げた。


「それでは奏でましょう、私達最期の楽想をッ!」

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