第474話 打ち合う肉と血飛沫
*
「どぅっおぉラァッとぉ!!」
「ぎぃ……ッッぐ?!」
繰り返される爆発から生じた硝煙……
ピーターによる渾身のモーニングスターを横腹にくらった肉の化物は、腹部で暴発したエネルギーで瓦礫の山へと突っ込んでいった。
「ハァ……ハァあんた、本当にここで死ぬ気なのね」
最早痛覚さえも残されていないフロンスの死人の体は、横腹を吹き飛ばされているのにも関わらず、紫色の妖気を発散しながら即座に飛び起きていた。
「私はもう……死んでいますよピーターさん」
「体は死んでても、意志を宿して手足を振るっている時点で死んでるとは言えないのよ」
脳に掛かったリミッターを解除し、フロンスの体がメキメキとパンプアップしていく。至る箇所に負った傷より血が噴き出し、筋繊維がブチブチと切れてその動きは何処かぎこちない。
同じく全身に傷を負ったピーターは、頭上に銀のチェーンを振り回しながら、小爆発を繰り返して棘付き鉄球の威力を上げていった。
「パワーは私と同等かそれ以上……でもアンタの体は、みるみるうちに深刻なダメージを負っている」
「……っ」
『超再生』という能力あり気であったフロンスの戦術。今自身に施している『
「悲鳴を上げている肉体を無視して強行される暴走魔術……とても正気の沙汰とは思えないわ」
「貴方をここに釘付けにしていられるなら、私はどんな犠牲でさえも払いますよ」
「犠牲ならもう充分過ぎる位に払ってるでしょう? その術を解いたらもう、貴方はそこに立っている事さえ出来ないじゃない」
フロンスの筋繊維が弾け、関節がひしゃげる……治癒魔法ではどうにもならないだけのダメージを負いながら、肉の化物は耳まで裂けた恐ろしい口をあんぐりと開いていった。
「そうですね、だからせめて最期に、この
「はぁ?」
「貴方達人間がずっとそうして来た様に、私達をムシャムシャと貪り喰らって来た様に、今度は私が喰らってあげたいのです」
“食肉の悪魔”姿現し、淀んだ大気がフロンスの背で翼を広げたようにピーターには見えた。しかしそこに実態などは無く、ただの幻影の霧の下で二つの赤目が強烈に発光している。
「いやよ。アンタを倒して早くダルフくんの所に戻らなきゃ……きっと私を待っているから」
「良いですね……帰る場所が、その可能性が貴方にはまだ残されていて」
額から垂れて来た冷や汗に、ピーターが微かな時間、瞳を閉じた……
「ですが、もう貴方達の未来に希望なんてものは残されていません」
瞳を開いたその瞬間、ピーターの目前にはもう、強烈に大地を蹴り出して来た肉の異形が迫っていた――
「コ、コイツ――!!」
咄嗟に
「一緒に逝きましょうよ!」
ピーターの剥き出しになった腹を突き上げた――膝!
「げハッ――っ御免こうむるわよ、このド腐れ野郎ガッ!!」
フロンスの肥大化した筋肉の塊――強固なる膝がピーターの腹を突き上げて衝撃音を響かせるが、血眼になったピーターは鼻を鳴らしながらフロンスの腹へと膝を返す。
「ぁ……がっ――!! ……ふふ、ふ……つれない人ですネッ!」
「ギ……カ――……っタイプじゃないのよ、アンタみたいなオッサンッ!!」
「ぇぅボ――っ好みじゃないのは……こっちの台詞だクソジジィいッ」
「私に好かれたいなら女子への気遣い覚えてぇ……セクシーな顎ヒゲでも蓄えて出直して来やがれッ!!」
「黙れゲボ、賞味期限の大幅に切れた老年が! 私の理想に適いたければ、いたいけな少年の姿になってから出直して来い!」
「くォラァッ私はマダ老年ジャねぇぇッ!!」
膝と膝の応酬――節度を忘れた二人の男による罵詈雑言が、血飛沫と気迫の中で続いていく。
「ジジィいいいいッ!!」
「このオヤジィィイッ!」
組み付いていた手を解いて、両者の頬にクロスカウンターの拳が炸裂し合っていた。
「――――!」
「――――っ」
大股で踏ん張り、倒れる事を拒絶した二人の視線が交錯した次の瞬間――
「うおおおおオラァアッ!!」
「くおおおおおおおおああッ!」
燃える激情に両者の拳が同時に打ち出される。
「――ぁ……!」
――だが、肉が削げ落ち弾け飛んだフロンスの腕が、中途で止まってガクンと落ちてしまった。
「その体、もう駄目みたいねオジサン!」
爆砕魔法の滾るピーターの拳が、炎熱に燃え上がるままフロンスの頭上に振り下ろされていく。
「『
明滅する爆破の煌めきが見えた瞬間――
「くぁ……っ!!?」
「悪いけど終わりよ」
拳を打ち込まれた胸から連鎖していく様にして、フロンスの体で爆発が起きて全身を弾け飛ばしていった――
黒煙上る天井より、木っ端となった肉の雨が降り注ぐ。
「ふぅ……っ…………」
超人めいたタフネスを誇るピーターが膝を着いて息を荒らげている。そして痛む腹を抑えながら、苦悶の表情でモーニングスターを手元に引き戻していった。
「末恐ろしい子ね……だから駄目押しのっ!」
弾けた肉の降り積もる地点へと、ピーターは全力の爆砕魔法を込めたモーニングスターを振り下ろした!
凄まじい衝撃と爆発の後に、紫色の妖気が立ち退いていったのに気付いて、ピーターは敵の成れの姿を確認しに行った。
「……これで死ねたかしらね」
何処か沈み込んだ表情となっていったピーターが見下ろすは、もうただの肉塊と成り果てた家畜の姿。
「もう休みなさい……貴方の戦いはここで終わったのよ」
押し潰れた肉へと独り言ちたピーターが、胸元から取り出したクシで髪を整えながら背を向けた――
「ぇ――――ッッ!!?」
次の瞬間――!!
背後からもの凄い力で引き込まれる自らの背に気付き、ピーターは素っ頓狂な声と共にひっくり返った。
「ィィアッッ!!?」
すると肩口に知覚する無数の鋭利の感覚。万力の様な力で押し潰され、ジュルジュルと体液をすする不気味な音が耳元から聞こえる。
「アンタッ!!」
何者かに肩を
「ぐぅあ――ぁ……ッ!!」
爆発に吹き飛ばされ、悶え苦しんだピーターが噛み付かれた肩に手を当てると、そこあった肉が大きくくり抜かれてしまった事実を認識する。
……短いまつ毛を戦慄かせ、蒼白となった顔でピーターは毒づく。
「いくら私がキュートだからって……本当にむしゃぶりつく奴があるかよ……」
憎々しそうな面相で立ち上がっていったピーターは、肩からの流血を抑えながら爆煙に紛れ、弾け飛んだ肉の山からヨタヨタと歩み出してきた男に眉をしかめていった。
「非前衛的よ……っ」
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