第470話 怒髪天を突く灼熱の憤怒
そうしてダルフに覆い被さった赤目達は、その恨みを晴らすかの様に執拗に剣を刺し込み続けていった。
やがて静まり返った喧騒の中で、足を引き摺る鴉紋の足音だけが聞こえる様になる。
「ミハイル……」
まるで茫然としているかの如く、その執念に取り憑かれた鴉紋が大聖堂へと歩んでいくのを、牝鹿は真っ直ぐな視線で見送っていく。
だがその時、静まり返った喧騒に動き出したもう一つの存在があった。
「なんで、こいつまだっ?!」
「構わねぇ、もう一度刺し殺すんだ!」
光収縮し、常世へと舞い戻った不死鳥。ダルフは覆い被さったロチアート達を振り払い、ただ黙々と鴉紋の背へと歩み出し始めた。
当然その背後より、走り寄って来たロチアートの剣と魔物の爪が彼を襲う。
「いい加減死にやがれッ」
「あ……なんだ……?」
「……っなんで反撃しない、おかしくなったのかよコイツ!」
手にしたフランベルジュを振るう事も無く、ダルフは精悍なる顔付きで降り掛かってくる火の粉をただ押し退けていく。そこには最早怒りの情動などは無く、ただ真っ直ぐな黄金の視線だけがあった。
「なんだか知らねぇが、何度だって殺してやるんだ!」
「ゴフ……ッ」
心臓に剣を刺し込まれたダルフだが、彼はその場に倒れ込むよりも早く再生を遂げ、その手のシワを徐々にと深くしながらまた歩み出す。
「なんだよこいつ……っ」
「なにがしたくてこんな事、痛みは感じてる筈だろう!」
――そんな事を何度も繰り返しながら、ダルフは光をその身に収縮しては、剛力に兵をなぎ飛ばし続けた。
「…………!」
歩み続けるその歩幅が、着実に鴉紋へと迫っている事に気付いた牝鹿は声を震わせ始めた。
「止メロ、ソイツノ歩ミヲ止メロ」
代わる代わると揉みくちゃになりながら、ダルフに兵が覆い被さる。しかし程無くするまでもなく、その場に光が凝縮した後に、兵が彼方へ突き飛ばされていく……
「ナンダ……」
何度奈落に突き落とそうと幾度も光より這い出して来る男はやがて、こちらに一度としても振り返らない鴉紋の背中へと辿り着く。
「王ヨ、ソノ男ハ……ナンダッ」
何かを思うダルフの歩みを止められないでいるロチアート達が、王の背中を貫ける程に肉薄してしまった一人の男にゴクリと唾を飲み込んでいった。
「また
「…………」
ダルフはそう宿敵の背中へ囁き掛けた。
されどフランベルジュを振り上げる事も無く、激しい怒りに顔を歪ませる事さえもしないで……
「
「……」
ダルフは知っていた、痛い程に心得ていた。
憎しみと痛みを押し付け合えば、やがてそこには草木も残らぬ惨状が残る事を。共に喜びを分かち合う仲間さえもが皆死に絶えて、何もかもが残らぬ荒野と変わるその結末を。
故にダルフはただ黙々と、そうして
「…………」
何時しか歩みを止めていた鴉紋の背後で、ダルフもまた歩みを止めていた。
そして静かに侮蔑する……
「臆病者……」
「……!」
未だ振り返るでも無い鴉紋の髪が、
微かに……徐々にと不気味な風に押し上げられ
「――――――ッッッ!!!!!」
――その灼熱の憤怒に、怒髪天を突くッ!!!
バリバリと鳴る雷轟に黒き翼が噴き上がり、生命を握り潰す天災が振り返る――!
「ダルフ――――ッッッッ!!!!」
ようやく交差する因縁の視線――
打ち付けられる憤怒と悪意、その憎しみさえも包み込んだ、何処かたおやかなまでのダルフの面相に対し、鴉紋は張り裂ける程の激情を刻み、彼の
――それはまるで、ルシルと同化した“終夜鴉紋”としての人の心が泣き叫んでいるかの様にも見えた!
「王ヨ、コンナ人間ニ構ウナ、ミハイルノ元ヘ行ケ。コノ男ハ我等ガ相手取ル」
そんな牝鹿の忠告も聞かず、怒りの狂気に呑まれた鴉紋はダルフの胸を強烈に突き飛ばす――
「く――!」
辛うじてそれをフランベルジュの刀身に受けたダルフが、鴉紋との間に距離を取ったその時……
「鴉紋様、こいつは俺達に任せて先へ!」
「ミハイルを討って下さい!」
未だ1000を超える赤目がダルフへと飛び掛かろうとした。
だが――――!
「ダァァンナァアァーッ!!」
「……えっ!?」
「ダルフさん、加勢に来ました!」
西のテラスへと雪崩込んで来たのは、チョビヒゲを生やしたバンダナの男と、精悍な顔立ちへと成長を遂げた懐かしき青年、イェソドに所属の騎士となった友の姿であった。
「バギット、グレオか!?」
「遅れちまったなぁ旦那! だがこのバギット・ズーサンドと子分のグレオ・ローランドが来りゃあ百人力だ!」
「いつ子分になったんですかっ! ダルフさん、ここは僕達に任せて終夜鴉紋を!」
「私も居るぞダルフくん、終わるとも知れぬ人類の危機に加勢に参った!」
「リットーさん……」
三日月型のヒゲを蓄えた中年騎士――リットーが手元のランスを振り上げると、その背後より怒号を上げた1000ともなる騎士が走り込んで来た。
「ふわわー、ダルフさん、私達もいます〜先日はすみませんでした〜」
「騎士として俺はぁッこの恐ろしい赤目達と最後の合戦に望むぞおお騎士だからぁあ!!」
ケテルの都でメロニアスの元に仕えていた騎士隊長、ガルルエッドとエールトの姿もある。そもそもイェソドの騎士といえばその数は300名にしかならない筈である。であるが、そこには先の闘争で戦意を喪失した者を含め、何処ぞで見掛けた騎士達が混成団となった姿があった。
「人間の……団結」
ミハイルより伝えられた予言を思い起こしながら、ダルフは深く彼等へと頷いていった。
始まった激しい
「……お前まだ」
しかし鴉紋の前に出てフランベルジュの切っ先を前にしたのは、赤目を怒らせた一匹の牝鹿である。
「王、早ク目的ノ地ヘト向カウノダ!」
「ふざけんな、気に入らねぇカスも握り潰せねぇで、何が王なんだよ」
「我等ノ悲願ハミハイルノ打倒デ果タサレル。小物相手ニコンナ所デ立チ止マッテイル理由ナド……」
「……うるせぇんだよ、頭の中でギャーギャーと」
「……?」
「この胸で燃え盛る……
王の憤怒に抗う事叶う者あらず、深淵の如き悪風がテラスに巻いて、黒の渦は天へと上る。
黙した牝鹿は何も語らず、その場を立ち退き人間の討伐へと向かった。
残されしその場で
「言ったよなぁダルフ……」
「……!」
確かに自らに差し向いた視線に、ダルフは内心うずくまりたい程に恐ろしい感情に襲われたが、それを押し殺し、ピクついた口角で笑ってみせた。
「お前を見ていると、
「……」
「叶わぬ夢を信じ続ける無様なお前が……何度殺しても立ち上がり続けるお前が、痛々しくて目障りなんだよ」
「……それは昔の自分を見ている様でか?
「――ッッ!!!」
鴉紋の額にビキリと立った青筋に、周囲の生命達が一斉に竦み上がったのを感じた。
「心を壊しても、体をすり潰しても蘇る“不死”はぁ……これから俺の執行する、最も残忍な方法でコロシテヤル」
空に十二の黒雷唸り、それに喰らい付く様に六枚の白雷が瞬いた――
完成間近となった天上の羅針盤が、その時を刻む……
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