第469話 果たされなかった王の夢


 言葉の通り、命を燃やして斬り掛かって来るその気迫に押されたダルフ。


「ぁガ――っ!!」

「押し潰せ、袋叩きにしろ!」

「続けぇえ!!」


 無数の赤目の手で地に叩き伏せられたダルフが、全身に鋭利の侵入を知覚して瞳を充血させる。


「――ッ!! カ――!?」

「刺せ潰せっ!」

「許すな、人間を許すなッ」


 震える頭蓋を叩き壊され、伸ばした腕は踏み潰される……心臓には山となるだけの剣が刺し込まれながら、ダルフは揉みくちゃにされて幾度も絶命し続けた。


「ぅぅ、――ぁ、あぁあああッ!!」


 何度目かの再生を遂げたダルフの掌に、刻を消費した証のシワという刻印が走ったその時、背の雷火が躍動して彼等を吹き飛ばす――


「おのれ、いつまで蘇るのか!」


 『不死』の力で超速再生し体にこそダメージを残さないダルフであったが、彼は幾度も繰り返され続けた耐え難い痛みによって、精神をひどく困憊こんぱいさせていた。頭をもたげてフラフラと歩むダルフだが、牙を剥いて飛び付いて来た魔物をフランベルジュの豪快な一撃に叩き潰す。


「君達との和解は……もう成し得ないのか」

「てめぇ、散々切り刻まれといた挙げ句その台詞かよ」


 未だ1000あまりにもなるロチアートと魔物の殺意がテラスには溢れ返り、一人の人間へと一挙に詰め寄って来た。


「くそ……くそ、くそおおっ!!」


 押し寄せる怒涛の軍勢を前に、ダルフは心に敵を討つだけの闘志を燃え上がらせた。


「どうして分かってくれないんだよッ」


 そして同時にダルフの胸には、無念と強い後悔の感情が流れ込んで来た。やがてそれは半ば自暴自棄ともなった“怒り”の感情へと置き換わり、眼光滾らせ周囲の敵へと向けられる――


「どうしてこんな悲しい争いを繰り返さなくてはいけないんだッ」

「飛び込め、人間を殺せぇええ!!!」

「ウワァアァアア――ッ!!!」


 それよりは、見るに堪えない酷い混戦となった。


「ぅあぁッ……ゥオオオオオオ!!!」

「何度斬り付けても……こいつッ!」


 赤目の群れのうごめく最中、孤軍奮闘とするダルフのフランベルジュが人波を両断する。


「おのれダルフ・ロードシャインッ!!」

「ぉおオオォォォ!!!」


 どろどろとなった、恨みと憎しみのもつれ合い……終わりの無い報復の螺旋が、血みどろとなってテラスを染めていく。

 もうダルフの願いを叶える道は一つしか残されていない。

 狂気に呑まれた兵を止めるには、王の首を跳ねるでもしなければ、その力を誇示しなければ叶わない。


「ァァアァア――ッ!!」


 何時しか怒りに囚われていたダルフが恐ろしい眼光で雷炎を振るうと、


「ハ――――!」


 群がる人混みの隙間より、


「――――ッッ!!!」


 向こうを歩んでいく、覇王の邪悪を目撃した――!


「鴉紋……――アモンッッ!!」


 その剣を過激なまでに薙ぎ払い、ダルフは人混みを一蹴して鴉紋へと到る視界を開かせる。


 ……だが、鴉紋は――


「…………」


 残り僅かの所まで羅針を進めた天上の羅針盤を一瞥し、虚空とも知れぬ深淵のまなこでミハイルの待つ大聖堂だけを真っ直ぐ見据え続けていた。


「何処を見ている、俺はここに居るぞアモンッ!!」


 明らかに力を増したダルフが、噛み付くかの様な語気で鴉紋を呼び付ける。張り裂けるかの如き彼の闘志と怒りを前に、ロチアート達は容易にダルフへと近付く事さえも困難となってその場に押し留まり始めた。


「何だこいつ……さっきまでとは、まるで別人の様にッ」

「アモン! 何処へ行くッ!」


 紫電滾る激情のままにダルフは宿敵を呼び続けた。彼への断罪はミハイルへと任せきった筈であるのに、その心火が紅蓮と燃え盛って制御が出来ないのだ。


「アモン――ッ!!!」

「…………」


 とぐろを巻く程の激しい憤怒に身を委ね、ダルフは背の六枚の雷火を噴き上げて赤目を吹き飛ばしていった。

 まるでムキになって挑発するかの様に、雷電走る旋風と共に、テラスより巨大な白雷が上る――


「……ッおい鴉紋!!」

「……」


 ……されど鴉紋はそんなダルフに気付いてすらいないかの様に、その耳も思考も視界も感覚さえをも、ただ一つの終焉であるミハイルへと向け続けた。


「アモ……貴様ァ!!」


 完成された魔王にとって、ダルフなどと言う存在など取るに足らない俗物に同じである。そもそも今現在、存在すら認識していない程に小さな塵芥ちりあくたと化している。

 背を丸め、前だけを見据えた鴉紋の心にはもうミハイルを打倒する事しか考えられていない。それ以外の全てが細事さいじ

 それが仲間達の非業への唯一の弔い、彼の願う夢の最後の欠片……

 その内に、静かに煮え滾る悪意を沸騰させながら、鴉紋はダルフに気付かず歩み去っていく――


「ふざけるナ! 俺がどういう気持ちで、何処までお前に固執してっ、喰らい付いてッ!!」

「……」

「この俺の声が、もう届かないとでも言いたいのか鴉紋ッ!」


 宿敵へと間合いを詰め寄うと空へと舞い上がったダルフであったが――


「ァアぐ――ッ!!」

「王ハ貴様ノ相手ナドシナイ」


 牝鹿の放った鋭き魔力の結晶が、ダルフの翼を射貫いて地へと墜落させた。


「待て、止まれ鴉紋……止まれぇえッ」

「畳み掛けろ!!」

「これ以上仲間を殺されるよりも早く!」

「人間を刺し殺せッ!!」

「こいつらに脅かされないでいい世界の為に!」

「は――っ」


 ダルフに覆い被さった無数の面相……それらは一様にして、もうどうしようもない位に激しい憎悪に塗り固められている事にダルフは気付く。


 ――――これか……


 煌めく長剣の切っ先を眼前に見上げた姿のまま、ダルフの心中には一つの閃光が走る。


「この禍々しい憎しみの前に、お前は夢を諦めたんだな鴉紋……」


 囚われていた怒りより我に返ったダルフがそう囁き漏らした直後――


「――、――――ッ!!!」


 怨嗟の刃がダルフの体を刺し貫いていった。

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