第471話「愛して愛して愛して愛して私だけを私だけを私だけを愛してアイシテ愛シテ愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛ぁい……」


   *


 2000の命もつれ合う、白雷と黒雷のせめぎ合った激動の西のテラスを側に、最奥に控えた大聖堂の内部にミハイルは一人佇んでいた。


「どうして…………ッドウシテ!!」


 ……全てを見透かした様であった彼らしからぬ、激憤の表情を一人寂しく披露しながら。


「私はここに居るぞルシル、お前のすぐ側に居るのだぞッ!」


 白き祭壇に叩き付けられる拳……わなわなと震えた天使の羽が、荘厳なる大聖堂に舞い踊る。


「お前が見ていて良いのは私だけだ、お前が考えていて良いのは私だけだ! お前が執心していて良いのはッお前の心は私だけの――!」


 今やと完成される『天上の羅針盤』……だがしかし、天使の瞳が観測していた未来が、その黄色きまなこで覗いていた愛しき存在が――


「お前はワタシの物だ!! ルシルゥッ!!」


 その時になってもミハイルの前には現れて来なかった。


「あぁあ〜〜……ァァあぁあああ〜〜あッッ!!」


 あの威厳や見る影も無く、ミハイルは酷く取り乱しながら歯を喰い縛って、項垂れた目尻より大粒の涙を垂らしていた。


「何故だどうしてぇ、お前は私を思っている筈だろう、私の事を、私の事だけを考えている筈……ダロウ?」


 立ち上がり、生命力に溢れる天使の大翼が空へと開く。六枚ともなる天性は最早直視する事さえもが難しい程に照り輝き、剥き出した瞳は羅針盤の針を進ませる。


「いいのかルシル、この私を放って置くのか……? かつてお前を地に叩き伏せた『天上の羅針盤』がもう完成してしまうのに……」


 空に開いた光の天輪の中で、巨大な羅針が一周するのを目前にしながら、ミハイルは頭を抱え込む……


「愛してる……」


 よれよれと歩み、輝かしく荘厳であった美しきまなこに、という名の激情を走らせながら――!


「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてる愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛」


 常軌を逸した血眼で、狂った機械人形の様に大天使はのたうち回る……


「……っ…………ダルフ……」


 やがてミハイルは糸が切れた様にストンと表情を落としたかと思うと、今度はその白き肌を青く暗く沈ませていった。


「私では無く……を視ているというのか? 私さえ葬れば世界はお前の望む形へと崩壊するというのに……」


 天使の心を支配する独占欲、愛と嫉妬と猜疑さいぎ心……人の心も理解出来ぬ筈の彼だが、その内情は実に人間の腐った情欲を歪な形で押し固めた様である。


「私だけをっ私だけをッワタシだけをッワタシダケヲッ!」


 四つん這いとなった姿で額を床に打ち付け始めたミハイル。理性を知らぬ醜き心に充満された偉大なる大天使は、垂れる血液をスゥと光に消し去りながら、口をあんぐりと開けて顔を痙攣けいれんさせた。


「……ダケをっ……私……私ヲっ……私だけ……だけッ……」


 再び静止し、垂れたヨダレを止めて上転した瞳を戻していったミハイル。彼の立ち上がっていく姿にほつれた髪の一本さえが見当たらない。そんな優雅で神聖なる佇まいは、これ程までに取り乱したにも関わらず依然健在としているのが不可思議だ……


「そうかダルフくん……君の因果は、私とルシルと同じ様に終夜鴉紋と繋がっているんだね」


 先程までの醜態がまるで嘘であったと思わせる程に、煌めかしいまでの光を解き放った美貌は嘆息する程に美しい……


「でもねダルフくん、それは君にとって破滅としかならないだろう」


 空に開いた天輪にて、カチリと羅針盤の針が一周した。


「私は君を評価しているよ……だが君はあくまで“最後のつるぎ”なんだ、天魔と天魔の領域に君は役不足……」


 前へと歩み始めたミハイルは、錆びた小さなはかりを頭上へと掲げる。

 ――その瞬間、天より落ちた極太の光明が大聖堂を包み、神聖の極みともいえる光がミハイルの手元へと急速に収縮していった。


「……それけじゃない、『不死』であるお前はそこで


 秤の鈍色にびいろ払拭し、そこから伸びた無数の光の刃はまるでであるかの様に

 ――その光明のそれぞれの先端で、花を開く。


「ルシルを殺すのは私だ……」


 手元に握られた光の束より、たっぷりとした花弁が頭をもたげる。

 まるで愛を告白するかの様な、となりて……

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