第467話 三度目のエデン
*
修道院の最上階にあたる西のテラスには、鴉紋の開く天輪と、ミハイルの開く天輪がせめぎ合い、陽光が耐えず入り混じり続けている。
不気味であり神聖でもあるミステリアスな空の下に佇むは、仲間の無事をひたすらに願う黄金の騎士――
ダルフ・ロードシャインは絹の様な長髪をなびかせながら、背後にそびえる大聖堂――ミハイルの待ち望む最終決戦地の守り手として、1500にも及ぶ“魔”の襲来を待ち受けていた。
「……」
開かれる黄金の瞳には、正義を内包した星屑の煌めき……何処までも届くかの様な光が溢れ出し、手には実の兄より託された“神遺物”の大剣――刀身の波打った巨大なフランベルジュが握り込まれている。
「魔物……か」
岩山にそびえた修道院、その最頂点にあたる尖塔を横目にしながら、屋外にて敵を待ち受けていたダルフの前に現れた気配は、黒きもやより出現した一匹の
「オ前ガ、我等ヲ阻ム最後ノ人間ダ」
「っ? 魔物が言語を……」
邪悪なオーラ纏いし牝鹿の周囲より、200ともなる魔物の群れが姿を現し、実に様々な形態で持って地を這い、空を飛び回る。彼等異形に取り囲まれていくダルフは、その背に六枚の白雷をバリバリと鳴らせながら空に開かせた。
ダルフの引き上げたフランベルジュからは、“神遺物”を媒介とした火炎と雷光が螺旋に絡み付きながら、“天魔”をも滅ぼし得る絶対なるエネルギーが発散されている。
「王ヘノ執念ニ燃エルカ、人間ヨ」
「……」
「シカシモウ、オ前ト剣ヲ合ワセル事ナド無イダロウ」
「なに……?」
「王ノ標的ハ既ニ定マッテイル。威光ヲ取リ戻シタ覇者ノ視界ニハ、オ前ノ存在ナド映リ込ミモセズ、認識サエシナイ」
「もう鴉紋は、ミハイル様しか眼中に無いと言いたいのか」
「人間ナド最早矮小ナ存在デシカナイ……王ノ視線ハ、タダ一点ニダケ注ギ込マレテイル」
すっかりとダルフを包囲してしまった魔物達へと注意を配り、正面に佇む牝鹿へとフランベルジュの切っ先が向かう。
「お前達は何故人を害する」
「オ前達ノ都合デ、
「“人類のエデン”……それと何か関係があるのか?」
「我等ハ乗セラレ無カッタ、人間デ一杯ニナッタ
「
「違ウ、ソレハ神ノ気マグレダッタ」
「ならば何故俺達に……っ!」
ダルフを取り囲んだ赤目の発光が、並々ならぬ恨みを込めて輝き始める。
そして口々に、牝鹿の言葉に辿々しい魔物達の言語が続き始めた。
彼等が語るは、消し去られた破滅の歴史……
「破滅ト再生ヲ永遠ニ繰リ返ス生命ニ呆レ果テ」
「神ハ新タナル世界ヲ創造シタ」
「全テノ元凶ハ醜イ人間ニアルトイウノニ」
「神ハ
「
「三度目ノ創生ニ異議ヲ唱エタノハ、“王”ガ率イル冥界ノ“魔族”ダケダッタ」
「我等罪無キ生命ニ同情シタノハ、“獄魔”ダケダッタ」
「ソシテ戦争ガ起コッタ」
「故ニ我等ハ王ヘ忠誠ヲ誓イ」
「人ヲ憎ミ、コノ世界ヲ恨ンダ」
「王ト同ジヨウニ」
「我等ハ、アノ時没シタ数億ニ及ブ生命ノ集合体」
「世界ヲ恨ム思念ノ結晶体」
「人トイウ種ノ根絶ヲ願イ」
「コノ世界ノ崩壊ヲ望ム」
「故ニ復讐スルノダ」
渦を巻いた怨嗟の声は、牝鹿のその一声によって締め括られた。
衝撃の真実に絶句を余儀無くされたダルフへと、激流の様になった魔物達の悲痛の感情が流れ込んで来る。
「そん……な……」
気の遠くなる程に永く
「――か……っあ……っなんだ?!!」
動かされた神の指先の一つで、一瞬のうちに消し炭とされた。
生命としての歓びを否応も無く消し去られた彼等の悲鳴と痛み、そして悲しみと無念を走馬灯の様に眺めたダルフは強制的に理解させられる。
犠牲となった幾百億もの生命の上に、今の平穏が成り立っていたという真実に。
「数多の命を断絶してっ……どうしてそんな事に、神はミハイル様はどうして……っ」
流れ込んで来る負のイメージに巻かれ、割れる様な頭痛を引き起こして悶えるダルフ。
そこに溢れ返り始めた絶え間の無い足音……
「お前も……お前達、も……おなじ」
やがてロチアートの兵士達が西のテラスを占拠すると、怨嗟の宿った千の赤目でダルフを睨んだ。
人しか存在し得ぬ世界で、彼等は
人の繁栄の為だけに犠牲になり続けたロチアートもまた、魔物達と同じ境遇であり、その矛先が向かうのはやはり……
1500にもなる激しい怨毒が、一人の人間を取り囲む。
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