第461話 天使の眼差しは未来を視ている
その瞳で何を見通すか、ミハイルは長い睫毛を風にそよがせながら壁に背をもたげた。
「今この修道院にはたったの四人しか居ないが、人類の滅亡を阻止しようとする有志達が直ぐに集って来るだろう……だって、そうしなければ君達人間の時代は終わりを迎えるんだから」
「仲間達の加勢が来るまで、ここで耐え忍べという事なんですね」
「ああ、ただし少しの時間を君が稼がないとならないんだダルフ」
生命力に満ち溢れた白き天使の大翼にダルフが魅了されていると、背後よりリオンが声を挟んだ。
「少しってどの位よ、相手は1500人よ? 尋常な数じゃない……それに、黒い炎を扱うあの女も一緒なんでしょう?」
「そうね、しかも兵隊もただの有象無象じゃない……主要メンバーを含めたそんな軍勢を私達だけで相手にするだなんて……」
彼等の疑念に答えるは、ダルフに注がれ続ける真っ直ぐな視線であった。
「いや、1500のロチアートの相手をするのはダルフ
「え、俺一人……?」
「ああ、君には『不死』がある。それ程の軍勢を釘付けにするとなると、やはりそれなりの能力で無いと叶わないから」
淡白なままで告げられる天使の指令に異議を唱えたのは、リオンのみならずピーターもであった。
「無限に再生するダルフを肉の壁にして、目的を達成しようとでも言うの!?」
「『不死』はダルフくんの中に流れる筈であった
軽蔑する二人の心情が理解出来ないのか、ミハイルはただ小首を傾げながら客観的観点で物事を言う。
「何をそんなに怒っているんだい? 老化はしてもダルフは死なないよ、だって『不死』なんだから」
「そういう事を言っているんじゃないわ!」
「なんだい、分からないなぁ……現実的にそれしかこちらに残された勝利の手立てが無いんだ。『天上の羅針盤』を展開している私は満足に動く事も出来ないし、セイルやフロンスの対応に手一杯の君達じゃあとても止められない事は分かるだろう?」
「あ、あの……っ、ミハイル様、その目には視えているのよね? 貴方の言う通りに作戦が決行されれば、ダルフくんは一体どうなるの?」
懇願するかの様なピーターを見下ろしながら、ミハイルはまんじりともせずに返答する。ただその『先見の眼』が捉えた未来の姿を――
「度重なる『不死』の発動によって、ダルフの身は五十代程にまで落ち込み、全盛期の力も失われる」
「な……っ」
「そんなの、そんなの私が許す筈が……っ!!」
血相を変えた二人がミハイルへと詰め寄ろうとするのを止めたのは、確かな眼光宿したダルフの一声であった。
「良いんだ二人共」
「ダルフ……っ」
「ダルフくん、良いって……」
「俺のこの力は、元より鴉紋の打倒の為だけに存在していた……そうする事が人類の勝利、ミハイル様による鴉紋への断罪へと繋がるならば、俺は喜んでこの力を使いたい」
その心に燃え盛る
「分かっているのダルフ? ……貴方自らで終夜鴉紋に剣を突き立てるという、灼熱の野望と執念は二度と果たされる事が無くなるのよ?」
「……」
「ここまでの旅路で貴方が背負って来た様々な想い、様々な死……それが残党の足止め程度で全て水泡に帰すって事が――」
「今人類は終焉へと向かっている……この土壇場で俺自身のエゴやプライドは優先させられない。ましてや、人類を危険に晒して賭けに出る事なんて」
「……」
「俺もまた、この想いをミハイル様へと繋げれば良いんだ……そうすれば鴉紋の打倒は叶うんだから」
「良いのね本当に? 自分の心に蓋をしてでも、貴方は人類の存亡の為にと……」
ダルフの本心を確かめていくリオンをあたふたとしながら眺めていたピーターが、深く頷いていったミハイルに気付く。
「君の想いを受け継ぎ、確かに私がルシルを打倒するよダルフ。心配する事なんて無い、奴を堕とすのは二度目であるし、その結末も既に私の目が捉えている」
「ミハイル様、どうか鴉紋を……」
「大丈夫、万事私の予定通りに行く、だって私には全てが……」
そこまで語ると、ミハイルが舞い落ちていく羽毛を摘んで物憂げな表情を始めた事に気付く。
「全てが視えて……」
おそらくミハイルの心中に去来しているのは、彼の『先見の眼』で捉えきれなかった鴉紋の変化。そこより僅かに生じた
一抹の不安と未来の崩壊の音を聞きながら、大天使はクシャリと羽を握りつぶしていった。
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