第462話 必ずまた、三人で


「本当にそれでいいのねダルフ……」


 コクリと頷いたダルフに詰め寄り、リオンは彼の顎先を掴んで自らに向けさせる。


「覚えておいてダルフ。私は人類の味方なんかじゃない。貴方という個人の味方であり理解者よ」

「……リオン」

「貴方がどんな決断をしようと、どんな馬鹿げた想いに至ろうと……私はずっと貴方の側に居るわ」


 ダルフの心中をその目に覗く少女が、彼の胸にそっと手を添える。


「損得や良し悪しじゃない、誰よりも輝かしい貴方の躍動やくどうを、私は望んでいるの」


 囁き合う二人の会話が終わると、ミハイルは外を眺めて獄魔の襲来を知る。


「いよいよだよ……ここが終着、人類と魔族による覇権をかけた戦争……」


 窓の外より溢れ出すミハイルによる光明が、大地轟く1500の足音と、光の天輪にせめぎ合い始めた赤黒い陽光にけがされ始めた。


「ここが最終戦争ハルマゲドンの最終局面――」


 ――次の瞬間に周囲を満たした、恐ろしき悪魔達の咆哮!!


「く……鴉紋っ!」

「うわわわ、わ!」

「聞き苦しいわ……貪婪どんらんな鬼達の遠吠えっ」


 地の底より這い出して来るかの様な強烈な恐怖、そして同時に、長く抑圧されて来た彼等の恨みと絶大なる力がその咆哮に紛れ込んでいるのに一同は驚愕とする。


「もう後には退けないよ。退しりぞく場所も、もう奴等に全て喰い荒らされてしまったから」


 叩き付けて来るかの様な怨嗟に巻かれながらも、一人平静を保つミハイルは美しき翼を広げていった。


「さぁ人間達よ、使命の場所へ」


 ミハイルの言う使命の場所とは、ダルフ達三人に予め言い付けられていた闘争の場である。彼等はこれより散り散りとなり、巨大なる修道院にて敵の襲来を待つ構えとなるのだ。

 

「ピーター……リオン……」


 もう二度と、彼等が顔を合わせる事は無いのかも知れない。もう二度と、こんな風に微笑み合う時は訪れないのかも知れない。

 人類の命運をかけた最後の闘争を前に、そんな未来の可能性は潰えているかの様にも思える。


 ……だが、だからこそ!


「共に、三人でまた」

「……当たり前じゃない、私の超前衛的ブティック『ラブハリケーン』の専属モデルをダルフくんにやってもらうまで、死ねないわ」

「ダルフ、貴方との旅路、無茶苦茶だったけどなかなかに楽しかったわ……冷え切った私の心を溶きほぐす位に」


 涙を垂らして額を突き合わせた三人。そうしていると、ここまで手を取り合ってきた険しき旅路を思い出す……


「みんな、死ぬな……」


 彼等とまた笑い会えるその日に向けて、この戦争を終わらせるのだ。


「ダルフくん寂しいわ、最後にこの手にその感触を焼き付けさせて」

「ぬぁっ?! ピーター、なんで俺の尻を撫で回すんだ!」

「だって〜もしかしたら触り納めになるかもじゃない、このお尻に触れられずに死ぬなんて私、とても成仏出来ない〜」

「まだ死ぬと決まった訳じゃないだろう!」


 擦り寄るピーターを引っ剥がしたダルフは、次に柔和に微笑んでいたリオンへと歩み寄った。


「いつからかな、お前がそんな顔をする様になったのは」

「貴方のせいよダルフ……全部全部、私の全部を変えたのは」


 頬を赤らめ視線を揺らしたダルフの心情が、もうリオンにはに頼らなくても分かっていた。


「リオンどうか……どうか無事で――」

「貴方が好きよダルフ」

「ん――――!」


 ……ダルフにもまた、彼女の心情が手に取る様に分かっていた。

 口を塞ぐようにして押し付けられたリオンの唇、その温もりを感じながらそっと離すと、ダルフはリオンを抱き締めながら自分の方から唇を重ねる。


「俺もだ、俺もなんだ……リオン」

「んん――っ!?」

「あんらぁ〜お熱い……混ざり合おうかしら」

「それは辞めておいたほうが賢明だねピーター」


 心を重ね合わせた二人を眺め、ミハイルは優しげな笑みでまつ毛を伏せた。


「二人の間の情熱に、君の方が焼き尽くされてしまうから」

「嫉妬しちゃうわぁもう……」


 熱い抱擁を終えたダルフが、呆気に取られて顔を赤らめたリオンの髪をかき回す……


「必ずまた、君と一緒になる」

「……っ…………う、……うん」


 珍しく動揺しっぱなしのリオンは、ダルフの真っ直ぐな視線を――その目に捉えられ無くとも、心に感じていた。


「死んじゃだめよダルフ、おじいさんになるのも」

「リオンこそ死なないでくれ、どうか俺の為に」

「わ……っ分かってるわよ、当然じゃない!」


 ダルフの腕を離れて照れ隠しに背後を向いたリオンであったが、彼女はぐちゃぐちゃになった髪を整えながら、惚けた口元で振り返った。


「貴方の胸に、また戻るからね」

「っ……ああ!」

「は〜〜い、ほらほらもう終わりよ〜」

「そろそろリミットだ……フフ、人間の愛というのを久しく間近に見たよ」


 たもとを分かつ三人の仲間達……


「じゃあ、ピーター、リオン」

「さっきの約束、破ったら許さないからねダルフ」

「またそのプリケツの元に帰って来るわ、bye戦友達」

「一応貴方の健闘も祈っておいてあげるわピーター、精々死なないように頑張りなさい」

「最後まで冷たいわねぇ小娘! ……んまぁ、それが愛らしいんだけど」


 ……程無くして彼等は同時に振り返ると、愛しき友へと向けて笑みを向けあった。


 人類の、そして彼等の未来を誓って――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る