第四十章 人類のエデン

第459話 絶望的戦況


   第四十章 人間のエデン


 王都ティファレトの中央に位置する巨大な岩山、それを取り囲む様にして組み上げられた三層ともなる巨大な修道院――その二層に位置する迎賓げいひんの間にて、ダルフ達は一堂に会していた。


「――っ……!」

「君も感じたのかいダルフ」

「ミハイル様……多くの仲間が、八英傑達が全員……っ」


 ダルフがおぼろげに感じた気配の消失……先日より彼が口にする様になった奇怪な能力の真偽を承知の上で、リオンとピーターは驚愕を隠せないでいる。


「何故俺達だけをここに残したのです……兵も何も無く、たった四人にしかならない僅かな戦力を」

「何故って、君達がここに必要で、他は敵の戦力を割くのに一人だって残す事が出来なかったからだ」


 ダルフの言った通り、この広大なる修道院、言い換えるならば人類最後の牙城には、驚く事にミハイルを含むたったの4名しか残されていなかった。

 護衛も何も考えていない大胆に過ぎる策、全兵力を持ってしての敵軍への突撃であったが、その結果は八英傑の全滅――つまる所は全軍の敗走である。

 客観的に判断するならば明らかなる……だがしかし、未来を見通す『先見の眼』を持った大天使が、あろう事かそんな失態を露見するだろうか?


「彼等のっ……多くの騎士達の奮闘で、ナイトメアも相当な損害を受けたのですか?」


 そんなダルフの問い掛けに――先の疑念の答えがであると、

 ――全てがミハイルのである


「そうだね、しかし肝心の鴉紋の損傷はさほどでも無い。それと敵の軍勢も1500程残っているみたいだ。けれど兵力をここまで削いだなら十全、八英傑は良くやってくれたよ」

「せ、せんごひゃ……っ?!」

「ミハイル……っ貴方また人を駒の様にしたのね」


 血相を変えたリオンが、項垂れたダルフを背にしながらミハイルへと氷結を差し向ける。

 しかし、そんな彼女の肩をピーターが叩く。


「やめなさい小娘、今はその人がセフトを支える最後のよ。ミハイル様を失えば、私達人類は本当に滅亡するわ」

「セフィラって何よピーター!」

「セフィラは“生命の樹”になぞられる様に配置された天使の子……つまるところ、この世界を維持するとなるものよ。その最後の核がミハイル様だって言ってるの」


 涼しい顔でリオンに微笑みかける大天使は、首元に突き付けられた氷の刃に指を添わせながら羽を躍動させた。


「私が敗れればは音を立てて崩壊するだろう」

「人類の……エデン? それって聖書に記されてるあの“創世記”とかいう?」

「良い着眼点だ氷の魔女……だけどそれとはまた少し違う」

「なんなのよ、私貴方のそういう何か含んだ様な言い回しが大嫌いよ! 勿体ぶらずに教えたらどうなのミハイル!」

「今その話しをした所で栓無き事……これは父さんの決めた世界の方向性であって、我々の関与出来る事象とも違うからね」


 終始訳の分からぬ話しを続ける大天使に、リオンは鼻を鳴らして刃を引いていった。


「もういいわ、神だのエデンだの好きにやってちょうだい……気持ち悪い」


 恐恐とした表情のピーターに対して、ミハイルはと言うと、口元に微笑を浮かべたまま肩を竦めていた。


「ミハイル様、ならば八英傑の敗れた今……戦況は?」


 ダルフは仲間達がただ果てて行くのを実感しながら、自らが何も出来ないでいるという事実に強い無力感を覚えて拳を握り込んだ。


「うん、ナイトメアの主要メンバーの生き残りは鴉紋、セイル、ポック……多分フロンスもまだ活動を続けているね、以前の様な能力は失って死を待つばかりだけど。それと、残党兵約1200に300の魔物……凄いなぁ八英傑はこんなにも人類に貢献してくれたんだ」


 ダルフ達の反応とはまるで違い、感心する様に眉根を下げたミハイルはやはり、“人”という目線になぞらえると感覚というものが逸脱しているらしい。


「……ではこちらの兵はどれだけ残っているのですか?」

「残っていないよ」

「え……」

「ネツァクに集結させた約4000の兵は壊滅した」

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