第458話 傀儡の末路


 僅かに人の原型を残した残骸……

 破裂した大樹を見下ろし、鴉紋は荒れた岩場より踵を返す。


「豪胆にっ過ぎる……戯言ざれごとを吐いても……かつてお前は敗北した……っ」

「あ……?」


 “奇跡”は非情にも、未だジャンヌ・ダルクの生命を終わらせようとはしない。

 めきめきと木々がうねり、再びに醜き人の身を形成していく……

 

「貴様はミハイル様に堕とされた……っその結果、多くの仲間達が、今も尚ロチアートという奴隷の烙印を押され、苦しみに喘ぐ事になった……っ」


 しかして、その身に宿した“神聖”を放散していくだけの少女が蘇った所で、至る結果は二度目の苦痛を味わうだけとなろう。

 されど神は、少女の呻き声になど構わずに再生を促していく……

 木々の束ねられた半身の異形が語り終えると、鴉紋はゆっくりと振り返りながら目を座らせた。


「あぁ、だが俺は今ここに居る……ミハイルの首に届くこの距離に」


 鴉紋は赤き右の瞳と黒き人の眼差しで、頭上の修道院を見上げていく。


「全て奪い返せる……この間合いに」


 ――次の瞬間、鴉紋の強烈な前蹴りがジャンヌ・ダルクの身を粉々にしていた。

 そして見下ろすは、うねうねと再生を初めた微かなる“神聖”

 

「同じ狂信者といえど、ヘルヴィムの方が貴様よりずっとマシだった」

「だま……れ…………アク、マ……」


 失われる“神聖”に、ジャンヌ・ダルクの再生速度は目に見えて遅くなっていた。この様子では、もう五体満足での復活すら遂げられないであろう。


「奴には信念があった……誰よりも強くあらんとする、熱き信念が」

「……っ……」

「他人の威を借る貴様と違って……強く示そうとする覇道が……」


 ……思えば、13番目の神罰代行人ヘルヴィム・ロードシャインのロザリオが、ミハイルに並び鴉紋……天魔とされる存在に反応を示すのみならず、時間軸を越えた未来の可能性として、ダルフ・ロードシャインにも反応を見せる様になった……、今“天魔”に至ろうとしていたジャンヌ・ダルクには何の反応を見せていなかった。

 それはつまり、単に彼女が神に赦されし存在であるからという事では無く――


「テメェがこうなる未来は既に決定していたんだよ」

「は…………?」

「神もミハイルも……すなわち“運命”とやらも、お前がここで天魔に到れず没する事を知っていた」

「そんな……そんな筈は無い……私は神に、ミハイル様にも愛されて……いた……」

「気付いた頃にはもう遅ぇ」


 黒き足に踏み潰されたジャンヌが、その身を飛散させながら絶句していた……


「お前も盤上のに過ぎねぇんだよ……くだらねぇ“運命”とやらの……」

「私……が……こま? ……神の傀儡くぐつでしか無いと?」


 微かに顔と分かる形状のみを再生していった少女へと、鴉紋は歩み始める。そこには緩やかに風に乗った桜が揺蕩たゆたっているのみ。


「しかしその結果、お前という駒の躍動によって俺の方もかけがえの無い仲間達を失った……もっとも、どう足掻いてもテメェの惨敗は決定していたんだろうがな」

「私が……わ、私はいったい…………」

「さぁ哀れな女に引導をくれてやる」


 もはや放心した様な面持ちの顔面、足元に転がった木々の集合体へと、鴉紋は狙い澄ました拳を引き絞る。


「では私は利用されて……ずっと、神に……っ」

恩寵おんちょうと言えば聞こえは良いが、クソ親父は人間らしい感情なんか持ち合わせちゃいねぇ……使い古されて最後には捨てられるだけだ、今お前が死にたくても殺して貰えない様に……」

「なら――

「は――――?」


 遠い目を投げたジャンヌ・ダルクが八重歯を見せて微笑み始めたのに気付き、鴉紋はいぶかしげに鼻筋にシワを寄せる。


 ――そして鴉紋は未だ気付いてはいなかった。自らの背後にうごめいて、神の刃を差し向けていた胴体のみの少女の存在に……


……」

「ガ――ッッ?!!」


 背後より突き立てられた燦然さんぜんなる光明――その切っ先が邪悪を捉える。


「この生涯ヲッ余す所無く主へと捧げられテ――ッ!!」

「グァ……ァ――!!」


 最期の余力で瞳をカッと見開いたジャンヌが、分離した胴体に余す力の全てを注ぎ込む。終われば枯れ果てるだけの“神聖”を、ただこの一撃、愛すべき神の為だけに振り絞る――!

 薄紅のオーラ張り裂けて、風巻を起こす神の刃が前へと突き出されたその時――


「まだ分からねぇノカ――ッッ!!!」

「――ぁ」


 力まれた鴉紋の背筋に、鋭き刃は肉へと侵入を果たす前に砕け割れた……


「ナゼ……神の威光でも…………貫けない……」


 憤怒した悪魔に見下され、ジャンヌ・ダルクはガタガタと震えて狼狽ろうばいする。

 そうして次に鴉紋の背より放出された暗黒が、樹木の胴体を呑み込んで消し炭にしていった。


「貫かれる訳がねぇだろうが……ッ」


 ゆっくりと語られていく力強き口調……どう逆立ちしようと目前の“魔”を滅ぼす事が叶わないという事実を実感したジャンヌ・ダルクは、枯れていき始めた口元でハッと息を呑む……


「この俺の背には仲間達の意志が乗っている!!」

「意志……」

「シクスの、クレイス、エドワードのッ俺に託して死んでいった多くの仲間達の魂ガ――ッ!!」

「理由になって……いない、いひ、いひひ……」

「狂ったセカイに終止符ヲッ……このを終わらせる迄、オレは止まらネェ!!」

 

 爆裂する十二枚の暗黒! 漆黒が空に咲き狂い、暴虐の波動が大気を狂わせる!


「あぁ――――」


 ゆっくりと、ゆっくりと、

 黒き拳が頭を砕き割っていくのを知覚しながら、ジャンヌ・ダルクは瞳を閉じた。


「天魔を滅ぼせるのは神か天魔だけ……ですか……いひひ、やるせないですねぇ……」


 炸裂した拳が固き地盤を空へとひるがえしていくと、そこには朽ちた大樹の木片だけが残り、もう二度と動き出す事も無かった。


「さぁ……」


 悪魔的たる眼光輝き、頭上の修道院……そこに感じるへと鴉紋は振り返る。


「貴様の番だミハイル、俺達の夢に潰れろ」

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