第452話 【終夜】


「は…………っ??」

「全部が神任せ。テメェはただ誰よりも運が良かっただけだ。選ばれただけなんだよ神のに、哀れなる傀儡かいらいに」

「あァ…………ッ!!?」

「テメェ自身は何もしてねぇ、何も褒められた所もねぇくだらねぇ雑魚ってだけだ。ただ神の定めたとやらをひた歩いているだけの、何の個性も自我も無い人形と同じなんだよ」


 言葉につっかえ強く歯噛みしていったジャンヌ……額に手をやった少女は、辿々たどたどしいままにその怒りを声音に込めていった。


「どの口が言うのですかルシフェルっ……貴方こそ……貴方こそ誰よりも恵まれた生を受けた一人でしょう、神より産み落とされた全天魔の長……かつて誰よりも主に近い所に居た貴方こそ、冥府に追放されて尚、と形容される比類無き力を与えられた貴方こそッ!!」


 肥大化した桜の大翼が開いて周囲が桃色の陽光で満ちると、空に舞い上がり、そして崩れ去っていた岩盤が一気に収束して鴉紋を押し潰した。中空に上がっていく石の球体は磁力の様に他の石を吸い寄せ、何処までも巨大化しながら拘束を強めていく。


命とはと読むのですっ! 人の意志を超越した神の意志こそが、全生命体の宿命であると貴方はまだ理解出来ないのですかッ!」


 興奮冷めやらぬジャンヌが光の御旗を大きくしていく。


「……そんな風だから、神にのです!」


 薄紅舞い散る嵐の中で、その旗の先端が天を突いたその時――神の怒りの雷轟が巨大な岩の球体に墜落していた!


「……ッ」


 何もかも吹き飛ばした風巻の中で、ジャンヌは木端微塵となった大岩――その稲光が捉えた黒き落雷地点を覗き――


「…………ッ!!?」


 ――――驚愕としていた。


「……この俺が、産まれ落ちてよりだと考えているなら、とんだ思い違いだ」

「なんだ……その耐久力タフネスはっ?」


 緩やかに伸びていった十二枚の暗黒……ささくれ立っていく闇の下に白煙上げて佇みながら、ジャンヌへと歩み寄って来る灼熱の眼光、その暴虐の波動に――


「ぁ……ぃ……っ」


 少女はとしての本能的な畏怖を覚える。


「ぅあ……ぁ……ッ」


 ――それはまるで、神の御前に立ったその時の様に!


「夜明けを意味する“明けの明星ルシフェル”としての生を受けた俺を縛らんとしたあらゆる。この俺の上に立ったつもりでいる支配者気取りのクソに仕組まれたくだらねぇ宿命とやらに、俺は抗い続けた!」

「……なんで貴方から、神と似た威光が……っ」

「血で血を洗い、友を殺した……育ての親の首を捩じ切った、弟の肉を押し潰して故郷を焼いた……傷付き、傷付けられ、俺を取り巻くあらゆる全てと戦い続けたッッ!」


 その身を冥府の漆黒に染めた男より、目を覆う程の赤の閃光が瞬く……それは彼の中でフツフツと煮え滾る灼眼しゃくがんである。

 限界まで目を見張り、わなわなと口元を震わせたジャンヌ・ダルクは萎縮する。


「全てはッ――神に仕組まれた運命とやらをねじ伏せる為にッ!! このオレが、俺の意志で覇道を行く為にッ!!」

「ご、傲慢ごうまん……獄魔、明けの明星、夜明けを告げる者……い、いやチガウ――」

「この“生”を、神なんざにくれてやらねぇ為に――ッッ!!」

「“終夜”……か……ッ」


 “明けの明星”として生きる事を強いられたルシル。決定付けられていた夜明けの星としての


「だからテメェに言っている――ッ!」

「ヒ…………ぅ……っ!!?」


 期待され、祝福され、羨望される。神によって約束された栄光の花道にさえも――


「神に任せたその生き方……」


 ――この男は叛逆はんぎゃくし、神の頬を殴り付けた。



「その全てがクダラネェッッ!!」



 すべては己が為に、

 ――己が“生”の為に、


   修羅の道を選んだのだ。

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