第450話 久遠の闘争、果たし合う願い


 腹に風穴を開けて曲がった左腕を垂らした死神は、残る右腕に大鎌を振りかざした。


「お前に殺されるその日を、いつも夢に見ていた」


 何もかも塗り潰さんとする深い暗黒は水流と入り混じり、エドワードを、そして大鎌をも取り込んだ漆黒のシルエットが冷酷を肥大させていく。

 そこに完成されるは――“死神の大鎌”


「数奇なものだなエドワード。俺も貴様に殺される夢に幾夜とうなされ続けた」


 無事な部分を見つける方が困難な程に切り刻まれた肉。矢じりの無数と突き立ったその全身よりおびただしい出血を流す巨漢は、震えるまぶたを押し上げながら日輪の赫灼かくしゃくを纏い、中段に溜め込んだ白銀の得物より放散する。

 そこに相成るは――“太陽のハルバード”


「行くぞエドワード、ここが我等の終着だ!」


 

 ――そこから繰り広げられた二人の男による闘争は、一言に凄惨に尽きた。


「コノ豚ァァァああッ!!!」

「不吉な死神めがァァァッ!」


 体をぶつけ合い、肉を切り合い、血を交わらす。既に両雄瀕死の状態でありながら、激しく絡み合う剣戟けんげきは一歩も譲り合わず、肉を切らせて骨を断ち合いながら、互いの持つ全力を吐き尽くす。

 闇が飛散し光が降り注ぐ、陰と陽のもつれ果たし合う光景は、終わりの無い永遠を眺めているかの様だ。


「フフ……ッ……フフ、フ」

「――ハッ……フッハ……ハ!」


 ……されど二人は笑う。痛みに悶え、今にも倒れ伏したい程に苦しかろうと、両者は執拗なまでに……

 何処か、じゃれ合うかの様に……


「はァァァァああ――ッッ!!!」

「うぅおおおおおおおおおおッ!!!」


 いつまでもいつまでも拮抗し……その生命力の続く限りに切りつけ合った。


 ……やがて、永き闘争にも終わりの時が来る。


「……これで、私の……はぁ、一勝一分けか……」

「俺の……一敗一分け……勝ち逃げはさせんぞエドワード」


 最期の時まで平行線を続けた二人の勇猛が、互いの得物の切っ先を宿敵の首元へと突き付け合った。


「続きはにて……」

「次は……もっとマシな見てくれに産まれる事でも願え“鎧を着た豚”よ」


 血を被る息も絶え絶えな両雄、互いの生殺与奪の権利を握り、僅かにでもどちらかの手元が動けばこの闘争は終わりを迎えるであろう。


「フッハ……不細工こいつのが良いのだ。こいつの方が武に集中出来る……!」


 目前に突き合わせた視線。先に動き出した方が命に刃物を刺し込まれるであろう。もしくは敵が自分を仕留めるよりも早く、その首を跳ね飛ばすしか無い。


「貴様の方こそ、次はもっとというのを理解出来る感性を持ち合わせるんだな、冷血なる“ブラックプリンス”よ」


 それも良いだろう……なにせ今、互いの得物の切っ先には宿敵のがぶら下がっているのだから。


かせ、虫ケラの意志など理解する必要は無い。救国に必要なのは、何処までも冷徹になりきれる“死神”なのだからな」


 放っておいても死に絶えるであろう二人の男は、それでも互いのプライドに賭け、


「さらばだ“豚”!!」

「もう夢に出て来るな“死神”!!」


 この闘争の決着を果たさんと同時に動き出した――


「フハッ!! フッハハハッ我等が闘争――!!」

「フフフフ、フッフフフ――永久にッ!!」


 ――――――


 光と闇の衝突に、周囲に爆発が巻き起こって景観を焼け野原に変えた。

 逆巻く陰陽消滅し、互いの兵は緩やかに浄化されていきながら、やがてその地に残ったのは――


 宿敵の命に得物を刺し込みあった――“豚”と“死神”の破顔し合ったままの死に顔だった。


 先程までの戦争の喧騒が夢であったかの様に、そこにはポツリと二人の男が横たわる……

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