第449話 天道よ、陛下の側へ昇れ


「あぁシャルル5世陛下……」


 指先一つ起き上がらない姿でゲクランは空を見上げる。そこにあったのは雲間より姿を覗かせた眩いであった。


決闘Duelの途中放棄、この瞬間の為に布陣されていた残党共」


 膝を付いた豪傑に、周囲より100の暗黒騎士が迫る地鳴り。先程屠ったロチアートの軍勢等とはまるで比べようも無い強靭なるツワモノ達。傷付き果てた今のゲクランでは、至る結末は一つしか無い。


「フハ……ハ……貴様らしいなエドワード」


 嫌味一つ匂わせず……おそらくは本当に、このゲクランという男はエドワードに対してそんな趣旨の思惑の一つも思い浮かべずに、いかにも彼戦術に微笑していった。


「“豚”よ……」


 心なしかバツの悪そうな面持ちを影に染めたエドワードは、飛び掛かっていく暗黒騎士団の後方にて傷にうめいた。


こころざしを曲げて貴様との決闘Duelを逃げ出した……しかして結果は我が軍の勝利となる」


 自由の効かなくなった左腕をだらりと下げて、エドワードは虚ろな視線をゲクランへと投じていく。


「……が、なんだこのびしさは」


 黒太子の心に去来する得も言えぬ“虚無感”。何よりも待ち望み続けた宿敵の破滅を目前に、エドワードは自らの心にズシリと重しが乗った様な感覚に囚われていた。


「なんだこの虚しさは……」


 未だ天を見上げるゲクランの手には、白日振り撒いたハルバードが握り締められている。


「不思議だ……貴様を殺す為だけに思いつく限りの卑劣を尽くし、この全力の元に手段も無く追い詰めて来たというのに……私は今、貴様がこの状況を打開する事を望んでいる」


 割れた兜を外してそこらに投げ捨てたエドワードが、熱き心を滾らせて宿敵を睨む。


「たとえ一人になろうとも、その全身を細切れにされようと……――我等が永遠の闘争が、蒼穹そうきゅうに昇るその前に……」


 余りにもを極めるその期待――奇しくも怨敵より寄せられた混じり気のない真心は、夢も希望もないこの戦場で叶う事などあり得ない。




   ――




「…………放て」


 エドワードは兵達にそう告げた。相反する期待をしながらも、彼はあくまで自身の持てる全力を持ってしてベルトラン・デュ・ゲクランという勇猛を叩きのめす事を選択する。そこに一抹の疑念さえもが浮かばぬ程に、あの時こうすればと死の床で思わぬ様に――“ブラックプリンス”は自らの持てる冷酷の全てを宿敵へと向けるのだ。


「――ぁ…………く……!!」


 放心したまま膝を着いたゲクランへと、無慈悲なるクロスボウの矢じりが突き立った。数十と及ぶその殺意は見事に悲願を遂げ、標的に致命的なダメージを残す。


「ァ……、か――、…………」


 空を向いたままの豪傑の手元より、ハルバードが滑り落ちていく。


「…………ァ……」


 ……だが、力の緩んだ彼の指先に、ハルバードのかぎが引っ掛かって地に落ちる事は無かった。

 まるで太陽が、まだ日暮れでは無いと告げているかの様に……


シャルル5世陛下は……言った……」


 心より信頼した仲間達の死骸に囲まれながら、ゲクランは朦朧もうろうとした思考で祖国のあるじを思った……狂気王と呼ばれたシャルル6世の父にあたる、心を繋ぎ合わせた無二のを――


「祖国に……闇が射したらば、お前が日輪となって……民の行末を照らせと…………」


 ブツブツと囁き始めた怨敵へと、エドワードは強烈なる赤の眼光を光らせる。


「ゲクラン……!」

いやしい……身分のこの俺に…………あろう事か、大元帥の称号を授けるその時……に」


 ――迫り行く暗黒騎士の猛威。やがてゲクランへと届き滅多刺しにするであろう闇の群れを目前に見ながら、エドワードは全身の骨と肉をギチギチと鳴らせ始めた豚の背中に気付く。


「…………っ!」

「たとえ王が居らねども……我等が祖国がここに無かろうと……」

「フフ……っ、フッフフフ……アッハハハハハッ!」

「俺は陛下の御心に応えたい」

「それでこそ……それでこそだ、ベルトラン・デュ・ゲクラン!!」

「遥かな地でも……日輪となりて」


 何処より鳴っているのかと、そんな事を想像したくもないもない物音を体より立て、豪傑は闇を照らす白日へと立ち上がり――



「『天道てんどう』――ッッッ!!!」



 ――煌めかしき天道に佇んだ。


「始末をつけようエドワード、この闘争に……」


 全身に矢じりを突き立てた姿で、切り刻まれた体より真っ赤に濡れる液を垂れた“豚”がそこに立ち上がると、爆散した白熱の限りに共鳴する様に、倒れ伏していた英霊達の僅かが立ち上がって暗黒騎士への反逆を始めた。

 蘇る不屈の騎士達を認め、エドワードはポカンと口を開いた後……嬉しそうに口角を歪ませる。


「……フフ、フフフフ……たかぶる、冷え切っていた私の心が、確かな熱を帯びるのを感じる……っ! やはりお前だゲクランよ、我が生涯の宿敵、この騎士道の果てはやはり――お前なのだよッ」


 ゲクランに導かれた不屈が共鳴し、天上の闇を弾き飛ばしていく。陰陽満ちて互いを打ち消していく波乱の中で――“豚”は歩み出した。


「構えい“死神”……フハッ……フッハハハ!」


 もう前が見えているのかさえもあやしいズタボロの姿で、ゲクランは重い体を引きずりながらエドワードへと迫る……


「『Angel of Death《死神の告げる天命》』」


 闇の雫に絡まれたシルエットに、赤き双眸そうぼうが滾る……

 闇ほとばしる大鎌を残された右腕に構え上げていった“死神”。彼もまた生涯の好敵手へと向かって、傷付き果てた体をズルズルと引きずりながら迫った。


「……フフフ」

「フハッハ……!」


 やがて“豚”と“死神”は向かい合う、背後に見える互いの幻影がしのぎを削る――!


 そこにあったのは、全てを呑み込まんとする深淵の海原と、全てを照らし出さんとする日輪の灼熱であった。

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