第448話 時代は繰り返す。残虐なる死の歴史を


「格好をつけるなよ、醜さが際立つ……!」

「フハッは……ぐ……フハッ! 好きに言え……だが今こそ俺は」


 その体で馬をなぎ倒した血みどろの豪傑は、瀕死となった魔物の喉元へとハルバードを刺し込んでいった。


「――太陽のように照り輝いておるだろうがッッ!!」

「“豚”が……死に体同然の様な状態でまだ粋がるか」


 エドワードの言う様に、ゲクランは今すぐに卒倒しても不思議じゃない程の傷を全身に刻み付けられていた。赤く濡れた全身は薄明に瞬き、そのまぶたは今すぐにも落ちてしまいそうである。


「まだだぁエドワード……我らの闘争、そして因縁は未だ決しておらん」


 それに対し、貫かれた腹を苦痛の表情で抑え、額を叩き割られた黒騎士はまだ動ける。


「なれば貴様の願い、今ここで遂げてやろうか……」


 ぬらりと歩み寄った死神が、焦点のボヤケたゲクランの視界には分裂して見えた。それが錯覚であったか現実か、ゲクランは次に息つく間も無い乱舞に打ちのめされる事になった――


「『朦朧もうろうたる死の円舞』――!!」

「くァ――ッ……!!」


 突如と現れた幻影、舞う様に大鎌を振るう“死神”――遠心力が遠心力を呼び、過激に“豚”の肉を裂いていく。


「貴様の肉と皮膚を全て削ぎ落とせば、今よりは多少マシな見てくれとなるだろう」

「ぎぁ……ぁぐ――ッ!!」


 満足に足元も動かなくなったゲクランに対し、ブラックプリンスの円舞は何処までも苛烈となって敵を襲い続けた。闇夜に飛び遊ぶ赤き鮮血――


「ふぅう…………!」

「くたばれけだもの


 ――だがしかし、死神の冷酷に後退を余儀無くされ続けたゲクランが、思いもよらずに強引に一歩踏み出して来たのにエドワードは虚を突かれた。


「貴様、まだ……っ」

「エドワードッッ!!!」


 伸びて来た太い腕が黒騎士の兜へと迫る――


「その腕、落としてくれる!」


 ――一閃された黒の煌めき……


「――っ!!」


 ……だがゲクランの屈強なる骨の断裂が叶わず、大鎌は刃を骨まで至らせた姿で宙ぶらりんとなっていた――


「掴まえたぞ……!!」


 ――舌舐めずりをした豚が見えた後、急激な浮遊感がエドワード支配する……

 巨大な掌に視界を覆われたエドワードは、己の額がゲクランに掴まれたまま振り回されている事を自覚する。


「――ゼェェエエエエアッ!!」

「ヵ――は……っ!!」


 重い鎧を纏った一人の人間を、傷付いた片腕でブンブンと振り回した挙げ句に地に叩き付ける。

 咄嗟に受け身を取った黒太子であったが、深刻なダメージを負って吐血した――


「まだまだァァッ!!」


 燃え上がる執念にワシ掴んだままのエドワードを何度も何度も地に叩き付け、しまいには宙に蹴り上げた豪傑。そして空を何回転もしながら墜落してくるボロ雑巾に、中段に溜めたハルバードの一撃を狙い澄ます――


「貴様の栄光、ココに摘み取る――ッ!!」


 トドメの一撃が解き放たれる刹那――砕き割れた黒い兜より、灼熱の赤き眼光が瞬いた。


「ナメるなよ“豚”――ッッ!!」


 高貴なるブラックプリンスらしからぬ怒号……そこに宿る白熱する憤怒に気付いたゲクランが眉根をしかめた。


「貴様の伸び代が私へと迫る事は分かった! しかしなればこそ、今ここで貴様の首を狩り取る!」

「ほぉお」

「――是非も無くッ!!」


 鮮血噴き上げる互いにギリギリの状態――譲り合う事の無い両者の気迫がバチバチと混ざり合う。

 

「応よ、なんでも来いヤァッ!!」


 空より降って来るエドワードへと、ゲクランが構わずハルバードを突き出そうとしたその時――


 ――――パチン。


「ハ――――……」


 エドワードの指の鳴ったその後、ゲクランは闇の底に沈んでいたかの様な森閑しんかんから周囲の喧騒を取り戻していた――

 

 そして目前に、逆さになったエドワードの眼光が突き合う――


「私をさげすむか? ……ゲクラン」

「か……『火輪かりん熱裂ねつざき』――ッ!!」


 そのプライド、その騎士道をかなぐり捨てた目前の男に驚嘆としながらも、豪傑は煌めきの刺突をエドワードへと突き出していた。


「だが許せ。誓いでは無くこそが私の騎士道なのだ」

「……、――ッ!!」


 顔面へと迫り来たハルバードを左腕を犠牲にしながら振り払う事で僅かに逸らせたエドワードが、左の耳を吹き飛ばされながら必殺をやり過ごしていた。肉と骨の飛び出した左腕はもはや使い物にならないであろう。


 ――しかし今この瞬間、喉元へと刃を突き付けられたのは正にゲクランの方であった。


「『深泥みどろ』……」


 足元の闇へと溶けていったエドワード。残されたゲクランは標的を仕留め損ねた事実に強い歯噛みをすると共に、周囲を包囲した暗黒の騎士共の唸り声を聞く――


「『白銀の騎士団ファントム・ナイツ』よ……届かなんだか」


 闇立ち消え、戻る景観。そこにあったのは残り百幾らかまで数を減らしたエドワードの『暗黒騎士団ブラック・ナイツ』と、一人残らず殲滅せんめつされ、地に横たわったゲクランの『白銀の騎士団ファントム・ナイツ』、その1000の死屍累々ししるいるいであった。


 震えた膝が限界を告げて、ゲクランはハルバードを手にしたまま天を仰いだ……

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