第446話 冥府に触れた男達
*
「ぬぅっ!!」
「どうした“豚”よ、まるで防ぎ切れていないぞ」
エドワードの展開した暗黒の最中で、白く照り輝いたゲクランが血を飛散させていた。
「貴様の
「エドワード……」
「その肉袋。引き裂けるのはいつだ……?」
濃密な闇の中で、全身に受けた切り傷よりゲクランの足元に血溜まりが形成されている。
「『黒沼の衝動』」
「ファァァッ!!!」
闇夜より放たれた次元を引き裂く斬撃を、豪傑は瞬くハルバードに絡め取って弾く。
……だが彼のすぐ背後より、闇より荒々しい息吹が現れる。
「この馬がっ厄介極まり無いのだ――ッ!!」
「『黒沼の鎌』――!」
彼等の周囲にひしめいた闇の水面……外界との隔絶を叶える暗い海原の中より、何時の間にやら最高速度にまで加速を終えた騎乗からの一撃が豪傑を襲う――
「ヌゥぅああ……っあがぁッ!!」
「……またいなしたか。フフフ、野生の嗅覚や恐るべき」
馬の速度を足して切り放たれる大鎌の一撃は、黒の煌めきを見つけた頃には標的に接触を果たしている。それ程までに速い斬撃が四方八方何処の暗黒より突如としてゲクランを襲い続けていた。
「行かせぬぞ『
「それでは遅い……」
猛烈に突き出されたハルバードが白の軌道を闇に走らせ後に発火するが、黒騎士の姿は既に黒馬と共に暗黒に立ち消えている。
「防いでいる筈であるのに実害が及ぶ……この攻撃は一体どういう訳か?」
黒馬からの一撃をギリギリ防ぎ切っている様に思われたゲクランであったが、彼の肩口からは先程の激突による新たなる傷が出来上がっていた……
すると暗黒より彼を
「防ぐだけで手一杯か、まるで攻撃に転じる余裕など無さそうだ」
暗黒に余韻を残す正体の分からぬ未知の攻撃。その全貌を未だ掴めないでいるゲクランは、ゆっくりと切り刻まれていくのを待つばかりである。
「フハッ、そう急くなよブラックプリンス。よもや貴様との
だがしかし、未だ不敵な闘志を燃え上がらせるゲクラン。闘いだけが生き甲斐と言わんばかりの豪快な笑みの右方より――闇は忍び寄る。
「そうか、ならば喜び勇んだまま沈め。この暗黒の海原へ」
エドワードの開いた闇のゲート。そこへと放たれた漆黒の大鎌の一振りより、ひたすらに黒いばかりの水流が放射状となってゲクランに覆い被さった。
「フゥぅう……!!」
「避けぬのか豚……フフフフ」
新たにゲクランの正面に開いた暗黒のモヤより、駆ける黒馬と冷酷の死神が鎌を光らせる。
「フハッ……フハッハハハハ!!」
「フフフフ……フッフフフ、何がおかしいのかこの
絡まれた暗黒の雫がゲクランの身を
何か大胆な策でもあるのか、それを避けるでもなく正面に迫る黒太子に集中し続けるゲクランに、遂にと大鎌の振り払いが肉薄した――
「『
「ほう――」
「目眩まし……それだけでは無いな」
「御名答だ黒騎士よ!!」
突如と爆ぜた閃光の如き発光に視界を眩ませたであろうエドワードが、剥ぎ取られた闇と共に、白日に照射された全身より発火する。
「これは避けられぬであろうがっ!!」
己
しかし――!
「貴様……端から瞳を瞑って……!?」
「太陽の光がチクチクと目に痛むのでな」
切迫するエドワードに見るは、割れた兜より覗いた
渾身の光の一閃が大鎌に捉われ、今に燃えカスと変じてしまいそうな両者が額を合わせる――
「こんの狐めがっ! 闇を広げたその時より既に視覚を切り離しておったとは!」
「白日に照らされた世界よりも、私には
「なればこのままァッ――ヘェエエエエアアアア!!」
「そうだ、醜く足掻け……“豚”のように!」
策を破られて尚、強引にハルバードを突き出したゲクラン。しかして大鎌の切っ先に受け止められ……
「つ……ゥ……!」
――その直後、触れもしない筈の斬撃で頬を切り開かれていた――
血の花の咲いた顔面を抑え、ゲクランは過ぎ去った黒馬に振り返る。
「他愛の無い火遊び……フランスの英雄とはこの程度のものであったか」
「……っ!」
そこには既にエドワードの姿は無く、次の瞬間にまるで違う地点にて姿を現したかと思うと、大鎌より噴出した暗黒の水流で鎮火を終えていた。
苦しみ悶える黒馬の後に、闇に
「わが愛馬を火葬するのはまだ早い……」
「……フンァ――ッ!!」
ハルバードを半月に振り放った事で起こった風圧――それにて全身の炎を消し飛ばしたゲクランは、ほとんど無傷のエドワードとは対象的な姿で息を荒らげた。
「苦しいならそうと……獣の様に鳴いてみせろ」
「フフッハ……フッハハハハハ!!!」
「……?」
ハルバードを足元に突き立てて、ゲクランはやはり笑い出す。何が彼をそうさせるのか、愉悦に歪み切った表情が血に濡れていく……
「
「……」
「その面妖の正体……深い闇に紛れ、照らし出さねば気付かなんだ」
「防いでも刃の切り込んでくる私の攻撃の実態を理解したと?」
「そうだと言っている。貴様と違い、この
膝に手を付いて息を荒ぶった豪傑は、失血に震え始めた
「貴様の“死神の鎌”は実体と共に
「フフ……」
「数多の霊魂を使役する冥府に触れた貴様ならではの芸当であるなぁ……実体の方はこのハルバードで防げても、実体の無い霊界からの斬撃は防げぬ筈だぁ」
「分かったとてどうする。冥府の騎士共――貴様の『
薄く瞳を歪ませ始めたエドワードであったが、ゲクランは次に大きく背を仰け反ってゴキンと骨を鳴らすと、“逆境”に燃え盛る灼熱のオーラを全身より立ち上らせていった。
「
「ん……?」
「俺は常に“逆境”の中で超え難き壁を打ち破って来た」
クスクスと笑い始めたゲクランが、顎を上げてエドワードを指し示す――
「貴様に出来て、俺に出来ぬ筈が無い」
「……」
「同じく冥府に触れたこの俺ならば……」
眉を八の字にしながら自らを
「たった今目撃した私の技を、貴様程度が真似られると……?」
「フハッッ!! フゥハッッハッハハハハハ!!!」
あくまで豪胆にあり続ける“豚”は、強く笑い出す度に頬より血を噴き出していた。
「いざ……!」
ハルバードを手に、豪傑は獣の顔へと変貌していった。
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