第444話 進撃する“極魔”


 荒れ狂う岩場、飛び交う瓦礫に揺れる大地、降り注ぐ雷雨と頭上からの石塊。

 神の怒りの如き超常的景観を前に、臆する事をしない“極魔”は歩む――


「無策でそんな暴挙に出ていると言うのなら……哀れなのは貴方の方ですよ終夜鴉紋」

「無策に決まってんだろ……俺はいま、目の前のいけすかねぇ女に向かって歩いてるだけだ」

「……神の偉大さを焼き付けて差し上げましょう」


 大地に走る亀裂――震撼する大地に割れた地盤が、踏み出した鴉紋の左足を挟み込んで押し潰していく――


「……神の力ってのは、俺の足を挟んで動けなくする事なのかよ」


 静かに視線を下ろした鴉紋……

 そして黒く変化した鴉紋の足が、硬い地盤を豪快に蹴り破っていったのをジャンヌは認めた。


「チンケだつってんだろ」

「地盤を破壊した位で何を勝ち誇っているのですか、いひひ」


 乱れた大地を確かに踏み締め、鴉紋は更にとジャンヌに近付いていく。


「止めてみせろよ。神の御力とやらで、この俺の歩みを……!」

「言われなくとも、すぐに天災が貴方をすり潰しますよ」


 鴉紋へと吹き荒れる向かい風の突風。それは標的の黒い髪を巻き上げるのみならず、嵐の様な瓦礫を連れて、頭上からの落石を引き起こした。

 巨岩沈み込み積み上がる石塊、吹き荒れる突風が豪雨となって鴉紋の姿を包み隠した。


「いっひひひ、どうしたのですか終夜鴉紋! 主の天罰はこんなものでは――」


 ――次の瞬間、山と積み上がった瓦礫が水飛沫を上げて暗黒に打ち上げられていったのをジャンヌは見る。


「石を投げたり水をブッかけたりよぉ……」

「っ! ……へぇ、やりますね、ですがまだまだ……」


 突如と壊滅した足場――奈落へ落ちていった鴉紋に追い打ちを掛けるように、曇天からの落雷が強烈に明滅して穴の底へと落ちていった。


「いっっひひひひ!! これなら流石の貴方も無事では済まないでしょうッ」

「――ここに居もしやがらねぇ奴の手品で強がってどうんすんだ」

「ハ…………!?」


 深い深い奈落の底より、天を突き上げる十二の暗黒が爆ぜてジャンヌを威圧していった。

 そうして闇よりゆったりと舞い上がって来た魔を認めた少女は、空にとぐろを巻いていく漆黒の螺旋に顔を強張らせる。


「来ると分かってれば耐えられんだよ」

「ぁ……ッ――『神の威光』!!!」


 長く変化した超大なる光の御旗が、神聖の光を振り撒きながら鴉紋を叩き落とす。

 高く上った衝撃の白煙に眩い光が降り注ぐ。


「……!」


 ――しかし、硬く握り込んだその手元に確かなる感覚を覚えたジャンヌ。狼狽ろうばいした少女の白い肌に、冷たい汗の一筋が垂れていくのが見えた。


「なんだ……オマエ…………?」


 白煙晴れ渡った光景に、肩に神聖の御旗を受けたままの悪魔が映る。


「今更退けねぇよなぁクソ女……テメェは神を謳ったんだ」

「確か、に……確かに主の御光が奴をむしばんで居る筈だ……」


 痛撃なる衝撃を引き起こしている御旗を肩に乗せたまま、鴉紋は挑発するかの様にジャンヌへと一歩一歩と踏み込んでいく。

 “神の使徒”として神聖をあらわにしている立場上、その場を一歩も退く事が出来ないジャンヌ・ダルクは状況を逆手に取られ、手元にゴリゴリと伝わって来る怨敵の摩擦をただ感じ続けている事しか出来ない。


「さぁ止めてみせろよジャンヌ・ダルク……テメェの信じる神の御力とやらで」

「来るな……っそれ以上」

「何を怖気付いていやがる、祈るんだろこういう時は……あ?」

「ぅ…………」

「早く祈れよ、心を込めてお願いしろ、神に愛されているんだろ、神聖は絶対なんだろう? 神に頼めよ、どうにかして下さいって」

「黙りなさい……これ以上神を愚弄ぐろうするのは!」


 激情の相を見せたジャンヌ。彼女は燦然さんぜんとした神聖の旗を空へと振り上げると、渾身の祈りを捧げて何度も何度も鴉紋を打ち付けた――

 張り裂ける様な天災がなだれ込み“魔”を叩き付ける轟音が赤目達を驚愕とさせていく。


「はぁ、はぁ……ッこれでどうですか!!」


 もはや原型も無くなった地点に振り落とされた神聖――舞い荒ぶ光の雪景色が地に消えていくと、


「ぁ――――」

「テメェが信じて来たものの馬鹿らしさを教えてやる」


 ――やはりそこには、神聖を受け止めた黒き魔王が佇んでいた。


「か……っ神…………っ?」

 

 歩み寄って来る悪魔の放つ陰惨なるプレッシャーに、遂にジャンヌは一歩後退った。

 それは神へと捧ぐ絶対的信仰のひずみを意味している……


「……主よっ」


 それでも現実を受け止められないでいる少女の前に、白き煙を吐きつける悪鬼が佇んだ。


「もし私が恩寵おんちょうを受けていないなら、神がそれを与えてくださいますように、もし私が恩寵を受けているならば、神がいつまでも私をそのままの状態にしてくださいますように……っ」


 冷えた汗を噴き出したまま、信仰を確かめるかの様に必死に祈りを捧げ付けるジャンヌ・ダルク……

 そのすぐ頭上より見下されている鴉紋の恐ろしき眼光――


「――ぁ…………」


 それに射竦められながら思わず視線を外していったジャンヌは、脈打つ拍動に頬を赤く紅潮させていった……


「もし私が神の恩寵を受けていないとわかったなら――ぁッ」

「テメェには神がついているんだろう?」

「――ヒっ……ァ……ぐぁ!!」


 打ち付けるような豪雨降り注ぐ中、御旗を片手に抑え付けられ、首元を直接ワシ掴まれた神の御子……。


「俺がこの首をへし折る可能性は何%だ」

「――ァ、――ァ……ッ」

が良いんだろうお前、どんな不可能も可能にする、それが神の力なんだろう?」

「コ――……は……ァが……っ」


 黒き手に締め付けられていく首にパクパクと口元を喘がせながら、少女は真っ赤になった顔で天空を見上げた――


「――わたし……は、この世でもっとも……あわれな……人間で、しょうから…………」


 祈りの最後の一節を辿々たどたどしく唱え、ジャンヌの目尻より血の涙が垂れた……


 やがて




 ――――――べぎゃ!!




 ……と、骨を握り潰した軋んだ物音が周囲に響き渡った。


「永遠に祈っていやがれ」

「………………」


 光の御旗を落とし、両の掌を組んだ姿で、ジャンヌは無様に地に投げ捨てられた。

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