第443話 咬み殺す


 ジャンヌの貼り付けたような笑みに亀裂が走る。


「今……なんと?」

「くだらねぇと言ったんだ」


 超常的なジャンヌの力に怯え竦んだ赤目達を背後に、鴉紋は一人あざける様な顔をしながら首を鳴らす。


「私の話し……この能力の正体を……しっかりと聞いていたんですか?」

「聞いてたよ、テメェが神頼りの……あぁ何つったっけこういうの、えぇと……他力本願? そう、他力本願で“奇跡”とやらを待ち詫びるだけの情けのねぇ女だって話しだろうが」

「……っ……全て聞いていて、導き出された結論がそれですか?」


 いかなる苦境でも涼し気な表情を続けたジャンヌ・ダルクが一変、“主”の御力をと吐き捨てられて目尻を吊り上げ始めた。


「なんでもかんでも神にすがる奴等はごまんと見てきたがよ……てめぇは一級品だなクソ女。くだらねぇ偶像に取り憑かれ、もう手の施しようがまるでねぇ」

「私を……主を愚弄して……っ?」

「テメェは神から死ねと御告げがあれば、一も二もなくその通りにするんだろう? なぁそうだよな? ……ここまでそうやって生きて来た貴様が、俺には哀れに思えるぜ」

「頭が悪いにも……程がありませんか終夜鴉紋……!」


 辿々たどたどしい口調に憤怒を覗かせたジャンヌ。少女が勢い良く光の御旗を地に突き立てると、ガラガラと地が割れて嵐が荒び、突如と差した暗雲より雷が降り注ぎ始めた。


「理解にも及びませんか……! 貴方の率いた配下の方が、王よりもずっと利口らしいですね!」


 天災襲い来る怒涛に呑まれ、震え上がった赤目の群れが鴉紋の背に泣き言を言う。


「あ~あ~怒ってら……」

「あ、鴉紋様、本当にジャンヌ・ダルクの能力が分かっているのですか?!」

「あの女はこの世の全てのを思いのままに操れるのです、それが何を意味するか……っ」

「なにビビってんだよお前ら」

「だ、だって鴉紋様!」

「みんなの言う通りだよ鴉紋」


 炎の大翼を開き天災に抗うセイルが、眉根を下げながら弱気な表情を見せている。


「あの女はこの地球上で起こるありとあらゆる“可能性”を意のままに操るんだよ? 万に一つしか無い確率も、全部ジャンヌの都合の良い様に巻き起こされちゃうんだ、それがどういう意味か……!」

「……」


 セイルの背に続く様にして、彼等は懇願する様に鴉紋を見つめ続けた。


「……はぁ、お前らなぁ」


 集中する仲間の意向を背に、鴉紋は真一文字に縛った口元より溜息を吐いた。


「だって鴉紋!」

「神とやらの存在に、お前達は本能的な畏怖を覚える様に創り上げられている」

「え……?」

「それは反乱を恐れたボケ親父による、全ての生命に打ち込まれたくさびだ」

「もう一人の鴉紋……ルシルなの?」


 燃え盛る様な赤目の滾る鴉紋の相貌に、セイルだけはもう一つの存在が姿を現している事に気付いた。


「まぁ仕方がねぇか……だがまぁ、神なんつーのはそんな臆病なをかける程度の他愛もねぇ奴だ……雁首がんくび揃えて畏れる程のもんでもねぇと、俺が今から証明してやる」

「証明……? 証明って何を……」


 ――入り乱れる災厄の中へと、鴉紋はおもむろに歩み出していった。


「ちょっと……! 鴉紋、何してるの!?」


 強く狼狽うろたえたセイルと共に、赤目達は恐々と災害に踏み出していく王の背中を眺める。


「なにって……神殺す咬み殺すんだよ」


 暗黒の翼十二空に這い、渦巻く天変地異へと踏み込む。目指すは神聖振り撒く御旗の元……そこに立ち尽くした“神の使徒”。


「神を軽んじたその大罪……身を持って……」


 怒れるジャンヌが、鴉紋の無謀にまた笑みを溢し始めた。

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