第439話 メルヘン思想


「私がその天災の様な技を避けたと? 違いますよ終夜鴉紋、私は何もしていません」


 黒き悪風坂巻きながら、空へと十二の邪悪が滾る地獄の光景を背に、爆心地と化した丸焦げの岩場より、輝きを帯びた一人の少女が光の御旗を上らせる。


「単にの話しとは思わないのですか?」

「確率だと、このガキが」

「そうかも知れないじゃないですか。だって貴方の雷は天より降り注ぐのですよ? ちょっとした気候や湿度、地形や風の有無の一つで落下地点は変動するでしょう? それとも百発百中針の目にも通せるだけの精密さがあるのですか?」

「ふざけてんじゃねぇぞ、適当な事ばかりかしやがって!」

「適当……? 違います、それも間違っています。どれ程天文学的な確率であったとしても、“0”で無ければそれはという事です」

「は? 突き抜けに楽観的な女だな……じゃあテメェはその天文学的確率とやらに恵まれて俺の『黒雷こくらい』を二度もやり過ごしたという訳だ」


 掴み所の無いフワフワとした解答に歯軋りを立てた鴉紋は、その恐ろしい右の赤目でジャンヌを睨み据えたまま、バキリと拳の音を立てる――


「テメェは俺の雷を避けたと……偶然あらゆる可能性に味方されたのだと、そう言ってんのか……」


 苛立った鴉紋の竦み上がるしか無い威圧を前にしながら、年端も行かぬ少女は口角を吊り上げて鋭い八重歯を見せていた。


。だって私、


 混じり気の無い真っ直ぐな視線に、たじろいだのは鴉紋の方であった。


「て、テメェ……本気でそんな事っ」


 純真無垢を思わせるけがれのない桃色の瞳を見返すが、相対する恐怖の権化を前にしてもジャンヌの瞳が揺れる事はやはり無かった。


「……チッ……もういい、ぁぁクソ! また訳の分からねぇ狂信者が相手か」


 常軌を逸した信仰心をジャンヌ・ダルクに認めた鴉紋は、もはや修正不可能な彼女の思想より焦点を外し。

 ――暴力で全てを終わらせる事にした。


「俺の前で好き勝手にメルヘン語ってくれた落とし前……付けてくれんだろうな」

「メルヘン……?」


 おそらく言葉の意味が分からないのであろう……小首を傾げて唇を尖らせるジャンヌへと、鴉紋は容赦情けの無い激烈な眼光を送る――


「メルヘンって? 私そんな話ししました?」

「ケッ、死ぬまでやってろクソ女!」


 敵意も侮蔑も何処吹く風のジャンヌを叩きのめす為に、鴉紋は自らの頭上に極太の稲光を呼び寄せる――


「『黒の執行者ミネルヴァ』――!」


 右、左と順に振り上げた鴉紋の拳が、強烈なる雷光を轟音と共に殴り付ける――そして体現される黒き雷電の纏う黒腕。


「その生白い肌、グズグズに焼けただれさせてやるよ!」


 細かく爆ぜる雷轟と、焦げ臭い超自然的なエネルギーを構え、鴉紋の背で十二の暗黒が爆裂した――!


「すぐに殺してやるッ!!」


 目にも留まらぬ十二の翼の推進力。それは風を切って音を貫く光の速度に差し迫っていた――

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