第438話 生命の階層
*
――場面変わり、時を同じくして……
鴉紋率いる西軍の残党――セイルと数百程度の兵と魔物は、傷付いた体にムチ打ってエドワード率いる西軍の加勢へと向かっていた。
「ぁ…………――っ」
「え、鴉紋? どうしたの鴉紋!」
黒き雷の翼しならせ前を駆けていた鴉紋が、突如として空を仰ぎながら地に膝を着いていた。
「何か感じたの? 次は一体何があったって言うの、もうたくさんだよ!」
点になった視線を空に投げ、目尻から涙を垂らし始めた鴉紋に気付き、セイルは彼が遠い地で起きた悲劇を実感しているのを感じた。
「クレイ…………ス、お前まで……嘘だ嘘だそんな……」
「そんなクレイスまで、そうなの鴉紋」
「なんでだよ、どうして……死ぬなって言っただろうが」
「じゃあ、フロンスも……?」
「わからない……だが、兵と魔物のほとんどの
ルシルと同化した事で離れた地点に居る仲間達の“気”をおぼろげに感じる事が出来る様になっていた鴉紋は、東軍の実質的崩壊をその肌に感じていた。
息を呑んだセイル――シクスと赤目の仲間達のほとんどの命を失った西軍の失態に続き、東の地でもまた悲惨な結末となってしまったらしい。
「なんで死ぬんだ、俺はお前達に生きていて欲しかったから……うぅ、うァァァっ」
正気を失くしそうなまでの様相で、空に
「お前達が平和に暮らせる世界を作りたかったから……っ、だから俺は、なのに、なのにお前達が死んだら! ……ぁあ、ぁぁああぁ!!」
「鴉紋……」
王へと掛ける言葉を失った赤目達……北軍の激戦を側に感じる岩場にて、彼等は項垂れていった鴉紋を静かに見守る事しか出来なかった。
しかしそこに――――
「それが戦争というものです、終夜鴉紋」
「……っ!!」
何も存在しなかった筈の無機質な風景の中心に、突如光の御旗を携えた少女が立ち尽くしていた。
「敵に強いるのだから仲間にも強いられる……闘争とは互いの守りたいものがぶつかり合って成立するのです」
「え……ちょ、ちょっと待ってよ、なんでアナタがここに?!」
「自らを悪だと思っている人間などこの世に居ません。つまりこの世の闘争は正義と正義が衝突しているに過ぎず、どちらが正しくどちらが間違っているかなどとは断じ難い……なのに何故貴方は一方的に押し付けられると? 私達にもまた守りたいものがあるのです。譲れぬものが、正義があるのに」
「正義……だと」
淡々と開かれ続けるジャンヌ・ダルクの薄い唇に、鴉紋は怨嗟を込めた眼差しを……セイルはこの手で確かに焼き払った筈の女が堂々そこに存在する奇妙に肩を竦ませる。
「さんざ好き勝手に赤目達を喰い荒らしたお前らが……この俺が蘇っても尚、捕食者の地位に縋り付くか」
「仕方がありませんよ
「俺はそれをブチ壊しに来たんだ……」
知ってか知らずか、どうやら鴉紋の逆鱗に触れてしまったジャンヌ……不敵に薄ら笑いを浮かべた“奇跡の少女”へと、怒涛の暴力の波動が纏わり付いて鴉紋の背の暗黒が噴出する。
「それは勝手ですね終夜鴉紋。貴方の居た世界に置き換えるならば、これは生命の階層の頂点に位置する人類に、豚や牛などの家畜類が反旗を
黒き邪悪の風に晒されるまま、しかしてジャンヌは語る。殺意と凄惨のオーラに包囲されようと、その身の光明を信じて疑わぬまま、闇を噴き上げる悪魔へと対峙する。
「貴方はかつて
「同情……?」
「感謝をして慈しみこそすれど、その手を差し伸べて解放してやろうなどとは思わなかったのでは無いでしょうか……何故ならばそんな事をする必要など僅かにも無いのだから。貴方の頂点と平和の地位は確立されていた。故に疑念も持たずに平和を
「……」
「貴方は“家畜の王”だ終夜鴉紋。自我を持ってしまった家畜の……」
ふざけた面持ちを辞めて真顔になったジャンヌ・ダルク。彼女の語ったこの世の
「さぁ答えて下さい終夜鴉紋。貴方の巻き起こす
少女の作り出した神妙なる空気感、指し示された指先……緊迫した気配が問い掛けられた王の声を待つ。
そうしてジャンヌ・ダルクの額に灯る薄桃色のオーラが滾った――
「さぁ!」
張り詰めた雰囲気、静まり返った闘争の場。問い掛けられるは人類を破滅へと導くその信念……
「鴉紋……」
「鴉紋様は、一体何と……」
急かされる解答――この後の戦況と仲間の士気にまで影響を及ぼす究極たるその問答に、
――鴉紋が答えたのは一言……
「ごちゃごちゃうるせぇ」
――である。
「『
「……いひっひひ!!!」
空にかざした黒き剛腕に白きサークルが起こって爆ぜる。そしてその
爆散した地形に紫電が走る。そうして強く憤激した鴉紋は強烈に剥き出した牙で怒りを口にする……
「一体なんべんテメェらに言わなきゃならねぇんだ!! 俺はこの心に従って突き動いてるだけだッ何が正しくて何が間違ってるかなんて考えた事もねぇ!!」
――そんなエゴイストの怒号の後、突き落ちた落雷地点の炎より少女の声が上がる。
「いひひひ、やはりこれでは駄目ですか……少しは葛藤して拳を緩めてくれると思ったのですが」
「……クソ女、なんで俺の『黒雷』がテメェを
輝かしいまでに汚れの一つない姿で、陥没した地より歩み出て来たジャンヌ・ダルク。その
「やっぱりおかしい……何かおかしいよあの女、ねぇ鴉紋!」
ジャンヌ・ダルクは鴉紋の問いに答える事も無く、涼し気な様子で
「
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