第432話 陰陽の宿命
「フッハッハハ……吐かせエドワード」
両者激突する間合いになりながら、ゲクランは大鎌を構えたエドワードに失笑を送る――
「貴様が
「フフ……」
ハルバードを構えたゲクランに向かい、四方からクロスボウの矢じりが彼を襲う。
「流石だ豚……野生の嗅覚という奴か?」
「いつも貴様の事を考え、恋い焦がれていたからな……まさかこうしてまた相見えるとは思わなんだが!」
降り注ぐ鉄片の鋭利の雨を、ゲクランは周囲に風圧を起こす程に振り乱したハルバードで叩き落としていった。
――そしてブラックプリンスは、ズブンと足元の闇に沈んで姿を
「貴様のやりそうな騙し討ちだ、見え透いている……」
「私のやり方は、土地を、兵を、武具を、あらゆる策略を、敵を抹殺するという目的の為に手段も容赦も無く決行する」
「それも知っている……」
やや離れた地点に闇より現れたエドワードは、赤目の黒馬に跨って大鎌を肩に担ぎ上げた。そして続々と寄り集まって来た伏兵が、黒騎士の号令の元に瞬く間に“モードアングレ”の陣形を構える。
「フヘッ……フヘッフヘッ……!」
「聞くに堪えない鳴き声だ……」
ほとんど数を減らしていないロチアートの兵500と100の魔物――殺意渦巻く軍勢と最強の布陣に相対するは、ハルバードを構えたたった一人の男……しかし彼は怖じける事も無く、その口元にヨダレを垂らして瞳を弓形にしていくばかり。
「逆境だぁ……これは……逆境だ、あへっへへへ」
「放て――」
あれ程待ち望んでいたにも関わらず、何の迷いも見せずに告げられた殺害の指令――
エドワードから見て両端に突き出した弓隊より、古にして徹底と命を狩り取る冷たい鉄の矢じりが一斉に繰り出されて来た――
「……それが
「……!」
――ピタリと笑うのを辞めて深く腰を屈めていったゲクラン。煌めくハルバードを中段に構えたまま、逃げ場も残されていない高速の無慈悲が彼を包囲する――
「――ッッケェェエエエあああぁああああッ!!!」
怒号を上げたゲクランの振り抜いた巨大なハルバード。それは轟音を立てながら周囲に振り乱され、白き発光の道筋を残した強烈な波動で、矢じりの全てを叩き折ってしまっていた――!
「
「……」
仰天する赤目達など意に介さず、ゲクランはハルバードを前へと突き出したまま前方へと繰り出していた。
「貴様も
敵陣目の前にして猛烈怒涛と前へと踏み出すゲクランの背後に、巨大な猪の幻影が姿を現して風を切り裂いた。
エドワードが弓隊に指示を出すと、先程矢じりを繰り出した前衛と入れ替わる様にして第ニ射隊の準備が整った。
「敵軍目掛けて孤軍で突撃、豚か猪か……いいや、どちらも同じ様なものか」
――そして再び放たれた矢じりの雨、更にエドワードはゲクランの駆けるなだらかな大地に無数の闇の黒点を配置していった。闇の全貌は未だ見えぬが、その“闇の水溜り”に一歩でも足を踏み入れれば標的が無事で済まないという予感がある。
「何時まで猫を被っているエドワード! その様な付け焼き刃の兵で、本当に俺に傷を付けられるとでも思うのか!」
不敵に笑う黒騎士が眺めるは、黒点を避けて大股で大地を駆ける大胆なる豪傑のプレッシャー。降り注いだ矢じりの嵐も、彼の手足の様に自在に振るわれる光の軌道に全て叩き伏せられる。
闇の地点を抜けて陣へと差し迫ったゲクランは、その迫力に気圧されそうになった敵兵を叱り付けた。
「何をモタモタしているッ!! ここを抜けられたら間髪も入れず重装歩兵で突撃するのだろう、敵に息をつかせるな!!」
「うぁああ……っ!」
「アァアああーー!!」
動揺で忘れ掛けていた行動を敵将によって思い起こさせられたロチアート達は、魔物と一緒になってゲクランへと雪崩込んでいく。
バサバサと斬り伏せ、叩き伏せられていった兵達が空に打ち上げられていく光景――その中心点となっている勇猛なる男を静かに見下ろしたエドワードは、担ぎ上げていた大鎌をダラリと下げて刃を煌めかせる。
「クロスボウの装填には時間が掛かる……だからといってその最中に陣へと潜り込んで壊滅を目論むなど、何処ぞの馬鹿か獣の思考だ」
もつれ始めた人流の最後方より、ブルルと鳴いた黒馬の上でエドワードは大鎌の切っ先を“豚”へと向ける――
「『黒沼の衝動』……しかし、貴様にはそれを叶えてしまうだけの力がある」
塊となって詰め寄る赤目の大河が、流れに逆らう一匹の獣に弾き飛ばされていく。
「一人……! 敵はたった一人なんだぞ!!?」
「止まらない筈が無いんだ、たった一人の人間に……この数の兵が正面から激突して!」
「フゥッハァ!! 修羅場も潜っていない雑兵など、取るに足らぬ
呆気に取られるしか無いまでの“個”の戦闘力は、あらゆる自然の力さえも跳ね除けて自らの獣道を形成する……
「なんだよぉ、こいつは……」
驚愕としたロチアート達が連想したのは、自ら達の大河を
「ムリだ、無理なのかっ? 俺達が束になっても……っ」
空に飛散していく生命の水飛沫を力無く見上げ、彼等は代え難い“現象”を受容せざるを得なかった。
「え――――」
――だがその瞬間、得体の知れぬもう一つの“現象”が、大河の中心を切り裂いてゲクランへと襲い掛かった。
「フン――ッッ!!!」
縦に振り抜かれた漆黒の大鎌の斬撃が、兵を切り分けてゲクランのハルバードと鍔迫り合った。
「いぎゃぁぁあ、切れ……って?!」
「ひゃいええ、エドワード様からッ?!」
血の道筋走らせた暗黒の刃はゲクランの猛進を止めたが――
「ハァ――――ッッ!!!」
豪傑は得物を返して
切り開かれた人流の隙間、そこに出来上がっていた赤き直線に沿わせ、視線を上げたエドワードとゲクランが瞳を合わす……
「フハッハハ! 無能とあれど貴様の兵であろうに、共に斬り伏せるとは相変わらずだ」
「不思議だな……次元を裂く今の一撃は、貴様を切り抜ける筈であったというのに」
エドワードの放つ闇の斬撃に触れた兵は、鎧も得物も巻き込んで一直線にその身を切断されていた。
あらゆる遮蔽物があろうと威力を殺せぬ『黒沼の衝動』、防御を不可能とする冷酷なる技が、ゲクランのハルバードによっていなされたのだ。
「度し難いかブラックプリンス。しかし単純な事よ――」
握り込まれたゲクランのハルバードが、目を覆う程に眩い発光をして緩やかなる“光”を拡散させた。
「侵食し合う
差し向けられたハルバードの切っ先を見つめ、エドワードは肩を揺らす。
「フッフフフ……あぁ滾る……」
そして次の瞬間に繰り出されていたハルバードによる光の刺突――同じくして遠距離より飛来して来た斬撃は、兵も魔物も一直線に貫いてエドワードにまで到る……が、
「逆もまた然りか……」
黒騎士の目前にて闇の大鎌に切り払われた光が、空に煌めきを残して漆黒に降り注ぐ。
「
「あの日、私の暗黒がお前を呑み込んだ様にか……?」
何の因果か宿命か、魔力を有するこの世界でも、対となり拮抗する力を宿した怨敵が互いの瞳に映っていた。
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