第三十九章 豚と死神

第430話 死神の冷酷


   第三十九章 豚と死神


 炎に包まれた城下を眼下に、反り立つ岩壁と断崖絶壁に挟まれた岩場では凄惨な光景が広がっていた。


「馬鹿な……古典戦術のみで、我等が全滅だと……っ!」

「我等双頭の獅子を相手取ってここまで圧倒的に……これがエドワードという男の実力か」


 焼ける故郷を力無い瞳で見下ろした二匹の獅子――ラ・イルとザントライユは、互いに肩を並べて地に伏せたまま、全身を鉄の矢じりに刺し貫かれた姿で流血する。

 町の焼ける悪臭に包まれたそこに、平坦なる冷酷の一言が垂れる。


「射れ――」


「バァ――――ッ」

「ナァ……ッ!!」


 息も絶え絶えなラ・イルとザントライユの背に、再びにクロスボウからの矢じりが突き立った。もう満足に動き出す事も敵わない二人の猛将を見るに、既に結着が付いている事は明白であったが、草も根も焼き尽くす徹底的なる“黒太子ブラックプリンス”の暴力は尚も続けられている。


「まだ息をしている者が居る……残党共の首を切り落とせ」


 炎に包まれ始めた岩場には、ラ・イルとザントライユが率いた白き鎧の騎士――およそ1000の兵が無惨な姿で呻き、転がっている。


「一人も残すな、その命を刈り取れ」


 赤目の黒馬に跨ったエドワードの号令で、ほぼ被害を受けぬままのロチアートは騎士に執拗な危害を加えていった。

 僅かにでも命を残さぬという黒き鎧の将の冷徹ぶりは、依然健在としながら淡々と決行される。

 残るカス共が断崖絶壁より蹴落とされていくその横で、面頬を完全に下ろしたエドワードは焼けていく城下の光景に鼻を鳴らした。


「退屈だ……」


 自らで消し去った生命を何とも思っていない感情、欠落した重大なる感覚――下衆げすの命などやはり“騎士道の華”と呼ばれたこの男の暇潰しの玩具でしか無い……

 するとそこで密かに地に伏せた二匹の獅子が、震える手でバトルアクスを握り込んでいた――


「バァッハ……世界は広い、よもや我等が全力を出してここまでの大敗を喫しようとはな、ザントライユ」

「ナァッハ、井の中の蛙大海を知らずとはこの事……名将として名を馳せたとおごっていたか……フランス戦争前期の“死神”がここまでとはなラ・イル」


「「不甲斐ない、だがしかし――」」

 

 騒然となりながら騎士達の命が絶たれていく光景の中で、二人の猛将が傷尽き果てた相貌を突き合わして豪快に笑う――

 過剰な迄に痛め付けられた獣の瞳にはまだ、戦士の息吹が宿っていた。


「ナァッハ――!!!」

「バァッハ――!!!」


「……っ! エドワード様、まだ奴等が息を!」


 とうに命を絶ったと思われた野生が、意表を突く形で互いのバトルアクスをガチりと合わせていた。

 そこに逆巻いた紅蓮と風の波動に、ロチアートは黒騎士へと声を投じる――


「ナァッハハハ! もう遅い、力及ばずとも爪痕くらいは残してやる――ッ!!」

「我等野生の強靭なる吐息、聞き逃したなブラックプリンスよ!」

「「『紅蓮烈波ぐれんれっぱ』――ッ!!」」


 ラ・イルとザントライユの合わせた最期の怒砲弾が赫灼かくしゃくする光の道筋となって、断崖絶壁でこちらに背を向けた形のエドワードへと解き放たれていた――


「エドワード様!!」


 空へと到る極太の魔力の光線が、エドワードの居た地点毎焼き払って全て灰燼かいじんに変えていく。


「油断したなエドワード!! バァッハ!!!」

「腐っても双頭の獅子と呼ばれた我等! 戦場では一瞬の油断が命取りになるという事を教えてやるッ!」


 脅威の生命力で渾身の奥義を放った猛将。呆気に取られたロチアート達は、一瞬で消し炭となっていった地形に腰を抜かしていった。


「焼け死ね! これが騎行シュヴォシェで万の命を弄んだ貴様への報いだ!」

「ナァッハハハ、我等をゴミの様に卑下するからだ!」


 ――その道筋の全てを焼き払ってしまった光線が消え去ると、そこには抉られた黒炭だけが残った。牙を剥き出しながら瞳を交えた獅子は、一矢報いてやったと笑い合いながら、尽くし切った生命力にガクンと項垂れ様とした――





 ――――その時である。





「ウジ虫の事を警戒する奴が居るのか……」



「バ――――ッッ!!?」

「ナ――――!?!?」


 情け無い声を上げた二匹の獣は、背筋せすじを氷結されたかの如き冷たい感覚に肝を冷やしきった。

 そしてうつ伏せに並びあった両者は、のど仏に冷たい刃物が押し当てられている事をようやく知覚し始める――


「死のある所にわらわらと集い、踏めば潰れるだけの虫ケラに……」

「貴様……」

「足りぬか、これでも――」


 黒馬と共に背後に佇んでいた黒騎士が、逆手に持った大鎌をラ・イルとザントライユの首に沿わせている。


「――ウギュ――ぁ、あッッ!!」

「ぎぎ、ギ……っ! 殺すならば……殺せ、ひと思いに!!」


 大鎌の刃の曲面を二匹の獅子の首にゆっくりと滑らせていくエドワード……


「せめて豚のように鳴け……」


 だが彼はそんな敵将の懇願にも応えず、ゆっくりとラ・イルとザントライユの背を黒馬に踏み付けさせていく……


「我等の命で……く! その尊厳さえももてあそぶというのか、外道……メっ」

「ぅぅ! ぐが、ぁ……何が騎士道だ、鬼畜め……」


 地に手を付いて抵抗するも、自重によって徐々にと首を切断されていく二人、眼下に垂れた血液がボタボタと身を沈めていく。


「ぎ……ギギ――!!!」

「ぁグ……ぐぉ――!」

「どうした、命乞いをしろ……声の大きかった方を助けてやる」

「舐めるな……この、クズめ……っ」

「いたぶるならいたぶれ……我等決して声を上げんぞ……貴様の思う様になど」

「……」


 瞳を真っ赤にさせた二匹の獣は、その口元を喰い縛ったままやがて血のあぶくを吹き出していった。


「ラ・イル……」

「ザントライユ……」


 視線を合わせた二人が同時に脱力すると、エドワードの黒き大鎌が物凄い勢いで空へと振り上げられていた――


「やはりお前達では駄目だ」


 空へと踊って地に落ちた獅子の生首を感慨も無く見下ろした黒騎士は、その後ゴミ屑でも捨てるかの様に淡々と大鎌の刃面を生首へと引っ掛け、断崖絶壁より投げ捨てた。


よ、何処に居る……」


 “豚”に恋い焦がれる冷ややかなる騎士の横顔……

 “騎士道の華”と呼ばれるブラックプリンスことエドワード黒太子。

 漆黒の鎧を纏いしその男は、百年戦争前期において無慈悲冷酷なる焼き討ち、略奪殺戮で死骸の山を築いた騎行の名手にして――



 “死神”である。



「そこに居るのか……」


 城下に逆巻く炎の渦を見渡していくと、エドワードはここより南下していったとある地点でピタリと視線を止めた。

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