第429話 “友”へと残すメロディ
――大地に寝そべり失神していたシャルルの元で、光の暴発が巻き起こって視界を一瞬奪われた――
「ギルリート……さん?」
次にフロンスが目にしたのは、苛烈な眼光を解き放ちながらギルリートの首を捩じ上げる、亡霊の狂気であった――
「
「ぐ……ぁ――……クク」
呆然としたフロンスは即座に動き出そうとしたが、先程まで脳のリミッターを開放していた反動で即座に動く事が出来なかった。
最後の灯火と分かる気迫を纏った血塗れの大王が、ギルリートの首をへし折らんと宙吊りにしていく。
「貴様は……我が覇道を否定する貴様だけは、真っ向から……!」
「ククッ……ぅ……ハッハ、その執念には驚かされた」
うわ言の様に繰り返したシャルルが、足元の光明を拾い上げていった、そして切っ先を影へと向けていく――
「ぁ――! 動け、動けこの体ッ……ギルリートさん、ギルリートさんッ!!」
「死ね、弱き王よ」
「――――ッッ――!!!」
破裂する七色の発光がギルリートの腹を貫いて、暗黒を浄化していった――
「ギルリートさん!! ……そんなうぁぁぁあ!!」
愕然として嘆くフロンスの叫声……
急転直下する戦況――その執念で再びに蘇った大王が、眼前に残るギルリートの赤目をキツく見下ろした。
「
「……ん?」
勝ち誇ったシャルルと鼻を突き合わせながら、ギルリートはそんな事を口走った。
「貴様には何時までも聴こえんのだな……クク」
「何を訳の分からん事を! 貴様は負けたのだギルリート、負けを認めろ! 私の覇道が貴様の“楽想”とやらを消し去って――!」
光明の杖に貫かれて闇を切り払われていく最中……ギルリートは苦悶したまま大王を
「俺達の“楽想”はまだ終曲していない」
「ぁ…………?」
「スタンディングオベーションには早いだろう――ラストまで聴けよ」
「お前は何を……」
――その時
――――その瞬間!
「グゥゥゥゥゥオオオオアアアアアアア゛――ッッッッ!!!!!」
その場に走り込んでいた者が居た。
「我等が野望の為にィィイッッ!! 全てのグラディエーターのっ!! ロチアート達の憎悪をイマァァァアッ!!!」
――それは未だ動けぬフロンスでは無く、薄目を開けたポックでも無く……
「我等の未来をっ我等の悲願をぉオオオッッ!! もう二度とッ同胞達が哀しい結末を辿らなくて良い未来ヘェェアアアア゛ッ!!」
誰よりも強い
「クレイスさん――!!!」
両腕を欠損して全身を剣で貫かれながら、原型の無い下半身を走らせたクレイスが、蒼白い相貌にグラディウスを咥えて駆けていた――
「感謝するぞゲブラーの天使の子よぉお!! 愚図と変じたこの体にィィッ!! 鴉紋様の野望に尽くせる機会をくれた事ぉオオオ!!!」
「呆けるなよシャルル……ククク」
「ッッッ――!!!?」
「ニンゲンへのッッ!!! 復讐の機会をくれたコトォオオオオオオオオオ――ッッ!!!!」
とうに死に体となっている筈の男が――
“気骨の悪魔”が、飽くなき憎悪を胸に
「ァ――――――――――」
「鴉紋様……貴方と共に不条理な世界に抗えた事、共に同じ未来を見せてくれた事…………心……より……」
――シャルルの首元へ、口に咥えたグラディウスを刺し込んで倒れ込んだ。
「ク、クレイス!!」
「クレイスさん――!!」
友の勇姿に声を荒らげたポックとフロンス……
残されたのは、首筋に深々と刃を刺された大王の亡骸と、
「奴隷として産まれ……人間共に
「クレイスさん……!!」
「うぁぁあ、クレイスぅぅ!!」
清らかなる笑みを天井からの光明に照らし出した、
「どうか、悲願を……我等の野望を……鴉紋さ……ま――――」
勇敢なる男の、瞳孔が開かれていった姿であった。
「クレイス……さ――」
ヨレヨレと歩み出したフロンスが、クレイスの側で膝を着いて項垂れていった。
そこにあるのは、散っていったグラディエーター達の想いを胸に、見事最期の一撃を遂げた男の死体。
「カッコ良かったッスよ!! グラディエーターと……してッ! 最高のッ!!」
気付くと涙を堪えたポックが、もう動かないクレイスの背へと覆い被さって頬ずりしていた。一人残されたグラディエーターの心情を
「お前の勇姿……グラディエーターとしての“気骨”は、俺が継いでいくっす……」
「ポックさん……」
「もう誰も、お前達の灯火が残されていなくても――俺が全員を乗せていくっす……!」
嵐過ぎ去った静寂なる教会で、ポックは瞳にさらなる灼熱を宿らせた。
「そうだ、ギルリートさん!」
ギルリートへと振り返ったフロンス……そこにあったのは、残り僅かとなった暗黒のモヤであった。
「生きていますかギルリートさん!」
「――……いや、……これは無理だなフロンス」
「無理……無理って?」
「元より本来の俺は死んでいる……この意識も微かな残滓でしか無い。しかしそれでも、この残りカスでお前との“楽想”を奏でられたなら結果としては充分だろう」
「充分……充分って! ちょっと待って下さい、私はまだ貴方に言いたい事が! 伝えたい事が!」
赤き眼光が虚空に消えて、僅かな暗黒がフロンスへと近寄って来た。
「待って下さい! まだ
「お前の気持ちなど、全て分かっている」
「ギルリートさん!」
「“楽想”とは心を乗せる……言葉にせずともお前の事など」
「駄目です、ギルリートさん、もっともっと貴方とお話を!」
「馬鹿者……」
「まっ――」
暗黒が光に消えゆく中、微かな残滓がフロンスの胸へと侵入していった。
「来たる最期の時まで、お前はお前の“旋律”を奏でろ」
「ぁ――っああぁあっ!!」
――その言葉を最期に、ギルリートはその思念を消失させた。
「ギルリートさん、ギルリートさん! どうもありがとうございます、私の友で居てくれて! 私を助けてくれてッ!」
泣き喚くフロンスの元へ、残された仲間の手が差し伸べられて来た――
「行くっすよフロンスさん……」
「ポックさん……いいえ、駄目です」
首を振ったフロンスは『超再生』を失った自らの身がすぐに朽ち果てる事を理解していた。
「私の体はすぐに腐り果てます、ポックさんだけで……」
「駄目っすよ! それでも行けるとこまで一緒に行くんス!」
「え――」
「仲間と一緒に行くんスよ! 当たり前じゃないっすか!」
涙を拭ったフロンスは、震える口元をつぐんで自らの胸を見下ろしていった。
「あれ……?」
――そこでようやくフロンスは気付く事になる。
ギルリートの残した、友への最期のプレゼントに……
「メロディが聴こえる……この胸から、ギルリートさんの音が……!」
――それは微かにフロンスの身へと戻っていったギルリートの残滓が、活動を止めた心臓を強制的に拍動させる音だと気付く。
「全く、敵いませんよ……貴方には最後まで」
無理矢理に血脈を巡らせるギルリートの力で、フロンスの身はすぐに朽ち果てる事は無かった。
しかしそれは、フロンスの至る結果を僅かに長引かせる結果としかならないだろう。
……だが、それでも
「私は私の“旋律”を……最期まで」
ポックの手を取って立ち上がったフロンスは、前を見据えながら凄惨なる鳥籠を後にしていった……
その胸に“友のメロディ”を残して――
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