第426話 大王の憤激


 高慢なるギルリートに強く歯軋りをしていったシャルルは、噛み付くかの様な激情を露わにしていった。


「今更蘇った“没落の王”に、覇道の何たるかを説かれたくは無い……っ!!」


 地が唸る程に激しく踏み込まれたシャルルの構え――溢れんばかりの魔力が杖より放散し、術者の心情を表す様にささくれだっていく。


「貴様の様な亡霊は、そこで一生世の中を傍観しておれば良いのだ!!」


 異様な位に憤懣ふんまんやるかたなさそうなシャルルの様相……逆巻いた髪より覗く眉間には、これでもかと深いシワが刻み込まれている。

 そんな大王を見下げて失笑したギルリートは、前髪を払い除け尚不遜ふそんにものを言う―― 


「クックク、ハッハハハ……貴様の言うように、俺は元よりオーディエンスに過ぎない。“個性”の無かったこの俺は、一生舞台を眺めているだけのだ」

「ならば指を咥えてそこで――!」

「――だが自己顕示の塊の様なこの俺は、困った事に舞台に立ちたくなる事がある」

「何を出しゃばって……! 弱き王が闘争の舞台に立って何が出来る、他人の力を利用する事でしか矢面に立てんキサマが!」

「華麗な演奏は出来なくとも、講釈を垂れる事なら出来る……どうだ? 最悪だろう……クック」

「……!! 鼻持ちならん、ハナモチナランッ、貴様の振り撒く言葉の全てがッ、その一挙手一投足……貴様の存在そのものがッ!!」


 顎を上げて口元を緩く笑ませたギルリートを前に、会話にならぬと踏んだシャルルが金色の杖の回転を猛烈に早くしていった。


「祖国の為に強くあろうとし、己の力で民を守らんとする事の何が間違っているというッ!!」


 渦巻いた七色の魔力の残滓がオーロラの様に变化し、混じり合いながら波動を拡散していく。


「ふぅん……」


 少し感心するように頷いていったギルリートは、目前で爆ぜる途方も無い魔力を前に、残されたフロンスの体からはそれを打ち消せるだけの魔力が捻出出来無い事を悟る。


「貴様の叶え得る最大出力の一撃という訳か……この体が保たんな」


 嵐に呑まれたかの様にかき混ざる人流と毛髪……神秘的なまでのオーロラは、シャルルの魔力を限界まで絞り上げた最終奥義であると分かる気迫があった。


晴心せいしんくん水火土風雷すいかどふうらいの鼓動――』!!」


 頭上で逆巻いた七色を金色の杖に宿し、照り輝く光明が周囲を燦然さんぜんと照らし出しながら、目下のシャルルを陰に染める……


「貴様との水掛け論は懲り懲りだギルリート……戦乱では常に、力勝りし者が全ての意を踏み倒して来た――!」


 折り重なった魔力の奔流ほんりゅうが一つとなりて、その杖に莫大なる力が煌めいた。


「クク……そうだ、そうして俺の輝かしき楽想も終夜鴉紋に狩り取られた……しかし舞台で一人聞き苦しい音をかき鳴らすお前は、今ここで俺がねじ伏せる」

「王は強くあらねばならんという事を教えてやる! 構えろッッ!! ギルリートォオオ――ッ!!!」

「喚くな下郎……クク、フォルテしか知らんお前には……美麗な旋律というものを教えてやろう」


 強く咆哮をしたシャルルが全開の一撃で持ってフロンスへと差し迫る――そこに燃え上がる気迫と剥き出された牙、滾る眼光は彼の信じた覇道へと通じている。


「『柳暗花明りゅうあんかめい』――ッッ!!!!」


 眩いばかりの七色の光がフロンスを照らす。触れるだけでちりへと変わってしまう様なエネルギーと激しき大王の面相を前に、ギルリートはフロンスと声を重ね合わせていった――


「「革命のファンファーレを」」


 ――次の瞬間、シャルルのまなこはフロンスの全身をボカし始めた暗黒を目撃する。

 

「木っ端に変われ!! ちりに等しいあくたへとォオッ!!!」


 だがしかし、王としての意地を賭けて真正面からの突破を試みる大王は、輝きに満ちた軌道を残して光明の杖を振り払っていた――


「はぁぁいアァアッ!!」


 水と火と土と風と雷――それぞれの魔力が絡み合いながら爆散し、周囲一体の景色が一瞬の間に焼け野原へと変わっていった。


「ぬ――――っ!」


 しかし、そこに家畜の姿が無い……

 ――爆炎晴れ渡ったシャルルの足下に、空から降り落ちて来る影が映る。


「力一杯に鍵盤を叩くだけでは駄目だ……」

「上かぁあッ!!」


 即座に反応を示した大王が、弾けんばかりの魔力を込めた杖を天空へと突き出した――

 大気が割れる衝撃を残し、光の切っ先がフロンスの頭蓋を刺し貫かんと音を響かせた――



 ――その時、天空を見上げるシャルルの背後よりが起こった。



「ホールに強い音色を響かせられても、

「は…………」

 

 時が止まったシャルルは、頭上より確かに降り落ちて来る男を見上げたまま、謎めいた声の正体を追想する間も無く……


「――っへべぇぇああああああ!!!!!!」


 背後に佇んだ男によってその頬を棒で打ち付けられ、壁に豪快に突っ込んでいった――


「レクチャー終了だ」

「し、死ぬかと思いましたよギルリートさん!」

「ぁ……!? ぇ、あナニ……ガ……??!」


 砕けた頬が形を崩し、おびただしいまでの流血が瓦礫に埋もれたシャルルの口から溢れていく。


「ダレ……誰がソコにっい……?」


 震える膝で立ち直り、何とか構えに戻っていったシャルルは、怯え竦んだ眼差しでを認めていった。


「わた…………し……?」


 そこに肩を並べたのは、身に纏った暗黒を分離してグラディウスを手にしたフロンスと、の存在であった。

 暗黒の棒を握り込み、ギルリートは唖然とした大王へと語る……


「力みきって肩の強張った貴様に……ワルツの手本を見せてやろうか」

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