第425話 ノブレス・オブリージュ


 突如と憤激して走り出したシャルルを前に、フロンスはただ暗黒の棒を前へと構える。


「『土と火の鼓動――火岩かがん』ッッ!!」


 地に叩き付けた棒の先端より出でた岩盤が、炎を纏ってフロンスへと覆い被さった。極めて繊細なる魔力のコントロールが要求される複合魔法、しかしてギルリートは不敵に笑って棒を振り抜いていた――


「さっきから、何が言いたいのだギルリートッ!」

「ふぅん……一奏者としては申し分無いが、やはり貴様は音を導ける器では無いな」

「ハ――ッまたかっ! 何なのだ貴様の術は!」


 シャルルと同じ炎の岩盤がぶつかり合い、激しい火炎を巻き上げながら真っ二つに割れている――


「俺は貴様のに合わせているだけだ。お前のその、迷い揺蕩たゆたの無い旋律にな」


 対象へと至る残り僅かな間合いを、疾風に乗ったシャルルが一挙に詰める――


「『風といかずちの鼓動――雷嵐らいらん』!!」


 くるりと回転したシャルルの杖より、激しい嵐に乗った雷電が入り乱れる。


「くっはははは!」


 ――だが全く同じ性質を持った嵐がせめぎ合い、明滅する光のぶつかり合いの後に風は消え去っていた。


「……!」


 竦んだ目付きでシャルルが面を上げるとそこに、顎を上げながら赤き眼光で見下ろすフロンスの姿があった。


「何なのだその術は、私の技をコピーしているのか!」


 ――一度退いていったシャルルが叫び付けると、意地の悪そうな顔付きになったフロンスが立てた指先を彼へと向けていった。


「知りたいか? ならばこうべを垂れろ、教えて下さいと俺に乞え」

「……ッ!」

「フフ……なに、児戯に過ぎんさ……貴様の言う通り、だ」

「っ……だが何故だ、何故私の技量の全てを完璧に!」



 赤き眼光拡散するギルリートの視線が、獲物をしかと捉えて見開かれた――


「ククッ『闇映しカオスミラー』俺の暗黒はは貴様の潜在能力ポテンシャルを映す」

「私の……潜在能力を!」


 驚異的な能力を暴露されたシャルルの顔が凍り付いた。


「俺の暗黒は貴様のを生き映す……しかし、お前がさほど衰えていない事には素直に称賛を送ろう……その棒術、完成したのは晩年だな?」

「私の技を……ッ生涯を賭して練り上げたその全てをコピーしただと?!」


 強く噛み締めた頬をピクつかせるシャルル。額に青筋を立てるその様から察するに、血と汗の結晶である自らの力をコピーされた事に強く憤慨している事が分かる。

 するとギルリートは自らで操る暗黒を纏ったフロンスの体を見下ろしながら、こんな事まで語り始めた。


「ふぅん……しかし、今の俺は不完全が故、真似られるのは貴様のに限る様だ。鍛え上げられたその肉体までは映せまい……無論、この身を修復する事もな」

「私の技は民を守る為に研磨したものだッ! 貴様の様な者に扱わせなどしないッ」

「案ずるな、この身はやがて魔力を枯渇させるか、研鑽けんさんされた身のこなしについていけずに駄目になる……」


 飛び上がったシャルルを頭上に見上げたまま、フロンスは声を取り戻してうわずった声を出した。


「ちょ、ちょっと、言わなくていい情報まで与えなくていいじゃないですか!」

「黙れフロンス……俺は此奴こやつを教授してやるのだ、腹の底まで全て見せた上で……敵を屈服させる、クッククク」

「お喋りはそこまでにしろッ!!」

「来るぞフロンス……」


 シャルルが振り乱した金色の杖の両端より、水と炎の激流が上る――


「『水と火の鼓動――双龍』!!」


 激流は火と水の龍となり、鋭い牙を剥いてフロンスへと迫った――


……?」

「――ンなッ!! おのれぇ!!」


 暗黒の棒より同じ龍が現れ、互いの身を絡み合わせながら火の粉と水飛沫を舞い上げる。


「何が同じ譜面を繰り返すだ! 貴様こそ他者の力を映しているだけではないか、虎の威を借る狐とはこの事! 妖しき妖術で鼻高に語るなッ」


 水と炎が飛び散って消えていく景色の中心で、ギルリートは髪をかき揚げ顔を斜めにする。


「そうだ大王よ、俺自身には何の突出した力も無い。だが俺は王としての当然の権利として、他者の、臣下の突出した力を利用する!」

「貴様の様な腑抜けの王など……っ!」

「腑抜け? それは貴様だ三流め」


 そうしてギルリートは、王として当然に利用すべき権利とその義務を語り始めた……愉快そうに瞳を弓形にして、シャルルを小馬鹿にするかの様に――


「いいか、王が強くある必要は無い。俺を守りだてる下々が強くあれば良いのだ」

「なんという暴論、貴様に恥や外聞は無いのか、王が強くあらねば誰が民を守る!」

「何を息巻く三流の王よ。俺は王だ……俺を支える部下や下々の俺の力なのだ」

「な……に?」

「もう一度言う……王が強くある必要は無い。だがしかし、自らの手足とする下々を導き、正しく利用する豪胆さと想像性は必要だ」

「想像性だと……何の話をしている」

「良き楽器や奏者が揃っているだけでは何の意味も無い。王とは彼等へタクトを振る者、奴等の“音”を纏め上げてハーモニーを奏でさせる者。俺を取り巻く全ての共鳴が、新しき旋律の風となって曲を奏でる……そのこそ、人々を導いていくが王の責務、王の義務ノブレスオブリージュ!」

「……!」

「貴様はソレを果たせていないだろう……独りよがりの王がという筋をなぞっているだけ、机上より目を背ける豪胆さも無い貴様では、真なる意味での統治は叶わん」

「言わせて、おけば――ッ!」

「強く優しいだけの男にやらせる位なら、参謀のハゲに任せた方が幾らかマシだった、そんな所だろう?」

「ヒィェエエイアアアアア――ッ!!!」


 赫灼かくしゃくする七色の魔力が、限界まで目を剥いて憤激するシャルルの身より爆ぜた――


「知った口を……殺す、貴様を殺す、殺して我が覇道の正しきを証明してくれるッ! そこに構えろギルリート・ヴァルフレアぁぁあッ!!」


 手元で激しく金色の杖を回転させ始めたシャルル――

 次で全てに決着を付けんとする老王の気迫が、広き教会に立ち込めてロチアート達をむせ返らせた。

 一人……いや、。彼等を除いて――


「ふぅん……構えてだろう? 老いた青二才よ」

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